2008年1月12日(土) 0:03
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モリノス
「はたち」。昨年大掃除の際に発見した。私が指圧専門学校の時の成績表。どの教科も70点とか65点とか、80点とかで、自分的には「全然勉強しなかった記憶があるが、案外、点は取れていたじゃん!」と我ながら関心したのですが、よく見ると二期制の総合得点合計でした。つまり二百点評価での総合点だったのです。さらに二年目になると50点とか30点などというものあり、どんだけ勉強できなかったか!一年授業を受けて30点なんですから!。思い出すにあれは同時、国家試験を控えた1月14日の日、私は職員室に呼ばれ、あまりの成績の悪さでテストは受けられないかも?さらに学校始まって以来の実技において最低の技術と言われ、他県で受験した方がまだ免許取得の可能性もあるし、この成績では難易度の高い東京では学校の恥になるので東京では受けされられないと言われ。私は「なら国家試験受けなくてもいいです、御迷惑になりましょうから」と言い職員室を後にして、受験地は東京しか受けないと申請して学校を後にしました 。翌日私は成人式でしたが、家族的にも成人式イベントについては何も言われてないし、私も成人式に行くという事に興味がなかったので当時の成人の日より、試しに二月に控えた国試に備え勉強をし始めたのです。成人式当日私はジャージ上下で勉強をしていたら、父親が何度かウロウロと部屋に来て「式には行かないのか?」「遊園地がタダなんだぞ?」「成人式には芸能人が来るぞ」「式に出席すると何か貰えるのだぞ」となんかわかんないけど私が成人式に行かない事が気に入らないあるいは、心配な様子でその日は無駄に私の部屋をうろついていた記憶があります。私はそんな父に気をかけている暇はありませんでした。二年間していなかった勉強を試験まで約1ヶ月で、暗記しなくてはならないのですから、自分が成人式に出席するしないなんて眼中になく、パニクりながら勉強したのでした。国家試験の当日はマークシートでしたので、チンプンカンプンながらも鉛筆でしるしをつけました。実技試験においては盲目の試験官にあれこれ質疑応答をされたのですが、さらに指圧の技術 をマスターしていない私は試験官から、呆れられる始末でした。こりやー落ちたなと思っていましたが、四月の結果発表の時に私の受験番号があった時には嬉しいというより、「セーフ」と安心しました。成人式の時には式服の用意もしていなかったし、勉強三昧だったので、私は少ない貯金をはたいて、当日流行っていた自分が好きなDCブランドで上から下まで購入し、成人式なんてとっくに終わってましたから着ていく所もなく、でもせっかく買ったんですから、どこかに着て行きたいと思い、何をトンチンカンに思ったのか、ホストをしている友人の勤める店に、1日だけヘルプとして入り、新調した服でお客様の席につき、お酒を作ったりお話をしたりしたのでした。それが私の大人としての一人成人式でした。なんだかプチ痛い 話のようですが、はたちの私的には、学校一最低と言われながらも国家試験を突破し、しかも自分が好きな服を自分で買った事に心から満足していたのでした。 ちなみにホストクラブでは、まったく世間をしらない知恵遅れ坊ちゃまキヤラ として、ヘルプでありながらもプチ人気を博しました。そんなかんじが私の「はたち」でした。
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