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2005年11月の日記
 
2005年11月10日(木) 9:22

モリノス

12年に一度の酉年の酉の市の、一の酉が昨夜でした。夕方父の容態が悪化したと知らせを受けました。夜には少し落ちついたとのことで、先日父に「もうオトリ様の季節だよ」と言った所「自分の分もお参りしてこい」とほのかな約束をしたこともあり、古い熊手を持って神社に行きました。神社に行ったあとに病院に行こうかとも思いましたが、神社参りの後に病院に行くことは我が家の風習でNGなので行きませんでした。私は普段、神社に詣でても祈願する事はなく自己紹介しかしないのですが、この度は父のために祈りました。沢山の提灯、華やかな熊手を売る店、テキ屋のたこやき屋、なにか暗くて隠微な裸電球、その中を上気した表情で街を行き交う人々・・・。時代は変わっても、街の景色が変わっても祭の風情は変わらないものですね。毎年、酉年の市を迎えると年末の仕度をあれこれと考えたものです。ですが、今年の酉年の市はいつもよりなんだか、切なく辛い祭でした。




2005年11月9日(水) 10:45

モリノス

夕方、父の病院に行きました。病室に入ると、父は号泣していました。私は「アリャー、落ち込んじゃってるよ、ヤバイよコりヤー」とあせり、なぐさめようとしたら「こげに、こまかきれいか娘が、まこてみぞげな・・・、」(訳)「こんなに美しい娘さんが、本当にかわいそうな」。つまり、父の号泣の理由は、白血病で死去された女優さんが若くて死んで可哀相だと泣いていたのです。父よ、あなたはこの女優さんの知り合いですかい?。名前も知らないのに、なぜ彼女のためにそんなに泣けるのでしょう?。実は父は、病気になる前から、涙もろく、なにか可哀相な事があると一秒で泣ける体質なのでした。




2005年11月8日(火) 9:17

モリノス

一昨日まで父が病院から一時外泊をしていました。回復しない苛立ちや、死に対する恐怖、生にたいする期待と葛藤などで感情のバランスがとれなくなった事もあり、気晴らしに一時帰宅したのでした。家に滞在中は泣いたり、笑ったり、苛立ちから怒鳴ったりしていました。病院に帰る日の夕刻、午後から冷たい雨が降っていました。病院に戻る時間、空は深い藍色で、縫い針みたいな雨が降っていました。甥が運転する車に父が乗ろうとした時、父は家のベランダを見上げると雨に濡れるのも気にせず、ゆっくり右手を上げると家に向かってヒラヒラと、痩せて薄くなってしまった手を振りました。「バイバイ」と言ってるような気がしました。私はその後、トイレで少し泣きました。いやー私も中年まで生きてますと色々、経験さしてもらってます。




2005年11月7日(月) 1:12

 モリノス

モリノス

昨日は666の取材で、半蔵門に行きました。半蔵門といえば、私が20代の頃、明日のスターを夢みて俳優養成所で日夜演劇を学びつつドラッグストアでバイトをしていた思い出の地です。しばらく来ない間に町並みは変わり、浦島太郎状態でした。さらに取材現場はかつてトイレットペーパーなどを配達しに行っていた会社でしたので、時が経過しまさか暗黒シヤーマンとしてこの会社に訪れる事になるとは夢にも思いませんでした。さて、取材の内容。次回の666大会の事や今後の団体の意向などだったのですが詳細は24日発売の雑誌「ぴあ」をご覧下さい、美しき怨霊の雄姿が掲載されています。暗黒シヤーマンモリノスもチラリかも?。


2005年11月6日(日) 9:05

モリノス

昨日の夜に乗ったタクシーの運転手さん、かなりの年配の爺さんでした。事あるごとに「いやね、この車は日産グロリアでね、ちょっとした故障なんて、自分で直してしまんですよ」とこちらが、何も聞かないのにおっしゃいます。私が「左手のマンションで降ろして下さいね」と言っても「この車は・・・」とまたしやべるので、あせり、「ここで降ろして下さい!」と大声で言ったら「そんな大きな声ださなくても聞こえますヨ」と言われてしまいました。爺さんタクシー・・・。少しスリリングでした。




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