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2009年4月の日記
 
2009年4月26日(日) 1:56

モリノス

「お酒」。最近、有名タレントの人が大酔っぱで、騒動になっておりますが、新聞やテレビで、失せた顔色で記者会見で謝罪するその芸能人を見て、なんだかドキドキしました。私はお酒が呑めないのですが、上等なお酒ですと、時間をかけてチビリと親しい人とかだと飲めるのですが、実は沢山呑むことができるのですが、泥酔すると、吐く、人にからむ、物を破壊する、そして…、なぜか身につけているモノが重く鬱陶しくなり、どんどん脱いでいってしまうのです。自宅とかホテルですと、どんだけ脱いでも問題ありませんが、出先でそんな事になってしまうと、それこそわいせつなんとかになってしまうのが、わかるので、お酒をかなり加減しているのです。この度、有名タレントの泥酔が事件になるのを見た私は、これは他人事ではないと、緊張しつつ、やはりお酒には気をつけようと思いましたが、イヤシロチ青山のボスとか女優Uなどは、飲ませ上手なので、乗せられないよう注意しなくてはと思いました。ちなみに2月に行ったハワイにて、夜、あまりにも喉が乾いてしまったので
、ビールを一口飲んだのですが、口当たり軽くスイスイ喉を通過するので、気づくと数ビン空けてしまっていて、夜のビーチで酔いを醒まそうとしていたら、体がかゆくなり着ている服が重たくなったので、ためらわずシャツを脱ごうとしたら、不覚に足を波にさらわれずぶ濡れになり、酔っ払って水に浸かった私はプチパニックになりました。ビール数杯で、ヘタレビーチで溺れそうになるのは我ながらシヨッパイので、ヘロヘロと砂と海水まみれになった私はヨロヨロと部屋にもどり、プチ唖然。帰国前日…。酔いのまだ醒めぬ私は濡れた服を脱ぎ捨てビニールにいれ、砂まみれなサンダルもビニールに入れて、パッキングの手間がかかってしまったのでした。さらに帰国してスーツケースをあけると湿気た衣類と汚れたサンダルを見るまで、ハワイの夜に何をしでかしたか、すっかり忘れていたのでした。お酒って怖いと思いましたが、その怖さを今、日本で一番痛感しているのは、そのタレントだと思います。



2009年4月24日(金) 23:10

モリノス

「仕込み」。5月6日(水)私の出演が予定されている、666のプロレスの興行のために装着する備品を求めにO屋に行きました。久しぶりの大会なので、売り場に行っても「アレっ?暗黒シャーマンモリノスってどんなだったっけ?」と虚ろになり、何を買ってよいのかわからなくなりましたが、羽根とかつけ毛のコーナーにたどり着いたら「勘?」が戻り、イソイソと黒羽根他を購入しました。ふと気づくと売場には「長く痛んだ不健康な髪の毛」「寝不足により目の下にクマ」「青白い顔」の日中の明かりが不似合いなV系ヤング男子達が集い、真剣な眼差しで、メイク用品とか、ウィッグを選んでいるようです。私はプチ感慨深い思いに浸りました。「ほほう、一昔前だったらこのような手芸店ではおのこが入るには敷居高くこっぱずかしい感があったが、男子が髪を伸ばしてレースやら羽根飾りなどを平気で物色できる時代が来たものだ」とV系の世間に渡る普及、一般化(?)をカンジ、果たして四十路を街道の我はいつまでO屋に脚を運ぶこてになるだろう?と二十代からV系を意
識してきた私的にV系の老後の行き着く果てをイメージしたのですが、将来的に老人ホームとか、最終病棟なエイジになっても、黒いパジャマに枕元にはゴスな燭台とかデコラティブ鏡とかを配置し、他の入所者から恐れおののかれる存在「暗黒ジィーサンモリノス、いつも死にそうなのに、中々往生しない、近づくと強制的に占いを受けさせられる、そして元々残り少ない寿命が縮む、睨まれるとボケるらしいので普段から気をつけよう」と噂されるくらいでいたいと思ったのでした。



2009年4月23日(木) 21:37

モリノス

「理想な距離感」。私はありがたい事に多くの友人知人に恵まれ今に至るのですが、私的に長らくお付き合いをさせていただいている方々は、私が乞わない限り応えないピープルなのでした。私は、今世においてはオモシロ奇天烈ライフを自覚しておりますが、その中で、体調落ちるですとか珍妙な事件に巻き込まれたり、アリャ〜困ったトホホな事態に陥ってしまったりするのですが、その都度その事態を察し、よかれと思って私に忠告をくださったり、提案をいただいたりした場合、その人との関係は絶縁となり、私が悶絶してヒーヒーしている状態を知っていても、何もしない人達「まあ、大変だけど自分でなんとかしなきゃね〜」な人とは信頼関係を保つ事ができているのです。各個人に起きてる様々な事は基本的に「自分の事は自分で」で万策尽き果てた時に「助けて〜」と誰かに助言やら愚痴を申した時に、ガッツリ聞いてくれたり、意見を述べてくれるカンジがよい加減だと思われます。私的にダメなタイプには「うざい、知った事をぬかすんじゃないよ、誰にモノ言ってんだ誰に?
、貴様に言われたかねえや釈迦に説法って言葉知っとる?」みたいな極何様モリノス様目線でバッサリごめんなすってみたいになってしまう事も多々アリ、これじゃイカンのでは?とプチ自戒していたのですが、先日経験したカトリックの礼拝の時に得心した事は「求められてないのに与えてはいけない」「施しを求められたら自身の持っている力を最大限に与える」といったカンジでした。で私は「じやー今までの自分の主義でよいじゃない?」と横柄な考えを持ったのですが、自分の勝手な思い込みで頼まれもしないのに余計な事をよかれと思って人に言ったり、勘違いも甚だしく、その当事者は自分に起きた事を一生懸命取り組んでるのに外野でその当事者のためにと一心不乱に祈っちゃつている人なんかも案外多く、何様な私も「アンタそれ効いてないから」と突っ込んでしまうときもあります。私的理想な人間関係の距離感は、そんなカンジで、必要な時に対峙してくれ、それ以外の時にはそっと心地よい放置をしてくれる人という事になります。ていうかこれって勝手?。だが、私の友
人達はだいたい同じ思考、てことは、自分勝手な人が友達?、類は友を呼ぶ!?。俗世的にKYかも。



2009年4月22日(水) 23:20

モリノス

「舞踏家S」。帰宅途中、乗換駅にて、スーツ姿のサラリーマンに声をかけられました。私は駅構内のキャッチとか、なんか因縁のひとつでもふっかけてくる輩かと思い、相手に目力ビームをお見舞いしたら、よくよく見ると、私がモダンダンスの教室に通っていた時の知り合いSでした。Sはとある舞踏の大家に心酔し、剣呑なパフォーマンス(全身白塗りで褌に枯れた薔薇を持ち電車内、車両の移動をする。関東近郊の廃屋とかで、奇天烈なアイマスクをして一日中佇む…等)をしていて、当時の私はSの表現の意図がさっぱり理解できず、私もSの表現活動に誘われたのですが、Sの左的な理論とか、観客もいないのに作品(?)を披露する意味がさっぱりわからないので「いずれね」とか言ってスルーしていました。私は当時のSのスタイル(弁髪に眉そり、アジアンないでたち)が鮮明だったので、現在のサラリーマン装束に驚き、きっと若い時からの独自の表現に熱が冷めて、まっとうな、お素人になったのかと思いきや、Sは現在なんとブライダルと葬儀を行う会社のプランナーみた
いな事をしているらしく、他と違った葬儀、独創的な結婚式を提案しているとの事。だがこのドン不景気で、葬儀も結婚式もドカーンとやる方々が少なくなり、Sはもっぱら、お葬儀のお手伝いや、結婚式や祝賀会のエスコート的な働きをしているとの事で、短髪に眼鏡にサラリーマンスーツのSが、本当にやりたい事ができてないのなら気の毒だと、思っていたのですが、S的には葬儀も結婚式も人が集まる場所、どちらも見送り、旅立ちの時間に立ち会える事に喜びを感じ、これも自分の表現のひとつとプチ屁理屈に聞こえたのですが、私的には、Sが現在の生活に満足しているようなので安心しました。それにしても、耽美な舞踏家が新たなる表現の場所として冠婚葬祭の場を選んだという件に関しては、わかるようなわからないような、とにかくコメントができない状態でしたが、Sは表現の場所は違えども、自分のソウルは変わっていないというので、本人が満足ならそれでよいのでしょうと、得心した次第です。



2009年4月21日(火) 21:54

 モリノス

モリノス

「お猫様」。昨日、一週間の入院から帰ってきた、ハンデ三昧キャッツの太陽子。一夜あけた今日、甘ったれ星人になりまくり、母か私の膝の上から動かず、少しでも離れるとミヤーミヤーと泣き、写真のような悲しい表情をするので、母においては本日、ほとんど炊事をしない状態。私は、家に上がろうとする甥と甥の子1号と2号を「太陽子が興奮し怖がるのでまたね」と敷居もまたがせず、ベタベタにネコっ可愛がりしました。 太陽子的には帰宅したらそれはそれで、「他の猫と遊びたい」「食べたい」「寂しかった」「腹巻きが鬱陶しい」という気分が同時に炸裂して、オペしたのに発情期を上回る声で泣き叫びキマッチャッていました。先住猫の坂道子とジュニア黒丸は、太陽子の包帯姿に恐れをなし、逃げ、太陽子は久しぶりの再会なのにドン引きされ落ち込んでいる様子です。で、バカ猫族の当家は、包帯がとれるまで太陽子中心世界な毎日になると思われます。私の心配は当家のニユーフエース甥の子3号新生児が、退院したとしても太陽子より扱いが粗雑になりそうだとい
う事ですが、代々の犬猫族に産まれたからには、新生児なりとも、ウチは一番が動物という事を乳飲み子にも得心してもらわないとね、と思っております。 て事で、赤子が生まれたのに全然ないがしろにして、太陽子を溺愛しているのですが、私的には「いったいそれが何か」といったカンジで、膝の上で和む太陽子の顔を撫でたのでした。


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