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2008年9月の日記
 
2008年9月10日(水) 23:26

モリノス

先日、クモ膜下出血のオペを乗り切った友人Mのお見舞いに行きました。ICUから個室に移動となりました。同行した友人Yは「なんで個室に移されたのかしら、様態が悪いからかしら?」と心配していたのですが、どうやら術後MはICUから四人部屋の集中治療室に移されたのだが、意識が回復してから、痛いの電話かけさせろだの、食事は粥は嫌いだなどとやかましいため、他の患者様に迷惑という事で個室に移動させられたとの事・・・。ワガママにつき隔離?。ともかく、テレビなんかも見れる回復、さらに仕事の申し送りなどを同業のYと、頭を抑えながら談義しています。一安心だねとMに声をかけたら、Mはおもむろに脈拍を計測する器具を外し、左手の適当な指に挟み直し「モリノスさん気をください、なんだか効く気がするわ」などと言い、私とMは握手をする形となったのですが、エアコンのきいた病室だというのにMの手を握った途端に私の体は熱くなり体中にダラダラと汗をかくことになりました。これは私の前例ですと回復する人と接触すると体が熱くなり、回復が
難しいと私の体は鳥肌が立つほど凍えますから、これはいい傾向だと安心したのですが、昨日の術後のカテーテル検査では出血部位はキレイになっていたが、失血により脳の血管が悲鳴をあげている様子なのでまだ安心できる状態ではありませんでした。が私はMのワイルドな性格を知っているので、大きな術後の造影剤検査もクリアしたんですから、明るいイメージを持っています。だがMはあえて不満な様子をしゃべる事により落ち着こうとしている状態なんですけど、これもよい兆候だと思い、重篤な病の後のMの回復をイメージして病室を後にしました。病は辛く痛く気落ちも滅入るものですが、Mはそれらを克服してくれると信じています。回復の道に向かうであろうMにエールを送り病室を後にしました。まだまだMの闘病は続きますが、ぜひ乗り越えられると確信しています。



2008年9月9日(火) 21:20

 モリノス

モリノス

「甥一号の好意」。実感の整体院の受付に座っていたら、後ろから甥一号に「はい、これ揃ったから・・・」とシールを五枚渡されました。「?」その小さいシールをよくよく見ると応募券になっていて、とある飲料のペットボトルについていて甥一号はその飲料を飲む度に集めていてくれたようです。一体ナニが当たるのだろうかと、小さいシールに書かれた応募内容を読むと、お茶に関するナニかのセットが抽選で当たり、締め切りは9月10日との事。応募はハガキかインターネットのHP上でとの事でした。茶藝を趣味としている私にと甥一号からの優しい気持ちとコツコツと飲料を飲むごとに私のためにシールを捨てずにとっておいてくれたのはありがたいのですが、叔父の私的には締め切りが明日だしハガキも、アナログな私はインターネットで応戦なんて、うーむ面倒だね〜と思ったのですが、ハガキを買う時間もなく、PCを可動させHPにアクセスしました。「!」ナンチャラカンチャラとネット上の応募方法が書かれているのですが、パスワードやらシールについてる
五枚分のシリアルナンバーを打ち込まなくてはならず、かなり往生しました。なんとか苦心しながら登録を終えた段階で、商品が当たるハズレるのはどちらでもよくなってプチ放心状態になったのですが、気を取り直して当選したあかつきには、一体ナニが貰えるのかねと、調べたら「氷だしお茶道具セット」なるモノで、特性のポットに抹茶にする前の貴重な茶葉を入れそこに氷を入れて、溶けながらお茶が点てられるという涼しげかつ風雅な品で、それに備えて青磁の茶碗、茶托、棗をモチーフにした茶缶や茶巾、敷布と雅なお道具セットなんですが、抽選して後日当選者に商品発送ということなのですが、猛暑の中に一服の涼を目で楽しみ冷たい逸品の茶葉でいただくものが、九月を迎えてからもし当選しても「季ちがい」でこれからの秋冬春にはお呼びでないお道具なのでした。が、せっかく甥一号がせっせとシールを貯めてくれたんですから、当たればよいなと思いました。が、ぶっちゃけ応募に手間取ったので、いっそ買うなりオーダーするなり、私も粘土こねして茶碗のひとつもこし
らえられるので、当選を待つより買うなり作った方が早いかもと、甥一号の行為をプチ無駄にする考えが頭によぎったのでした。早いもので九月、夏に求め練習用やお点前用に求めた茶葉はこの一夏の湿気と熱さで鮮度が落ち劣化しましたので、にわか茶藝の不調法を高品質の茶葉を使用する事で、お点前をなんとかかわして来た私ですが、これから涼しくなり寒くもなり暖かい飲み物にピッタリな季節がやってくるのに、手元によい茶葉がなく焦っています。かといって未完成のテクニックを披露することは生き恥をさらす事だというのが私の主義ですので、ああっジレンマとプチ悶絶したのですが、この次参加予定のセレブティーパーティでは秘策があります。先に金沢に行ったさいにお客様にいただいた珍しいお茶があり、お茶のランク的にはカジュアルなのですが、珍しい製法で作られたお茶ですので、今から何回か試して美味しく入れられるよう秘密特訓する予定です。もし、甥一号がくれたシールの応募が当選したら、「季ちがい」ながらも真冬に夏のお道具をしのごのとうんちくをの
べて使えたらと思っています。て、相変わらず凝りすぎ性な私なのでした。まあしばらくは猫三昧の生活ですから、お茶は二の次になるでしようがね。写真はシマダさんが嵐金三の面倒をかいがいしくみている所です。


2008年9月8日(月) 21:13

モリノス

太陽子と嵐金三を動物病院に連れて行きました。太陽子は1キロを超え、嵐金三は340グラム・・・。役一月しか生まれ月が変わらないのにこの差・・・。太陽子は口蓋裂をはじめ複合型の病気を持ち普段は安静にしろとの事、嵐金三はまだ小さすぎなので強い治療や薬は無理との事・・・。一つ一つ症状に向き合って行かなくてはならないそうで、二匹を連れて2日おきに病院通いとなりました。太陽子は待合室では「なによ〜なんか気に入らないワ〜」みたいなカンジで暴れていたのに診療台にて、ぐったりとシオシオとしてしまい、隣にいるオハギ状の嵐金三にすりより「私達友達よねそうよね」みたいなカンジで寄り添い、何がナンだかわからない嵐金三はモッサリしていました。帰宅後は太陽子は病院でのシヨボボンからアゲアゲになり、嵐金三と取っ組み合いをしたりなどしてちっとも安静になどしていません。一方大事をとってサークルに入れられた嵐金三は、ひとりぼっちがさみしいらしく、まだまともに歩けないというのにサークルをミヤーミヤーいいながら猿のようによじ
登ってしまいます。そしてサークルから出すと待ち構えていた太陽子にやられてしまうのですが、チビッコなのに嵐金三は、体を太陽子に羽交い締めにされながらも、隙をみてはパンチで応戦するのです。二匹ともピョンピョンと飛んでしまうくらい運動神経がよく、だが病気やチビッコなので看ている人間が「およしなさい」「たいがいになさい」と間に入って子猫どもを見張り続けなくてはなりません。人間の方もグッタリとしてしまいます。しばらく猫育児と動物病院通いになる訳ですが、次回は私一人で動物病院に二匹連れて行くのですが、たすき掛け状のバッグとショルダーに猫二匹を体に下げて路上を歩く私を想像すると「中年ロン毛男性が赤子をたすきに抱き、マミーグッズを肩から下げているように見える」不気味な絵になる事間違いなしなのですが、今からこっぱずかしくてなりません。動物病院待合室では胸に嵐金三を抱き、膝で暴れる太陽子をなだめることになるのですが、これもまた外から見ると「いい年した猫馬鹿中年」に見えると思います(実際そうですけど)。人間
様と比較してはいけないのですが、幼い年子のお子さんを持つ母親諸君の小児科の待合室ってそんなカンジなのかね?と想像し、チビッコ三姉妹を持つ母、友人Mを思い浮かべ、ヨチヨチを複数面倒みるのは大変だね、寿命が縮むようだとひとりごちたのでした。



2008年9月7日(日) 20:06

 モリノス

モリノス

「納骨」。早いもので陽子叔母の納骨の日となりました。行きがけの車中では、陽子叔母の通夜の前日に瀕死の子猫、太陽子を拾い、納骨の前日に目が開いたばかりの衰弱した子猫、雨嵐が訪れる・・・。これは動物好きだった今や天界の陽子叔母の采配か?と家族で話していました。亡き叔母の法事の打ち合わせや故人を偲ぶ初秋の車内というカンジではなく、口蓋裂の太陽子とまだ自力でオシッコもできない雨嵐を今日からどうやって看ていくかを喪服家族談義になりました。まだ暑い日差しの霊園で無事に納骨を済ませ、精進落としの席へ。内々の親族達は、この夏の不幸の一段落、色々と昔語りとなりました。お膳を前にした親戚達は皆、動物好きという事がわかり、雨嵐の話をすると、太陽子は陽子叔母からちなんだ名前なので雨嵐は陽子叔母の夫だったキンゾウにしたらどうかと?喪服連中の提案で雨嵐から嵐金三と改名されました。プチ不謹慎かと思われましたが、一同が笑って亡き人への区切りをつけられました。さて、帰宅し太陽子と嵐金三の御対面・・・。太陽子はフンフンと
嵐金三の体の匂いを嗅ぎ、「自分よりちっちぇな」と判断した途端に態度がデカくなり(太陽子は普段、先住猫ジュニア黒丸からは、ガキなど関係ないねみたいなカンジで無視され、坂道子からは、なんだかアナタ小さいしめんどくさいわ〜みたいな様子でないがしろにされ、やっとちよっと成長して昨日から二匹が餌を食べる場所で同席する権利を大人猫からもらい、大人猫からは、私達に迷惑をかけなければよい的な認知を受けたようです)嵐金三には「主役は二人いらないのよいまいましいっ!」みたいなカンジで御覧の写真のように嵐金三をヘッドロックし、猫キックを連打したりするのです。最初は手加減していたようですが、太陽子も所詮は子猫、ハイになり嵐金三をガブガブ噛んだり猫掌拳をお見舞いする、自分のおもちゃを一切嵐金三に貸してあげないなどのヒートぷりに、私は太陽子をむんずと掴み「アナタねぇ!わかってるよね?アナタよりこの子方が小さいんですよっ!イジメるのは止めなさい」と胴間声で言ったら太陽子はシヨボーン。ふと横にいた甥の子一号&二号は私
の太陽子に対する怒り具合に、二人とも気おつけの姿勢で氷柱のように固まっていました。猫に怒ったのに幼児と赤子に効いてしまったわいと思いました。嵐金三は三時間おきの看護に姉の家へ、残った太陽子はムキになり私にじゃれる、背中に登る、疲れたら私のお腹でピスピスいいながら甘えた声をだします。そしてくしゃみをすると鼻から鮮血が噴射して私のTシャツを血染めにします。明日は太陽子と嵐金三を病院に連れていきます。さてさて子猫達の将来はいかに?。太陽子は別として嵐金三はウチの子になるのか里子に行くのか!ともかくも子猫達の命の安全を確認できるまで、子猫三昧な日々が我が一家の日常となるでしょう。昨日私は「猫の皮を剥ぐ三味線屋」というアングルを考え姉に話すと「そうねぇ〜、だいたいアタシお琴もお三弦も長くしてるんだから、看板表に出したらいいかしらね〜」などとプチまんざらでもない反応。私的には「猫地獄暗黒三味線教室、生徒募集、そして猫の皮もね・・・」というキャッチはどうかと考えました。


2008年9月6日(土) 23:08

 モリノス

モリノス

「町の噂」。セッション中に姉からメールアリ。猫を拾ったとの事・・・。仕事が終了し地元の駅に降りると雷雨。タクシーに乗り帰宅。早速姉の家に行き猫をチェック。この度は私が拾ったのではないので、プチ上から目線で「やっちゃったようだね、どれ見せてごらん、サイズによっては容赦しないんだからね」と意味不明なセリフを言いながら猫を見ました。私の手のひらの中に納まる=生後一カ月たっていない。耳、手足が冷たい=まだ自力で体温調節ができない。ビジュアル的に難あり=尻尾が無いというより丸まっていてウンコみたい=貰い手ないかも。脱水症状が見られる。この条件を満たしていたので「これはほっといたら死ぬので、ウチで保護する条件はクリアだね」とまた意味不明な事を言い、猫が来たいきさつを姉に聞くと。まずは義兄が遊歩道を歩いていたら人だかりができていて「あの猫屋敷に持って行けばどうにかなる」みたいな事を町人達が囁いていて用事を済まし帰宅したら、家に猫がいた、つまり、ウチは町人達から猫屋敷と噂されている事が判明。見知らぬ覇
気のない青年が姉の家の前にボーっと立っていたので、姉が不信に思い「なにかしら?」と訪ねたら、覇気のない青年は「とある方からこちらの方に持って行ったら助けてくれると聞いて持ってきた」と袋を下げていてその袋は「ニヤーニヤー」鳴いていたとの事。姉は覇気のない青年に「困るわ〜」などと一通り文句をタラタラと言った後に結局ニヤーニヤー鳴く袋を受け取ったとの事(姉さん負けてますから・・・)。町人からウチは「猫を助ける家」と噂されている事が予想された。そしてそれを実行した人物がいた。・・・。私は「猫ならあそこよ」と町人達が決め込んでいるようで、複雑な気持ちになりました。が私は「ああっ!でも雨がふる前で良かった!ってことで君の名は雨嵐(アメ・アラシ)と命名しますっ」と姉と三番目の甥の前で宣言したのでした。シマシマで尻尾がトグロを巻いているオハギサイズの雨嵐の運命やいかに!?。私は町の噂を逆利用して自分から「あのウチは猫を引き取っては皮を剥いで三弦の胴腹にしている残酷な三味線屋だ動物虐待一家だ」という説を
流そうかしらとプチ本気に考えました。ていうかまだ病気子猫街道まっしぐらやがて口蓋裂のオペかもねの太陽子のこれからを考えると私のお財布力が弱くなりますから、雨嵐だって衰弱してますし、なんか近々猫破産するかもしれませんな〜。トホホ。でも子猫ってホントに可愛い!癒えるっ!。


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