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2008年7月の日記
 
2008年7月22日(火) 22:18

モリノス

本日は早朝から、検査結果を聞きにそしてまたちがう検査をしに某大学病院に行きました。まだ出勤時刻の巨塔群の街は朝から汗をかき、しんどそうなピープルが各々の会社に向かっていました。ビルとビルの間に木々があり、その下を通った私は一回そこを通り過ぎ何かが視界に入り「!」と思いその木の下を振り返って見てしまいました。そこには大風呂敷を広げ、オハギ?、切り餅?、大福?赤飯?、緑の野菜?茹でたらしい豆?・・・的なものを暴力的なカンジに並べてあり、その横に釣りとかで使うような椅子(今にもひしゃげそうな使い込み感満載チェアー)に座った、パンチパーマなヘアに、首から下は赤銅色なのに顔に白粉をはたいて白塗りにし紅蓮な紅をさした老婆が、顔中にシワというより亀裂を入れ その亀裂からドブドブになった汗を落とし、元は藍色だったと思われる手拭いを首に巻き付け、うっすら目を開け無表情に遠い視線をビルに向けていました。まるで白粉をはたいた大仏のようでした。朝とはいえ炎天下、お店を広げたビニールにくるまれた食材?商品?
は蒸れて汗をかいているようでした。21世紀、オフィスビル群な所に、昭和の背負子の行商人がいたのです。が、その老婆は見た目的にはまったく「売るつもりがない」カンジで、皺が放射状に入った上下の口元にたまった汗をノロノロを拭いては、視線をまたビルの方へうつし「ぼーっと」しているのです。私はこれじゃ売れんだろうに、さらにこの暑さで売り物のあしも急速に早くなり痛むだろうから、だれも買わんだろうとなと思い、プチ呆れ、プチ白粉大仏が心配になり病院に向かいました。検査と検査の間に時間が余りに余ったので、私はわざわざ病院を抜け、白粉大仏婆さんを見に行ったのですが、なんと、並べた商品が少なくなっていたのです。が、老婆は朝と同じ表情、少しの変化は白塗り顔がグレーになっていた所でしょうか。私はまた病院にもどり一通りの診察を受け支払いを済まし、やはりあのお婆さんはどうなっているだろうと、駅まですぐなのに、またはるばる見に行きましたら、品物のほとんどが無くなっていたのです!。白粉大仏婆さんは傾きつつある西日を
浴びていましたが、相変わらず無表情でした。もしかしたら行商人のプロだったのかも?さらに彼女がこしらえた売り物は実はそれは美味しい絶品で、知る人ぞ知るカリスマ背負子行商人で長年彼女の大福とか楽しみにしてるフアンとかいるのかしら?とあれこれ想像しました。あるいは、実は彼女朝から居眠りこいていて、その隙に、オフィス街のホワイトカラーな人達が、白塗り老婆が熱中症にヤラれているうちにかっぱらってるってるのかね?とも思いました。とにかく気になる人なので、次回病院に行くときは、ムレムレの赤飯とか買って、お婆さんにインタビューしなくっちゃと思った次第です。



2008年7月22日(火) 0:00

モリノス

帰宅し久しぶりにテレビをつけたら、エジプトと中国の歴史をドキュメントした番組が放映されていました。エジプトといえばピラミッド、スフィンクス、クレオパトラ、ミイラ、ツタンカーメンと連想は続き、幼少の頃に黄金のツタンカーメンの仮面を何かで見た時にはしばらく忘れられず、体育の時間に校庭に枝であのマスクを買いたり教科書の隅にミイラを書いては教師から「落書きするなら授業を受けなくてよい、と廊下に出され、廊下の窓に映る自分の顔を見てツタンカーメンの顔まね」をしては一人悦に入っておりました。このたびツタンカーメンを医学的調べてみると左股関節に病があり、それが元で感染したことが死因とされていることが解明されているらしく、私は「ツタンカーメンさん、股関節えらいのに大変でしたね」と何千前のエジプトの王に対し無礼な同病合い哀れむような気持ちになりました。番組の後半は激動の中国、日本に利用され数奇な運命をたどった女性達が取り上げられていました。中でも当時日中の映画出演にて賛否受けた日本人女優が画面に映ると。「
!」ビンボー俳優養成所研究生だった私は、都会のドラッグストアでバイトをしていて、生活用品などを台車に載せてとある高級マンションまでお届けに上がっていたのですが、配達の度に梨をひとかけらくれたり、紳士物の麻のハンカチなどもくれる素敵な奥様がいました。「お疲れ様」「ご苦労様」などと気をかけてくれていて、自分が演劇を勉強していますというと、「お好きになさいな、好きに映画が作れる時代になったんですからがんばりなさい」と言われました。私はよく知らない御婦人に説教されるのはイヤだななどと思っていましたが、店に帰ると「今の配達先××さんのお屋敷よ、××って李香蘭よ」オーナーに言われたのですが、李香蘭と言われても若者期の私にはチンプンカンプンでただしったかぶって「へー」とか生返事していました。李香蘭はミュージカル化されていますし、見に行った事もあり、激動な満州、本土で命を失う寸前で帰国できたそれは大変な女優さんなんだと思いつつ、当時、道端でタワイもない話をしてくれたり、お店に来店されても気さくに店員と
会話する、方でした。その姿には傷みも苦しみもあるでしょうに微塵も見せず、お洒落なスーツにヒールでシャキッとした姿勢。今日のドキュメントを見て、あんな目に会ってしまったのに、今も変わらない美しさで、いらっしゃる事がうれしくなりました。



2008年7月20日(日) 23:43

モリノス

「女点前・男点前」。高校生からの友人Oを茶藝の世界に巻き込み洗脳しようと、茶藝特訓に誘いました。Oは二十代前半でシングルマザーとなりなりながらも、苦労をポジティブに変換し母親と父親を一人でこなし、仕事もがんばり、今や白いメルセデスで活動できてる頑張り屋さんかつ、元々大人買い体質、着道楽、食い道楽とかなり豪快なキャラにて、私が余計な気を使わないですむ希少な友人なのです。生まれた日も近くノリも合い、細く長く友人として付き合い今に至ります。私はマンツーマンでスパルタ中国茶道を学ぶのが怖く、Oに茶藝とはなんちゃらかんちゃらと説明したら、まんまと興味を示したので、茶藝特訓の実験台として鬼香港人先生の元、すこしなごんだカンジで「教え」が始まりました。今や茶藝というより曲芸じみてきた私のお点前をOにしたら、なんとなくオッケーがでたので、私もホッとしていたら鬼先生は、せっかくだから、お友達もお茶入れて見なさいなどとお戯れを言ったのですが、戦々恐々とOはお茶をさばき、私の手前に飲杯が置かれ口に運んだら味
にしまりがなく、私は心の中で「ヌアーッハッハッハッ私の入れた茶の方がうまくできたわい」とプチ優越感を覚えたのですが、鬼先生がOに「この調子で二煎、三煎と入れてみなさい」と言ったのですが私は「ふん、一煎目でしくじったOが二煎目からあとお茶の加減をキープできる術はまだ知らないはずだフフフ」とタカをくくっていたのですが、Oが入れた二煎、三煎は回を増すごとに香りや味が豊かになりはじめたのです、お茶っ葉は出枯らす訳ですから物理的には回を追う事にお茶は薄くなって当たり前なのに、まったく作法をしらないOのお茶は一煎一煎ごとに、まるで味が進化していくようなカンジなのです。鬼先生いわく「モリノスのお茶は最初にインパクトと印象を与えそれから余韻を楽しむように二煎、三煎とやや惰性気味に振る舞えばよい、最初の所作や入れた直後にインパクトを与える事ができるから。一方、Oさんの入れ方は最初は優しく回を重ねる毎に味が豊かに変化していく、最後の最後までお茶の性質を考慮したお点前です、お茶の入れ方もそうですが、物事の前
を先を見越して動く事が大事。二人ともタイプは違うが二人なりの先を考えたお点前だったと思います。最初にインパクト、終盤に印象を与えるのが、男のお点前としたは後から深みを出していくのが女のお点前の違いかもしれません、が、茶藝はその人の人となり生き様がでると思いますが、Oさんの生き方がOさんのお点前に出ていたと思います」と言われたので私は「ちっ!未経験者のくせにいいお褒めをいただいてなんだか負けたような気がしますが」と鬼先生に言ったら「勝った負けたと思っちゃってる間はまだまだですね」と説教をくらいました。一方Oは中国作動がツボに入ったらしく、授業が終わったら「あーんなんだか、いい道具が早く欲しいわ揃えたいわ、起業してたら、仕入れ元と直引きできるでしょうから、卸業者をネットで探してみよう、まとまって発注したら下代で手に入れることできるわ〜」などと、茶館を開くんですかいみたいな意見をいいました。さすがO、私は目先の技を覚えたくて練習してるのにOは初めての茶会を経験しいかに円滑かつ合理的に茶器茶葉
を手に入れて将来なにかしらの形で茶藝を生活に仕事に導入できないかを考えている様子で、私はさすがに女だてらに子供を育てあげ、仕事をして、趣味も楽しんできた女傑な発言と感心した次第です。人それぞれに生き方考え方があり、たかが飲料だが、その入れ方により生き様がでるのだねと思い、最近うまくできて調子に乗っていた私は戒められた気持ちになりました。



2008年7月19日(土) 23:31

モリノス

癒しフェアを一週間後に控えたイヤシロチ青山のキッチンかつバックステージでは、プチ白熱した打ち合わせが行われていました。いままでのゆる感がなく、原稿を作成したり、内容をチェックしたりとバタバタとしています。だんだん「イベントに参加するんだ!」という気持ちになってきているのですが、本日はなんだかクラクラと目眩がし、なんだかだるいなと思っていたのですが、風邪をひいたわけでもないし、どうした自分?と考えてみると、冷房と体重減少によりどうやらまだ梅雨明けしていないのに、一足先に夏バテしているようなのです。ふと体重を計ると服を着た状態で57キロ・・・。最近はお腹の調子も安定し、食事も普通に採れているのに痩せてきているのです。私は冬と夏ではだいたい5キロ差があるのですが、今年体調を落とした時に56キロまで体重が落ちたので、その体重から5キロ落ちたら51キロになってしまう?という変な自分理屈を考えてしまい、服を着て57キロなんですから2キロひいたとして現在55キロ。これからの夏本番
に向けてあと3キロ落ちたら夏を越す自信がなくなり、うーむと思った私は帰宅前に冷やし中華と餃子とライスとコーラという、高カロリー摂取体重増加作戦を決行してみました。癒しフェアは2日間、会場はエアコンガンガンだと思われ、無事に乗り切る為にはこの一週間で肉厚になり持久力をつけなくてはと思ったのですが、癒しフェアの「商品や企画を御案内する」という本来のテーマからはずれ「何を着るか」に追加し「一週間で冷房や暑さに負けないよう太る」が私の課題になりました。てことでこの一週間はジヤンキー食生活をしようと思います。って相変わらず極端な私でした。メタボな年代なのに。



2008年7月18日(金) 23:57

モリノス

来週末の土曜日、日曜日に開催される「癒やしフェア」、なんとイヤシロチ青山はブースを大人買いして6メートル借りたそうです・・・。が、癒し決戦と言っても過言ではないであろう癒やしの祭典「癒やしフェア」ですのに、イヤシロチ青山のメンバーは、元々「癒やしフェア見に行こう、どんだけなんだろう」と普通に物見遊山なカンジですので、いったい6メートルもあるスペースをどう使うのか、なんとなくしか決まっていず、おそらく出展者の中で一番「ゆるいブース」っぽくなりそうです。プチ焦ったのは、イベントゲストが、宮本亜門、桃井かおり、アグネスチャンなどと、胡散臭いゲストもいながらも、メジャーかつ興味深い人選だったりして、「癒やしフェア」はチャラいイベントではなくかなり大規模な企画だった!と自分のうつけ感にプチ動揺しています。あと一週間あるので、せっかく6メートルもブースがあるのですから、少しでもイヤシロチワールドを展開したいと思っていますが、脳内的には「衣装はどれにしょう」だったりしてます。フロア内で一番まったりゆ
るいのがイヤシロチ青山のコーナーかもしれませんが、逆にそのゆるさが癒しに通ずるかもしれません。今から言い訳?。いやがんばりますよ!。



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