2009年3月27日(金) 0:17
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モリノス
近々に自分が舞台で着用していた衣装を貸す予定があるので、探そうと、普段は開かずふれず状態の、クローゼットを開けると極彩色の衣装が積まれていて、地層のようでした。重なる衣装から目当ての衣装を発見するには上から順に降ろしていかなくてはならず、ウームメンドクサイが、仕方あるまいと思いながらも探索を開始したのですが、途中でとある打掛の袖が変に「ポコッと」しているのを発見し、衣装の海っぽくなってしまっている部屋に、打掛を引っ張り出して袖を検分しましたら、中から足袋一足と白粉のついた一万円札を発見しました。「なんだこりゃ〜、覚えがない…」と変な形になった足袋とタンス臭くなったお札を手に思案していたらふとビジョンが浮かび、打掛の袖に入った足袋とお札について思い出しました。私は和モノの舞台で足袋を装着する際には、なぜか演技かつぎあるいはこだわりで足袋を重ねて三枚履きます。楽屋から舞台袖に着いたら一枚脱ぎ、待機中にもしかして汚れたら出番直前にもう一枚脱ぎ、板にのる…。私は足袋フェチで「足袋はピッタリ指の 跡が浮くほどに」と「舞台上では足袋裏が必ず白くなくてはならない」という真念があるので、客席から足袋の形だの少々の汚れなど気づかれない所に意識を向けてしまうのが美学なカンジで一人悦にいるのですが、あれは私がまだ若き日。地方都市のとある大広間で、太夫の装束で何かを踊ったのですが、舞台が終わって、楽屋に戻り顔など落とそうとしていたら、主催者から、関係者が宴席を設けているので参加してくださいとの事だったので、着替えたら伺いますと伝えたら、主催者の方は、お衣装のままで…、などと御無体な事をおっしゃり(舞台が終わった後は汗で顔も衣装もドブドブになっていて襟に至っては練り白粉がベトッとついていて舞台上ではお見せできるが宴の席では楽屋丸見え興醒めスギ)私的にはお待ちいただくのも悪いが、顔も頭もつけてこしらえのまんま、お客様と近い所に行くのは、かなり自信もなく、はしたない事のように思われ、でもお断りするにもとジレンマ地獄に陥ったのです。その時に後見をしてくださった方も顔師の方も、行くべきではない、飲み物 食べ物がある中に踊り手を衣装つけたまま呼ぶ方だって失礼だし、行く方も失礼、みたいなカンジでプチ物議となったのですが、若気の至りの私は、控えに置いてあった衣装を着直し、化粧を直して、宴たけなわな座敷に向かい、廊下に座り、襖に手をかける前に、凄い速さで予備の足袋をはぎとり、打掛の袖の中に落とし、襖をあけてお辞儀をしたのです。お酒の入ったお客様達はたいそうお喜びの様子で「太夫を呼ぶ旦那さんごっこ」みたくなり、調子に乗った私は、誰かが歌うカラオケで天城越えとか、なんとか獅子とかを即興で踊り、その時に何方かが私の胸にお札を入れたので、私はわざとお札が見えるように胸高に結んだ帯の上にお札を刺して、その宴席に参加したのですが、当時の私は「喜んでいただけたからよかったけど、なんか複雑な気分」で楽屋に戻ったのでした。で、私の事ですから、袂にいれた予備の足袋と頂いた心付けなどすっかり忘れ、その後も幾度か同じ打掛を着る機会があっても足袋もお札もそのまんま袂に入れっぱで、数年なにかしらの舞台にすまして上がって いたのです。そして何年かぶりにそれを思い出した今日なのです。昨今、加齢のせいで忘れっぽいなどと吹聴していましたが、若い時から忘れっぽいのと、やりっぱなしできちんと片づけないのは全く変わってないという、事を古い打掛の中身が教えてくれました。さすがにこの年で同じ設定が訪れたら、舞台衣装に化粧のまんまお座敷に出るなどという無鉄砲なことはしないというたしなみは覚えたつもりですが、打掛の袂に忘れ物そしてすっかり忘れる、は改善できない自信アリです。これってリスが木の実をどっかに隠し、リスは隠した事を忘れてしまう、その場所から木が生えるのと近いかもと思いましたが。リスは木という生産をもたらしますが、私はだらしないだけ、己が知って恥ずかしいだけと、これからでもまだ間に合うから、気をつけようと思った次第です。
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