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2008年9月の日記
 
2008年9月20日(土) 22:54

モリノス

台風がそれ晴れやかな日がこぼれるイヤシロチ青山、キッチンかつバックステージにて、ボスとスタッフ白石さんと原宿ニユーエイジセンターから現在のイヤシロチ青山に致までのプチ「思い出話」大会となりました。ボスいわく、原宿時代のモリノスはトゲトゲしていたと言うので、今だから暴露しますと、実は原宿ニユーエイジセンター所属した時から、受付達とか所属スタッフに不信を抱いていて他の皆さんとはかなり距離をとっていました!とプチ爆弾発言をしました。占い師デビューをしたまだ20代の私はいきなり占い激戦区地域の最高峰にあった総癒やしビル一階はパワーストーン、二階はヒーリンググッズ、三階は各セッションを受付ている、他の占い館とは別格の原宿ニユーエイジセンターに所属した途端に、近隣の同業者はもとより同僚からも、あらぬよからぬ噂をされていて「モリノスは客の女性に片っ端から手をつける」「モリノスは邪悪な念を客につける」「生き霊を飛ばす」など、いい大人かつ精神世界関係とは思えぬ知恵遅れ陰口に、どん引きしその噂話に影響
された何人かの受付諸君は、私が出勤すると「無視かいっ!」みたいな態度だったのでした。本来キレやすい私は、噂の火種の主をボコってやろうと思ったのですが、私のガイドからは「無関心に徹すること、己の吐いた言葉は自身がツケを払うことになる」的な啓示を受けていたので、結局出勤した途端にセッションルームに直行し、お客様にだけ集中するという事に徹したのでした。やはり、私にしのごの言ってた輩は、知らぬ間に原宿から消えて行きました。などと時効ネタをボスにゲラゲラ笑いながら実はね〜みたいなカンジで話していたら、ボスはそんな恨み節はあっさりスルーして「20代から所属していまや40越え・・・キャリア的に大御所だな」みたいな事を言った時にハッとしました。ボスとは10年を越える付き合いであり、原宿から青山までの年月はあっという間で、私は老化しましたが、精神年齢は原宿に所属した二十代の時とまったく変わらない事でした。現在のイヤシロチファミリーはとても安定していて、私も楽に仕事ができて幸せである事に感謝し
ているのですが、占い師という胡散臭い業種で今までやってこれた自分に我ながら、「たいしたものかも」と「ここまでこれたのは原宿で経験したイタいドロドロ関係を耐えたのでたいがいの事には耐性ができたのかも」と当時、不躾に私をイジったピープルにも不覚にも感謝した次第です。来月には42になる私ではありますが、若いときみたいな無茶はできませんが、鮮度だけは失わず、お客様の前に座りたいと思いました。



2008年9月19日(金) 22:53

モリノス

「開封されなかった手紙」。ふと思い立ち、私が若い頃に独学っぽく読んでいたタロットカードの解説本が読みたくなり、引き出しを開けてすっかり灼けた表紙 のハードカバーを見つけ手に取ると中からハラリと紙が落ちてきました。よくよく見ると封筒でしかも未開封・・・。その封筒自体もなんだか色褪せていて、封をする部分にはノリの色が染み出していました。なんだろうと思い封を破り名前を見ると、まったく誰だかわからない女性からの手紙で、ライブで共演してファンになりました。もっと貴方の事を知りたいです。よろしかったら水曜日の夜とかで店が終わったら○○という喫茶店で逢いませんか?もし都合が悪かったら電話して下さい、明日からもがんばりましょうね!。一緒に水族館とか行きたいな〜。みたいな内容でした。ファンシーな便箋に書かれた文字はナツカシー丸文字でした。私は記憶をたぐったのですが、まるっきり誰だかわからないのです。古い便箋と手紙での告白から察するに私が20代の頃にいただいた手紙だと思われ、そのころの私で「ライブ
」というと、俳優養成所を途中で退所してフリーで、あちこちできる仕事をしていた時期だと思われ・・・。○○という喫茶店にも記憶がないのです。ディスコやライブハウス、小劇場にて行われるイベントに出演した時に共演された誰かなのでしょう・・・。とすると15年くらい放置してしまった手紙でしかも未開封・・・。時を隔てて現在それを読み名前が書かれてはいるが誰だかわからない人に電話をする訳にも行かず、当時は○○という喫茶店に水曜日、店が終わってから行ってない訳ですから、恋文を貰ったのに「ガン無視」してしまっているのですが、今更どうしようもなく・・・。約15年ぶりに「悪かったな〜申し訳ないな〜×××さん」と、手紙を手にわびた次第ですが、今更なにもできないのでその手紙は捨てました。もしかしたら、その×××と言う人の指定する○○という喫茶店に行ったり、お宅にお電話申し上げていたら私の人生は変わっていたかもしれませんな。さらにその女性は私が今「モリノス」である事を知らないと思われるのですが、この場をかり
て「ホントすいません、手紙読んでませんでした」と謝りたいくらいです。



2008年9月19日(金) 0:54

モリノス

「イチロー8年連続200安打達成」。一家でなごやかに昼食中・・・。誰かが「イチローが200安打達成ってすごいね」などと言うので、私はまったく野球を知らないのにふと「あのさ、安打っていうのはたやすくボールを打った?ということ?、軽々と次々に球を200本打てた?ということ?」と誰とも言わずつぶやいたら一同どん引き・・・。やがて甥一号が「安打というのはヒットのことだよ」とボソッと言い、さらに私は「ああ、安打ってヒットのことなのね、ヒットというのはホームランではなく一塁とかに行けるくらいは投げた球を打ったということだよね?」と言ったら、母は過呼吸悶絶爆笑し「こんな息子を持って本当に恥ずかしい」と言いました。・・・。とにかくイチローおめでとうございますと、心の中でつぶやきました。ていうか「安打」って文字を考えると「やはり安易に打てる事」とイメージしてしまう私でした。プロのスポーツ選手として年間200安打というのはすごい結果を出した事で大快挙なのでしょうが、いまひとつ「たやすく打った」
としか脳内が変換できない私なのですが、プロ野球ファンな皆様からはきっと「ボコられる」と思い、やはり無知な世界には余計なコメントをしない方がよいなと思った次第です。



2008年9月17日(水) 23:58

モリノス

「外こもりってナニっ!」。闇の中の子どもたちの原作と映画を立て続けに読み観た私は最近「エセ硬派」っぽくなり、日本内外の情勢を斜め見して「はたして自分にできることはないか?ないにしても知ろう」と色々と調べていたりしているのですが、本日、出勤したらスタッフの白石さんから雑誌を渡されました。「外こもり殺害」・・・。て?外こもりとは?と記事を読むと、いい年の大人が何もしないで部屋にこもりネットやゲーム三昧なのを引きこもりとするならば、ある程度バイトをして小金が貯まったらアジアの諸国に渡り金の続く限り、物価が安いことをいいことに居座る。中には日本で稼いだ金を元手に現地で怪しい商売をして滞在し続ける。旅行者としてとある国に潜入して、宗教団体に入信して持ち金を寄付したらいたいだけいていいということで、寺院に住み着く食事つきだし、このままその国に居着いちゃう人などが、いて現地の日本人通しのトラブルが多くこのたび、外こもりの成功者? が現地でトラブルに巻き込まれて殺害されたとの事。何歳になっても行き
詰まった時にバックパッカーとしてアジアを巡り、これからの自分を見つめるというのは私はOKなんですけど、なんの目的もなく逃げるように外国でダラダラ過ごすのが外こもりなるピープルなのだとしたら、私は「あなたたちの年代の働き手がヨロヨロとした日本の社会で頑張って支えてもらいたいのに、フケないでほしいね」と思いました。日本人の外こもり連中を引き受ける諸アジアの国の皆さんにひどい迷惑をかけているのでは?いい年の大人日本人が小金まいて現地で浮かれ騒いでいたら日本人はバカと失笑をかってるかもしれないと思いました。引きこもりにしても外こもりにしても、御本人的には苦悩の末にした選択でしょうけど、いずれにしても、まわりと溶け込めないとか不安という心の問題を抱えているにしても、それなりの分別節度ってあると思います。それから私的には引きこもり外こもりな方々にもの申したいのは「こもるのは自由だが、パソコンなしでこもってみせたまえ」といったカンジです。「こもり」って「子守」とも書くんですから、大人なこもりな方々よ
、大人として「子守」するくらい他人に時間を使う事を考えていただきたい。それに「こもり」の訳を「人や世間や会社」のせいにしない口にしない。引きこもりにも外こもりにも仁義ってあると思います。



2008年9月16日(火) 22:06

モリノス

昨日小説「闇の中の子どもたち」についての感想を書いたのですが、正確な題名は「闇の子供たち」でした。本日、地元の映画館でこの作品が映画化され上映されているのを知り見に行きました。題材が幼児人身売買、幼児売春、幼児臓器売買という、難しいものを「映像化」した訳ですが「表現」でそれを「伝える」という「手段」があるのだなと思いました。この映画の作りは原作の構成を崩すことなく、映像的にも一歩間違えば大変な問題になってしまう描写を「演出」という形で見事にスクリーンに映し出されました。ロケはほとんどがタイで撮影され、タイの俳優陣も多く参加しているのですが 、監督の談によると、幼児虐待を演じるタイの子役達と納得のいくまで「わかった」と言って貰うまで話し合いその後に発狂するほどに「責任」を感じたそうです。原作では結果を見せないで読者に「現実」を見せつける表現でしたが、映画ではその後の結果を語られているシーンがあり、原作を読んだ私は少しホッとした感覚があったものの、原作にはない主人公の「落とし所」があり
、映画館にて胸が張り裂けたような気持ちになりました。映画が終わった後にふと考えたら「事実」「真実」「現実」・・・。モリノス的活動とはこの三つの点がつながりできた「闇」をセッションやイベントの中に垣間見ているのでは?という事でした。モリノス的活動の中で「正義」「愛」「悪」「怨」といったような人間が生み出す感情とか行動を、どれも日常的に無表情に対応してきたような感じなのですが、日常事に人様から寄せられる各々の出来事にどんな事を聞いてもモリノス的には平然としていざるを得ませんが、経験すること体験する事の色々な形の「闇」に麻痺し抵抗できず、目の前をスルーさせてきただけではないかと、苦悩しました。が、俳優達が演じる芝居で観客に「事実」「真実」「現実」を伝える手段もあるのだなと、改めて正しく「表現」をする人「創る」人の大切さを痛感しました。この映画の主題歌を作ったアーティストは、原作や映画の台本を読みイメージして出来上がった曲のタイトルを「現代東京奇憚」 としたそうです。外国で起きている恐ろし
い事件は違う形でもうすでに日本でも発生しているぞと警告をしているような歌でした。先ほど私は「闇」を垣間見る日常と書きましたが、「闇の子供たち」の原作、映画を見て詭弁めいてはいますが、どのような形をとっても「闇」に縫い針くらいの細い穴でも刺せて開けられて「光」につなげられたらどんなによいだろう!そうなりたいと思いつつ、頭が混乱させ、ため息をつきながら帰宅したのでした。



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