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2005年12月の日記
 
2005年12月21日(水) 11:25

モリノス

寺の本堂。奥に鎮座する仏像。香の煙り・・・。僧侶の読経。ここ数ヶ月のドタバタが急に吹き飛び、静かな時を過ごしました。ふとゆっくりと寺などに行き、僧侶の説法を拝聴するのもよいかな、なんて気持ちになりました。が、色々考え、しょっぱい寺、しょっぱい坊主は絶対ダメダメ。どうせだったら、由緒ある金ピカのでかい寺で国宝な仏像が佃煮になるほどずらずら安置されてる寺で坊主は声がよくイケメンである所じやないとイヤだな・・・。さらに説法後に、高島礼子な和服美女若後家が薄茶など立てしみじみ古都を共に歩く。なーんて煩悩だらけの案を、父の49日法要中、頭に巡らす、罰当たりな私でした。



2005年12月20日(火) 9:45

モリノス

「モリノス臭の」歴史。中学生時代ーカネボウ9オクロック。校内暴力華やかなりしころ、不良たちは資生堂のアウスレーゼでした。人と同じモノが嫌いな私はカネボウでした。当時シャワーコロンなどという言葉が流行り、カネボウの安コロンをジャブジャブと体中につけたものです。高校〜ハタチくらいまでーこの頃から男性化粧品が充実、ギヤッツビーの柑橘系をもちいていましたが、安物の悲しさですぐ嫌な匂いに変わりましたが、大人ぶってつけていました。俳優養成所時代ーベネトンの甘くもスポーティーな匂いでした。この頃はエアロビクスのインストラクターも目指してました。バブル期ーCHANELNo.5ー夜遊びを教えてくれたある女性がつけていて憧れで自分も愛用していました。六本木スクエアビルのどこかにシヤネ5が香ったら彼女の登場でした。バブル崩壊ーアルマーニ。この甘くもセクシーな香りはこの時代、仕事も遊びもこなす青年達の象徴でした。占い師初期ーブルガリプールオム。この香りが出た時は衝撃的でした。ですがラストノートがオバサン
臭に変わるのが閉口でした。ビジュアル系ゴルチェ時代ーロリータレンピカ。まるでお菓子のような甘さ、菓子臭を振りまき、竹下通りを貧しいビジュアル少年たちを威嚇して闊歩したものです。そして最近ー友人にプレゼントされてからずっと使っています。GUCCIのエンビー(レディス)。ロクシタンでシャンプーし体は、同じくロクシタンバーベナのソープで洗い仕上げにエンビーを振りまく、それにプカプカとタバコを吸うと最近のモリノス臭になるのです。強い植物臭のようですがなじんでくると一日ここちよく過ごせるのです。



2005年12月19日(月) 11:54

モリノス

「モリノス臭の思ひ出、2」。友人二人と食事をする事になり、表参道の目当ての店が見つからず、どうせだったらおいしいものをと代官山まで移動しチヤイニーズレストランに行きました。その時の店は、お客様が私達以外は中国人のようでした。奥の席では祝の宴が催されているようです。しばらくすると奥の席から悲鳴が聞こえました。どうやら、ご老人の体調が急に悪くなったようです。店内は中国語が行き交い騒然となりました。やがて女性達の泣き叫ぶ声が!。私は反射的に席を立ち奥の席にむかいました。みると老女がゴロリと倒れていました。連れの友人はそれを見てどこかに携帯で電話をし始めました。私は老女のもとに進み腰を下ろして、手首や首の脈をとってみました。・・・。「脈がとれない!」さらに顔を見ると老女の顔はローソクのようになっています、貧血ではありません「ヤバい!死んじゃう!」と焦ってさらに老女に顔を近づけたその時、私の頭にある映像が浮かびました。整備された庭に、黒々とした幹を持つ沢山花を咲かせた梅の木・・・。私はなぜか
老女と私の額をつけ心の中でよびかけました「おばあちゃま、そうですよ!、あの大きな大きな、貴女の大好きだった梅の匂いですよ、今日は、おばあちゃまのために梅をお持ちしましたよ」すると老女が「グググッ」と喉を鳴らしました。無意識に私は人差し指と中指を老女の口の中に差し込み舌をつかみ引っ張りました。トロリとカリフラワーらしき固まりが老女の口からこぼれ、床に落ちました。そして老女の手の甲をペシペシ叩き「おばあちゃま!」と声をかけると葛をかけてあるような眼球をゆっくり開き、私と視線を合わせました。それを見ていた友人は誰かと携帯で話ながら「気道を確保してっ!」と私に指示をしました。オロオロする店員に救急車の手配をし、医者の知り合いと電話してる友人の指示通りに老女を介抱しました。やがて救急隊が到着。老女は食べ物を喉に詰まらし、窒息状態、店内に幕を張り、救急処置が行われました。老女は救急車で運ばれて行きました。私と友人は何事もなかったかのように食事を再開しました。しばらくすると老女の孫らしき人が私達のテ
ーブルに来て、老女が蘇生した事、私が最初に食べ物を吐き出させなかったら脳に酸素が回らなくなり、危なかったらしいと言い、私と友人はたいそう感謝されたのでした。モリノス臭がきつくて老女もたまらず「オエッ」だったのでしようか・・・。不思議なのは表参道で食事をしてたら、こんな目には遭わなかったなという事です。おばあちゃま、元気ですか?。



2005年12月18日(日) 9:49

モリノス

「モリノス臭の思ひ出、1」。ある夜の事、帰宅を急ぐ早足の人々で池袋駅構内はばたばたとしていました。そんな中、白杖を汗をかきながらブンブン振り回している男性がいました。駅構内にいる人々には、どうやら彼の姿は目に入らないようです。困った様子だったので私は白杖の男性に近づき「どうしました?」と声をかけました。彼はマッサージの仕事が決まり、職場から自宅までの道を試しに自力で歩いてみようとしたが、池袋で丸の内線の方向がわからなくなったのと、あまりの人の多さに少しパニックを起こしたとの事でした。私は丸の内線の改札まで彼を誘導し、「お気をつけて」と声をかけ別れました。私はこの事などすっかり忘れ、日々を過ごしていました。数ヶ月後、私は新宿駅西口で人と待ち合わせをしていました。いきなり「すいません・・・」と声をかけられました。見ると白杖を持った男性が笑顔で立っていました。私は誰だかとっさにわかりませんでした。すると男性は「以前に池袋で丸の内線まで案内していただいた方ではありませんか?」と言われ、数ヶ
月前の事を思い出したのです。私は「えーっ!どうしてわかったんですかぁ?」とびっくりして聞きました。彼は「池袋でかいだ香りと同じ匂いがしたので、声をかけました。今は自宅から職場まで一人で行けるようになりました、あの時はありがとうございました」と言いました。さらに「マッサージの仕事、がんばっているのだけど、不器用なので叱られてばかりいます、でも他に出来ることないから、がんばります」と言いました。私はなーんだか嬉しくなり、さらになんか泣きたいような気持ちになり「新宿で一番のマッサージ師になって下さいねっ」と彼に言い、白杖の男性と別れたのでした。私の匂いってかなりオリジナル高し?。



2005年12月17日(土) 8:52

モリノス

落合の事務所の並びに、小さな布団屋さんがあるのですが、今年をもって閉店するとの事でした。なんか寂しいし気の毒だなと思ったので、軽い布団と抱き枕を買いました。店を出たら事務所の大家さんに会ったので、「お店閉めちゃうらしいので、せめてもと思い枕と布団お付き合いしました」と言ったら「あらあら、買うことないのよ〜、閉店と言っても倒産ではなくて、大金持ちでもう商売しなくてもよくなったから店じまいするのだから」と言われました。うーむ、つい練馬下町ルールで動いてしまった。と思いつつ両手に枕と布団を持って帰路についたのでした。



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