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2005年10月の日記
 
2005年10月6日(木) 8:53

モリノス

「すっぱいすっぱい」とは、甥の子が生まれてはじめて覚えた「芸」。大人が「すっぱいすっぱいは?」と聞くと顔をしかめ目を細めて、いかにもすっぱそうな顔をします。これを見た大人たちは、「カワイイー」などと目尻や口元を床までのばして大喜びする訳です。調子に乗りやがった甥の子は、頼みもしないのに延々と「すっぱいすっぱい」をくりかえすのです。あー幸せな光景ですこと・・・。だがな、赤子よ、キミが生まれてはじめて覚えた芸は「バイバイ」でも「コンニチハ」でも「チヨーダイ」など、赤子がはじめて覚えるスタンダードなものではないのだよ。キミが覚えた「すっぱいすっぱい」はマイナーすぎて世間様では通用しませんことよ、オーッホッホッホッ。




2005年10月5日(水) 9:07

モリノス

「父の見た夢」。生まれ故郷の天草から親戚達が来てくれて、病院で懐かしい天草弁でつもる話をして、親戚達が帰った後。自分も天草に帰りたいと姉に言ったそうです。その夜に父は夢を見たそうです。髪の長い男の人が父の前に立ち、父のお腹に向けて十字を切ったそうです。父は「これはキリスト教の神様にちがいない、自分は死ぬのではなくまだ生きるのだ」と思った所で目がさめたのだそうです。いい夢を見たとおだやかな様子だったそうです。何せよ父に「気力」を与え給もうた夢に感謝します。父が夢を「ああっ、こりゃダメだ、お迎えきちやったよ、ガーン」と解釈しなくて、あーよかったぁ〜。




2005年10月4日(火) 9:56

モリノス

今まで日記が見れない状態でしたが、弟の力で修復しました。昨晩にためていた3日分を送信しました。4Mをにお越しいただいてる方は、日記も毎日読んで下さっているようでして本当にありがたい限りでございますm(__)m。また、ここ数日の間に私の身に何かあったのではないかと、ご心配のお問い合わせ等もありました。皆様に支えられ、うれしゅうございます。 いつも、いつも、ありがとうございます。




2005年10月4日(火) 0:41

モリノス

父の見舞いに、はるばる天草から、親戚が来てくれました。私が近くの駅まで迎えに行ったのですが、親戚と待ち合わせ場所で合流、タクシーで病院に参りました。皆を案内しエレベーターの所に着いた時、唖然としてしまいました。父が立っていたのです。父は数日前に、胸水と腹水を抜くという、肝臓病末期患者が行う最終処置を受けさらに容態が悪くなっていたので、自力でしかも車椅子ナシで、立っている事はありえないのです。父の眼光は鋭く、姿勢はまっすぐとのび、口元には笑みを浮かべています。父の後ろからはまるで後光がさしているかのごとく、手に持つ杖は騎士の 剣のように見え、元気だった頃の父の威厳が見えました。遠くからきた親戚に、力という力をふりしぼって、少しでも元気な姿を見せたかったのでしょう。私の父はそういう人間です。私は泣きそうになるのをこらえ「なんですか!ずっとここで立って何十分も待ってたねッ、まったく無理してッ」と怒ったら「たった今、きたばかりだ・・・」などと言いました。言い訳も不器用な昭和ヒトケタです。




2005年10月4日(火) 0:35

モリノス

甥嫁に「叔父様、前におっしゃっていた青山にある津川さんのおもちゃ屋さんに、赤ちゃんの、いい歯がためがあるそうですが・・・」と言われ「ええ、確かに、ですが輸入物で7千円くらいします、7千円もする歯がためなんてとても、もったいなくて、ガキにはしゃぶらせられませんな」と言ったら「そうですね・・・でも、せめて歯がためくらいは、いいのを使わせてあげたいなぁ〜」と、どこか遠い目をしてつぶやく甥嫁。なんか、けなげな様子でしたので「じやー今度、青山のグランドパパに行ったら買っておくよ」と私。「えーっ、本当ですかぁ〜、すいませーん、じゃ、お金、お渡ししておきますね」と甥嫁。私「いいよ、いいよ、買ってあげるよ」甥嫁「そんな〜悪いですよ〜」としばらく押し問答・・・。結局、私が買っあげる事になりました。甥嫁「うわぁ〜うれしい〜、ありがとうございますぅ〜」。ニヤリと笑う甥嫁。「オーッホッホッホッ、叔父様、かかったわねっ!」と甥嫁の心の声が聞こえた気がしました・・・。やられた〜。とシクシク泣きながらグランドパパにむかう私でした。


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