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2008年8月の日記
 
2008年8月11日(月) 21:52

 モリノス

モリノス

昨日、太陽子の様子を見に猫友邸に行きました。太陽子はだいぶ元気で「なんかダメかも〜」みたいな雰囲気から「なんか、だいぶ命的になんとかなりそうなので、今後の生き方的にも選択肢がいくつかあるかもね」みたいなカンジで余裕がありました。私の前例ですと、瀕死子猫とはだいたいタイマン勝負か、家族の誰かに適当なことを言って丸投げし、丸投げされた誰かが子猫とタイマンをはるカンジになるのですが、この度は瀕死の子猫を猫友に託し、時間がとれると見舞うみたいな展開でしたから、子猫の方も「完全にアナタがいなくてはダメなんです」みたいな必死さが薄れ、太陽子的に「適当にあちこちアプローチしておいて様子を見よう」みたいな雰囲気を醸し出しているので私は「なんか、プチムカつく」カンジでしたが、私が抱き上げてしばらくすると上目使いに私の目を見て「ハッ!」としてから、急に前足を交互にフミフミ、喉をゴロゴロならし、トロリとした目つきになりました。こういった事をされると猫バカな私は速攻キマッてしまい、「オーヨチヨチ」などと言いな
がら、太陽子を文字通り猫っ可愛がりしてしまうのでした。写真は先住の猫に世話になってる太陽子です。柄的に親子に見えますが、違います。母子にも見えますが大人な猫はオスです。


2008年8月10日(日) 23:52

モリノス

「平和な朝、義兄の渡米」。今朝、実家に行き朝食。私の携帯の中に入っている太陽子の写メを、母に見せあれこれ話していたら、会話中にふと、どうやら義兄がアメリカに行くとの事で、私は「アメリカのどこに行くの?」と母に聞いたら母は「アンコールワットだわよ」というので私は「アメリカにアンコールワットはないと思ったけど?」と聞いたら母は「ああ、アスベスガスだった」というので私は更にわけわかんなくなり「アスベスガスって何?アメリカにあるの?」と聞いたら母は大笑いしながら「私はラスベガスってちゃんと言いましたっ」というので、私は「ああ!ラスベガス!ラスベガスね、で、ラスベガスとアンコールワットってどういうこと?」と聞いたら「アンコールワットではなくて・・・」みたいなカンジで要領得なくなり、そこに甥一号が来たので私は「いったい貴方の父親はどこに行ったのか?」と聞いたら「グランドキャニオン」とボソッと言いました。母的には「アンコールワット」と「グランドキャニオン」が世界遺産ということで同じなイメージだったと
の事。さらに頭ではグランドキャニオンを思い浮かべていたが口から出たのはアンコールワットだったとの事。私も普通に「いつの間にかアメリカにアンコールワットを移築したのか?まだ知らなかった、そしてアメリカにはアスベスガスなる所があるのか?」と素直に受け止めてしまい「アメリカ旅行、ラスベガスとグランドキャニオンに行く」という普通の会話を「アメリカにあるアスベスガスとアンコールワット」という複雑にしてしまうという、かなりオリジナルすぎる思考な私達親子なのでした。そして私はこの日記を書くにあたり、頭ではグランドキャニオンの雄大な自然をイメージできているのに名前がどうしても思い出せず、甥一号にまた「あのさ、貴方の父親ってどこに行くんだっけ?」と朝と同じ質問をし甥一号はまったく朝と同じ口調で「グランドキャニオン」とボソッと言ったのでした。



2008年8月9日(土) 22:48

 モリノス

モリノス

昨日北京オリンピックが開会式だったようで・・・。オリンピックイヤーであることも忘れていました。本日その模様をテレビで見たのですが、感想は「凄い!だけど長い〜」でした。かなり趣向を凝らしたオープニングは極彩色!。セレモニー途中に見覚えのある顔を発見!幼児と共にピアノを大観衆の前で演奏する今や中国を代表するピアニスト・・・。あれは何年か前の事。友人がこのピアニストのマネージャーで、私もクラシックはよくわからないもののコンサート会場に足を運び、彼の演奏を聞き、そのありえない「指さばき?」に圧巻!感動!そして魅了され、コンサートが終わっ後に友人にむりくり会わせてもらい、握手をしましたが「!」途端に私は手を離してしまいました。彼の手は骨がないのでは?というくらい柔らかかったからです。ロビーにはピアノを勉強している少年がいて、そのピアニストは少年に向かい「僕にもできたのだから君にもできるよ!」とニッコリ微笑んで言っていた事を記憶しています。そのピアニストが北京オリンピックのオープニングにて堂々と鍵
盤を叩く、私は録画なのに画面に写るピアニストに「ワーワー」言いながら手を振り、この人と握手してちらりと会話したことって自慢!と一人悦に入りました。聖火点灯の時には人が飛び、ありえない高さでの宙乗り!そして宙乗りのままスタジアムをランニング・・・。ワイヤーで吊されるだけでも体にかなりの負担がかかるのに天井をマラソンの姿勢で移動する様は感動を超えて怯えてしまいました。そしてふと思ったのは「マチ」。つまり入場した選手団は行進した後にはスポーツな笑みで待ってなくてはいけない訳で・・・。最初に入場した国の人はおそらく三時間は立ちっぱなしなんですから夏の夜、人で充満する会場で長時間立ち続けるのは大丈夫なのか?試合を控え疲れないのかと思いました。私はスポーツといえば格闘技くらいしか関心がないのですが、大会前に色々あったとはいえ、無事に(進行的にはオシてたのか?)聖火が灯されてよかったと思いました。そして私はいったいどんな閉会式なのかとこれからの本編より楽しみにしています。写真は熱が下がったので次に虫
下しに挑戦な太陽子です。


2008年8月9日(土) 1:54

モリノス

「赤塚不二夫・三島由紀夫」。「すなわち、これでいいのだ」天才バカボンの父の名台詞。先日、漫画家、赤塚不二夫先生の追悼の言葉をテレビでお馴染みのレイバンのサングラスをしているタレントが、とうとうと水が流れるがごとく真面目に長文を読んでいるかのように見えていたのですが、その原稿は「白紙」だったそうで、つまり恩人にたいする弔辞を「何も書いていない原稿を神妙に読んでいるかのように」見せていたのです。究極の「ギャグ」のセンスに目からウロコが落ちました。そして本日、休憩中に作家、三島由紀夫先生の短編集を読んでいたら、今更ですがあまりの美しい文章に気持ちがスーッと落ち着いてきました。思えば昨今のドタバタライフで「本病」の私はしばらく文章を読んでいず、また読んでいたとしても頭に入らずなカンジでした。体調が落ち着きつつある時に三島由紀夫先生の文章は繊細でイガイガとした私の脳を鎮静に導いてくれました。そして落ち着いた脳でここ一週間を振り返ると、あまりにも予想外、小説よりもドラマチックすぎ。「!」赤塚不二夫
先生だったらこの展開をゆるキャラ三昧で「ギャグ」にして笑いに変えてしまうのでしょうし、三島由紀夫先生だったら感動的な「小説」か「戯曲」にし美文で綴るのでしょう。私の頭では目を×にして喪服で「レレレのレ」としているキャラと「その特徴的な顎にかかるほどの長さの前髪に天上に向かう線香の匂いを焚きしめ・・・」みたいな人物を同時に思い浮かべ一人悦に入り「これでいいのだ、いや?これでいいのかぁ?」とつぶやいたのでした。赤塚漫画のキャラを見て育ち、三島文学に影響を受けた私なのですが、これって真逆?。そして「ハッ!?」と思い出したのは、忙しいとか脚痛い、体調悪いとか年をとったとか、弱々しい事をぬかしていた私ではありますが、インディーズでありながらも「パフォーマンス」という形で、舞踏をはじめ小劇場出演、お馴染み666の暗黒シャーマンモリノス。あー疲れる、物覚えが悪いと泣き言わず波も高くなり夜風が涼しくなってからは、賞味期限が切れてもまだいけますな私ですが、なにかしらの形で「パフォーマンス」を企画して行
きたいと思っています。舞扇も懐かしい、バカ社長に爆竹くらうのもよし、姉の琴かお三弦で新作を披露するのも一興(姉の琴もすごい)。萎えてた私でしたが、赤塚漫画、三島文学にふれ、融合型ギャグ耽美な演目できないかと思案中です。ひとまず舞扇と鉄扇がなつかしい。なんて事を考えられるようになった私でした。トレーニングがてらに数日後に、神事や古典好きな皆様の前で、おっかなびっくり、舞扇をひろげ人情モノを舞たいと思いました。がブランクありすぎで要返しのひとつも鈍った私ですのでおそろおそろ舞扇を開きたいと思いました。気合いさ気合い。



2008年8月7日(木) 22:05

 モリノス

モリノス

昨日、体調がガタガタしたので、今朝熱を計ったら平熱。プチ安心。が、癒しフェアから今日までのめまぐるしい日常を考え、さらにこれからの怒涛スケジュールを考慮し、念のため病院へ行きました。病院で熱を計ると家では平熱だったはずなのに37.6度アリ。「熱がある!」と知ったとたんに心が折れ、具合が悪くなり、そのまま点滴となりました。疲れと喘息のコラボなカンジとの事。点滴の最中に携帯をチェックしていたら、太陽子を預かってもらっている猫友からのメールと写メアリ。昨夜、太陽子も熱を出していて今朝も下がらず注射をしたとの事。その後には少し楽になった様子で元気だとの事。ちょうど手のひらサイズの頃の子猫は元気な状態でも急にコロッと逝っちゃう時期、太陽子の場合、拾った時に色々複合型に弱りつくしヤラレちゃっているのですから、まだまだ安心はできません。私がヨロヨロな時に猫百戦錬磨な猫友がいてくれて本当に助かりました。まだ本格的な飼い主ではありませんが、飼い主&子猫共に熱でダウン、そして点滴とか注射・・・。帰宅して
太陽子の様子を家族に報告。しばらく休み、葬儀を終えて色々と今後の事についての話や葬儀屋さんへの挨拶をして、「ポアーッ」とした状態でいたら、母が 私に向かって「熱が下がるといいわねぇ〜」と心のこもったカンジでしみじみとと言うので「なんと優しい!」と思ったら、母は私にではなく太陽子に向かって言っていたのでした。親子してまだ不幸の悲しみから解放されていないというのに、一番心配なのは「動物」。相変わらずな我が一家でした。ていうか熱にヤラレている場合ではないぞ自分と太陽子!。


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