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2006年7月の日記
 
2006年7月11日(火) 21:00

モリノス

母方の叔父が亡くなりまして、日帰りで福島県いわき市に行って参りました。このところ当家では不幸事が続き、定期的に黒い服を着て、同じ顔ぶれの親戚たちと会う事になり、「お久しぶりです」ではなく「いやーこの間はどうも(誰かの葬式)」みたいなカンジで気分は複雑・・・。いつも葬式の帰り際には「次回は祝事で会いましょう」というのですが・・・。やはり四十路ともなりますと、先に生きゆく人を見送る世代でもあるという事でしょうか・・・。これは一発、親戚一同を集め「モリノス・オンステージ」など開催し、盛り上げますかね〜。



2006年7月11日(火) 0:51

モリノス

「除霊・占い」。用事を済ましに、街まで出ました。蒸し暑いのでお茶でも飲もうとカフェをさがしてビル街をキョロキョロ、すると朽ち果てそうな建物のまどに「除霊・占い」なるポスターが!?。なんとなく、その雑居ビルの中へ入りました。フロアは怪しげなテナントばかり・・・(○僑系が全部)。フロアの突き当たりに、同じく「除霊・占い」の看板。どうしようかと躊躇してたら、ドアが空きアキバ系な男子が「いらっしゃいませ」と私を誘導。てことで、除霊・占いを受けてみることにしました。椅子に座るとでっぷりとした女性が目の前に。「何を聞きましょうか?」と言われましたが、実は聞くことがないので「えっ・・・と恋愛とか健康とか仕事などをゴニョゴニョ」みたいに答えたら、除霊占いの女は、目を細め私に「アナタね、結婚だけが幸せじやーナイワヨ、」と言いさらに目を細めてしばらくし私の額あたりを遠い目でみて「アタシは除霊が専門なんデスケドネ、ん〜、悪いものが・・・、何もついてません!」ですと!。なんか拍子抜け。鑑定を要約すると、私は生
涯独身で58才まで現役で仕事をし、結婚したかったらしてもいいけどどっちでもいい、寺とか神社にも行きたければ行けばいいし、行きたくなかったら行かなくてよく、悪いものがつかないので、さらにつかなくするために玄関に盛り塩をしたらよいと思うが気が向いたらでよい。ってカンジでした。???。結局私の今後はどっちでもよい人生?。



2006年7月9日(日) 22:35

モリノス

梅雨の湿気で蒸れた遊歩道を歩いていましたら、数年前に滞在した京都の夏を思い出しました。京都の夏は灼熱地獄で天からは日がギラギラ射し込み、力はスチームアイロンのような蒸気が体を襲うのです。どっかの寺の参道を歩いていたら、いきなり空がぶっ壊れたような感じで太い雨が地面を叩きつけました。私は寺の塔の大きな屋根の下に避難しました。一寸先の景色も消されるほどの雨と塔の屋根を叩きつける雨の轟音に、途方にくれていましたら、塔の中からオバチャンがでてきて「じきに止むし」と空を見ながらつぶやきました、そして私にむかい「あんたさん、そこにそないに立ってらっしゃると、なんやお侍さんみたいや、似合うでフフフ」と言いました。途端に雨、一気止み!。さらにスカッと空は晴れました。塔の中にある窓に自分の体を鏡にして映すと、暑さで結い上げた髪は雨で濡れほつれた髪は頬やら首やらにベッタリ張り付き、確かになんだか、昔のお侍さんぽくも見えますが、どうみても自分ながら栄養失調の落ち武者にしか思えませんでした。オバチャンのイヤミ
、京都風?。京都の夏の嫌な所は晴れたのに髪も服もなかなか乾かない事でした。



2006年7月8日(土) 22:04

モリノス

「鬱猫」。クロマル、スミチャンと兄弟の「みそにぎりフガオさん」、クロマルが息を引き取るまで面倒を看て、虫の息になっているクロマルから引きはがそうとも、そばを離れなかったフガオさん。クロマル没後、自分で毛をむしり、悲惨な毛並みになりました。どうらやら動物にもかかわらず一緒にいたものを亡くすと落ち込み、かなりなストレスがかかるようです。この度、スミチャンの時には、くらーい顔で、遺骸を遠巻きに見てジッとしていて、いくら「フガオさん」と呼んでも反応しなかったり。冗談で「フガオさん、自分に注目を集めるためにわざと落ち込んでいるんじやないのぉ〜?」などと言っていたのですが、昨夜からベランダから部屋に入ってこない、あるいはベランダの窓から外をジーッとみている。帰ってくることがない二匹の兄弟をずっと待っているようです。猫ながらその表情は暗く沈うつで、見ている方が辛くなります。



2006年7月7日(金) 23:12

モリノス

「安楽死」。本日7/7日は、プレアタイズの誕生記念日今年で6年たちました・・・。そしてまた今年、我が家のかけがいのない雌猫「スミチャン」を亡くしました。先日には兄弟の「クロマル」を見送ったばかりです。どちらも老猫で寿命といえばそうでしょう。本日亡くなったスミチャンは、ここ最近体力が落ち、通院していました。本日も姉が病院に連れて行きましたら、容態が悪化、担当医師の判断はオペをするにも体力はなく、ぶっちゃけどうしようもない状態だったようです。しばらく病院で預かってもらうことになりました。私がプレアタイズに着きセッションのこしらえをしていた時、姉からスミチャンの様子を知らせるメールが、届きました。私は即、「安楽死をお願いしましょう」と返信しました。メールを送信した瞬間に全身水を浴びたような寒気が襲いました。姉からの返信には「承知しました」とありました。ほどなくお客様がいらしてセッション開始。休憩時に姉に電話しましたら、泣いてしゃべっていて何を言ってるかわかりませんが、どうやら安楽死が
決行される様子。帰宅しスミチャンの亡骸に花を備え、様子を聞くと。担当医はまだ余力があるので延命を主張、だけどその時、他の獣医師達が「盡田さんは、ペットに対し半端な飼い主さんではない、盡田さんの御家族がお決めになった事を尊重しましょう」と話し合って下さったようです。甥がまだ生きてるスミチャンに面会後、処置を受け、丁寧にシャンプーしてもらった後、姉に引き渡されたそうです。担当医を含め、顔見知りの医師たちは、この度のスミチャンの事で父が死んだ事を知り、動物病院でも名物爺さんだったらしい、父とスミチャンの死を悼み涙を下さったそうです。「盡田さんのペットの数だけカルテがあり、カルテの厚さが物語みたいですね」と担当医が言ってくれたそうです。さらに、「安楽死の選択は良かったと思います」と古株の先生もおっしゃって下さったとか。帰宅後、母姉号泣、甥嫁は私の母に向かい「おばぁちゃんも、最近つらい事が続いて・・・ウウッ」みたく号泣したらしいですが、私の読みでは甥嫁の「泣き」はおそらく計算、この場面においてウ
ソでも涙ひり出した方が立場上、有効と判断しのだろうと・・・。というのはウソで甥嫁よ、スミチャンのために泣いてくれてありがとう。私自身、安楽死の選択には即決したわりには迷いがありました。ですが、拾って来たたわいのない猫ごときに、本気で向き合い、私達家族を「飼い主」として尊重してくれた動物病院の医師団の態度に救われた思いでした。



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