| 戻る |過去の日記|
2008年7月の日記
 
2008年7月18日(金) 0:08

モリノス

「多分心臓に悪いロン毛」。年上の友人で歌手をしているKという人がいるのですが、彼女の息子はカエルの子はカエルのたとえのごとく、イギリスにて音楽を学び、同時にバンドを組み活動をしているのですが、日本でのツアーと里帰りもかねて帰国したのでKとその息子に会いました。「!」。なんとしばらく見ぬ間にKの息子の髪は腰まで伸びて、前髪は耳の下で左右シンメトリーにプツンと切りそろえてあり、前髪に至っては超オンザ眉毛・・・。遊郭の禿か、少女期の姫宮みたいなスタイルなのです。なんと申しましょうか、インディーズの魂はロン毛でもありますが、「きどり」と「ホンモノ」があり彼は若いのにも関わらず、キチ○イ一歩半手前なカンジで、見事に長髪を自分のモノにしているのでした。私はよくやった!アーティストは生き様を姿で語る!ガンバレガンバレと応援したのですが、母親的にこのバサラかつ傾者の息子のヘアスタイルをどう思うかとKに質問したら、Kは「なんか枝毛が凄いから明日トリートメントに行かせようと思って」などと違う角度からのコメ
ントをしました。ふと思い出したのはKの御主人は長年コンサバな会社のリーダーとして活躍し先に、体調を崩し心臓を患い、退院したばかりだという事で、私はK親子に「あの、お父様的にその髪型、ショックだと思われ、せっかく退院したのに御心痛なのでは」と聞いたら、息子の枝毛お姫様ヘアについては、コメントをしないようにしているとの事でした。成長した息子が留学し帰って来たら巨大市松人形みたくなっちゃっているのですから、島国日本ホワイトカラー父さんにはとてもとても受け入れる事はできないと思いますが、「きどり」で市松っているのではなく作品を作り上げ定期的にライブを決行していて、入場料が発生している興行なんですから、若者とはいえプロの「ホンモノ」です。ロン毛を振り回し己のしたい表現をし結果を重ねている若者。いつか保守的な父がライブ会場に足を運び息子のパフォーマンスを見た時に、よくやってるねと誉めてあげて欲しいですが、実際、アングラな空気悪いライブ会場で息子が半裸でロン毛を振り回してギターを弾く様を見たら、せっ
かく治った心臓がまた悪くなりそうで心配ですが、私は若者だてらに禿ヘアをなびかせる彼をライブハウスで見たいと思っています。



2008年7月16日(水) 23:12

モリノス

映画「闘茶・TeaFight」を観ました。最近中国茶を二人のコーチから猛特訓を受けている私的にはタイムリーな映画でしたので、最後の回の劇場に滑り込みました。日本人、台湾人、香港人が京都と台湾を舞台に伝説の茶葉を巡り、ドタバタとする劇画的かつタランティーノな演出で、アジア好き、お茶マニアには楽しめる映画だったと思いました。が特にたわいもない進行などでメジャー向きではないカンジでした。私的には香港映画「インフェアナルアフェア・無限地獄」で香港黒社会のボス役を情感豊かに演じた俳優がチョイ役で出演しているだけでも楽しめました。闘茶とはお茶を通し自分と向き合うこと、戦う真の相手は自分であるというセリフに共感を得て、最後の若者役に言わせたセリフ「お茶というのは好きな人が入れてくれて共に飲むのが一番ですね」というシーンには共感できませんでした。私にとって中国茶と向き合う一時はあくまで一人が心地よく、誰にも気を使わず、ゆっくりと一人上手に入れられたお茶を飲むのが一番の贅沢だと思ってます。これって心せまい
かしらケチかしらと劇場を後にしながら思案しました。



2008年7月15日(火) 21:23

モリノス

蒸す一日でした。神保町へ向かいました。昔バイトをしていたドラッグストアの同僚が神保町のとあるお店の化粧品コーナーで美容部員をしていると、人づてに聞きいきなり訪ねてみました。同僚と会うのは十数年ぶりで、会った途端に昔話になりドタバタと再会を喜びせわしなくお店を後にしたら、着信アリ。シンガポールからで旅先で困ったことに巻き込まれた友人からの相談でした。書物も蒸し蒸しの本の街、神保町の街道で長時間電話をし、一息着いたら、今度はリアルタイム出産のお知らせ電話が入り、なんだか落ち着かず帰宅したら、天草の叔母が倒れ脳死から回復した報告を受け、再会、海外からの相談、出産、回復が一日にして起き、私の脳はどれがなんだか整理できず混乱してしまいました。私の感情はなんだか極端にハイになり、落ち着こうと飲み物でもと思ってもなかなかビンの蓋があけられないカンジで、動作もチグハグとなってしまいました。蒸し暑くて疲れるのではなく予想外の出来事の連続にヨロッとしてしまった一日でした。心臓に悪い。



2008年7月14日(月) 21:26

モリノス

先月「蛍を囲むお茶会」が大雨で蛍どころではなくなってしまったので、まだまだギリギリ間に合う蛍の残り火を頼りにお茶会が仕切り直されました。前回の時に好評いただいた私の「茶藝」もアンコールに応え(?)やらせていただいたのですが、この度の参加者に西洋東洋のお茶をたしなんでいる梟のような顔容の爺さんがいて、最初はありがたく蘊蓄を聞いていたのですが、あまりのお茶マニアック話に途中から私をはじめ同席の皆さんは梟爺さんのお茶話にただ頭をコクコクと下に降り続けるしかありませんでした。場は面白いように白けてしまいました。これぞ世間でいう「KY」?。私は隣に座っていた年配の御婦人に小声で「なんだか、お経聞いているみたいですよね、興醒めじゃありません?」と言ったら御婦人は「ウチの主人がすいません」と小声で言い返されました。ガーン、「KY」は私でした。



2008年7月13日(日) 23:35

モリノス

「迎え火」。東京盆の初日ということで、当家恒例行事(? )「集合住宅の共有玄関先で焚き火をする」を決行しました。今時、道路っ端で火を起こす=挙動不審者、なわけですが、私が幼い頃よりの行事なのでプチ強引に決行。建て前的には「先祖供養及び日本の文化を見せてそして継承」と称し甥夫婦及び甥の子一号二号も半強制的に参加(職質を受けたり通報されたら、信仰の自由を訴えるための真実味を出すための要員)。てことで夕刻、家にいる身内は幹線道路沿いに立つ天下の往来、マンション玄関先にて焚き火をして「仏様」をお迎えしたのでした。甥の子一号は膝を擦りむき出血、その手にはなぜか、おもちゃのナイフがしっかり握られていて、甥のこ二号は生まれて初めての「迎え火体験」に神妙な様子。その周りに四代の身内がボーっと普段着で焚き火を囲み・・・。なぜか途中から近所の人も参加・・・。 この光景、客観的かつ冷静に見るとかなりイケてなく、アブナイ気がしてならないのですが、甥の子供が私位の年齢になった時には、まったく抵抗なくお
盆には、たとえ職質を受けようが、普通に玄関先で公道で「迎え火」をしてほしいと思いました。その頃、世の中はどうなっていることでしょうか?。



<--- back next --->

モリノスの部屋