2006年3月17日(金) 1:15
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モリノス
「関西ルール」新大阪駅までの道を、タクシーを使いました。タクシーが右折する時、前の車が右折する前に、運転手は「チッ」と舌打ちをすると、ハンドルをすごい角度で切り、前の車より先にギャンと右折突破したのです!。この時、私は泣きそうになりました。運転が怖かったからではありません。この運転法をした、ある人間を思い出したのです。尼崎に住んでいた今は亡き従兄弟の「シゲトシ兄」。あれは数年前天草の叔父の葬儀の時、私は彼の運転する車に乗っていました。同じく右折車線での事、「これが、関西流じやっ!」と目にも止まらぬ速さでハンドルをさばくと、前の車を無視して鋭角に右折に成功し、シゲトシ兄は悦に入ってました。私はなんて非常識な人なんだ!と思いましたが、シゲトシ兄ちゃん?ほんと、関西流でしたね。なんて思ったらなんかシゲトシ兄を思い出してツーンとしてしまいました。新大阪に着きタクシーを降り駅を見上げたら、もうひとつ思い出しました。あれはまだ私が小学生だった頃、シゲトシ兄の姉のセツ子ねえちゃんの結婚式に初めて大阪 にきた時の事、セツ子姉は背が高くとても綺麗な(多分今でも関西ナンバーワン美女)お嫁さんで、まだ学生服のシゲトシ兄は姉の花嫁衣装の前でこの姉弟の父の叔父とベソベソとないていた事。昔の面影を残す新大阪の駅構内で思い出していたら、急に「ビユッ」と涙が噴射し、土産物屋のおばちゃんに「花粉でっか?」と心配されました。天草の叔父、尼崎の叔父、シゲトシ兄、そして父、大好きだった人たちは皆、天国にいて会うことができないんだな〜と思ったら。新大阪駅でなんか、淋しくなってしまいました。東京に帰ると尼崎の叔母(シゲトシ兄、セツ子姉の母、おそらく関西ナンバーワン美女シニア部門グランプリ)から、手製の佃煮が送られてきました。昨今の忙しさにかまけて、せっかく関西に行ったのに、大切な親戚の事を忘れていた自分を悔やみました。大阪でのタクシーの右折テクニックでシゲトシ兄を瞬時に思い出した事は、もしかしたら、シゲトシ兄から「大阪まで来てるのに尼崎に挨拶くらいしに来たらどうだ」という、メッセージだったように思います。シゲト シ兄ちゃん?、僕は今年40才になります。子供の頃弱虫で電車も一人では乗れなかった僕は自力で大阪にも行けるようになりました。夜の街も平気で徘徊できる強かさも覚えました。一度くらい、関西のシゲトシ兄の夜のテリトリーに連れて行って欲しかったです。今年もスミ子おばちゃんが苦労してこしらえてくれた、くぎ煮おいしくいただきました。こんど関西地方に行ったら、まだ、おばちゃんもセツ子姉ちゃんも美女の原型をキープしているか確認しに行きます。天国では酒豪連合がお揃いでしょう?、ガンガン飲みながら、下界の私の生活を他のメンバーと笑いながら見守っていて下さい。もうすぐ、お彼岸ですね。
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