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2009年10月の日記
 
2009年10月20日(火) 22:14

モリノス

「速度についてイケない〜」。イヤシロチ青山終幕まであとわずか、治まりつつある喘息を落ち着かせようとおとなしくしているのですが、私の業務用携帯鳴りっぱなし…。色々なお仕事の依頼、今頃になって占い激戦区にあるサロンに所属しないかというお誘い、イヤシロチ青山からプレアタイズに移行する上での業務連絡…等。で私の頭は同時に違う事を思考しなくてはならないカンジとなり、脳のブレーカー落ち…「どっちでもいい〜」「お好きにどうぞ〜」「わかりません〜」「いつでもいいです〜」となんだかせわしいのに、胸中凪てしまい、逆にとても落ち着いてしまい、新マネージャーAに「しっかりしてくださいよ」と活を入れられる始末となりました。で、「じやー全部お断りして」と宗教的な笑みで答えたら、Aは「モリノスさん少し横になって下さい」と不気味がられつつ、ねぎらわれた私でした。年齢を感ずる今夜…、夜鏡に映るチカッチカッと光る白髪を見て惚けたように己の顔を見ていたら、キリリと奥歯が鳴り「ええいっ!まだまだっ!」と気合いを入れてベッドに
ダイブしました。



2009年10月19日(月) 20:41

モリノス

「終わりと始まり、翳りゆく部屋」。いよいよイヤシロチ青山閉店まで後少しとなりました。本日は落合の事務所を整理しに行ってきました。来週よりイヤシロチ青山の「魂」は落合のプレア.タイズに引き継がれ、今後の私の活動に賛同してくれたイヤシロチ青山のスタッフ、金田さん、林さん、白石さんが落合の事務所でセッションを行っていただく事となりました。夕闇せまる今日、落合の事務所のディスプレイを変えてみたのですが、まだイヤシロチ青山は終わっていないのに、新しくスタートする場所の支度をするというのは複雑な心境となり、ビジュアル系占い師として原宿でデビューしたあの日から今日までがコマ送りで頭に巡り、万感極まり、鼻の奥がツンとしたのですが、一方、私的にはこれまでの創り上げられた「モリノス」キャラの仮面を脱ぎ、伸び伸びと「生」で占って行こうという、あるいは行けるという開放感も覚え、終わっていく感傷と、また新たはじまる期待にニヤリとして翳りゆく部屋の中、パソコンラックを解体する作業を見ながら、これからのことをワ
クワクと考えていました。24日、イヤシロチ青山閉店と同時にこれまでの「盡田モリノス」という着ぐるみも消去していきます。ってことは来週から、私のセッションはキツーイお言葉三昧になる事が予想されますが、皆様お覚悟を…!。キメ台詞は韓流ドラマみたく「強いものが生き残るのではない、生き残ったものがつよいのだ」っぽくなり、慰めないし優しくしない、このド乱世を生き抜く私、そしてお客様に向けて、ドシバシと叱咤そして叱咤とお客様の活力みなぎるような鑑定をしたいと思っています。



2009年10月18日(日) 22:55

モリノス

「素…子供スイッチ」。未だ喘息な日々が続く今日…。夕刻から、仕事アリ…。ヨーロッパのどっかの写真家にこれぞ「ニッポン」みたいな景色が撮りたいとの事で、昨日今日で埼玉の小江戸といわれる町で、お祭りが開催されているのと、元々が城下町チックな風情を醸す地域なので、よいかもと前々から私が提案した事なので、具合が悪いがギリギリまでうーむうーむと唸り寝て、こしらえをする余裕もなく、眉も引かずスッピンで長袖Tシャツにデニムにスニーカーにマスクという、誰か知らないけど外国のフォトグラフアーに失礼なんじゃないのみたいな格好で待ち合わせの場所に行き、潤んだ目で、体調を著しく壊しているので、いくつかのポイントを案内するので、後は御自分で好きなように撮影して下さいと、いつもはサービスの帝王モリノスとしてあるまじき、無礼発言をし、私の不機嫌さに通訳の方も、困惑した様子でした。で、ノスタルジックかつタイムスリップしたかのような、祭りの町の人混みをかき分けけだるく歩いていたら、去年このお祭りに踊手として面白おかしく
神楽を舞っていた幼児に遭遇、一年立って少し大きくなったものの相変わらずチビっ子で、太鼓、鐘、笛の拍子に合わせて、扇を手に引く手差すても鮮やかに、ひょっとこの仮面をつけて、おどけた振りをするのを発見した途端、私のスイッチ「子供人格」はオン。今まで不機嫌だったのにチビっ子の踊りにガン上がりして、アゲアゲになり、自分もピョンピョン飛んだりしちゃって、ちびっ子ひょっとこの踊りに夢中になり、私はギャーギャーと騒ぎ挙げ句に、お札を立てに折って、高い舞台に背伸びしておひねりをちびっ子舞手に渡したら、ちびっ子は、ひょっとことして私からお札を受け取ると、観客にどうだと言わんばかりにお札を広げて舞い始めました。その御、私はホントは撮影スポットを案内しなくてはならないのに、お好み焼きやら、リンゴアメなどを買っては一口食べては通訳の人にあげてしまい、かなりどん引きされました。さらにお寺の境内では、見せ物小屋とかお化け屋敷の興行がかかっていて、仕事を忘れて、フリークショーを堪能してしまったのですが、この段階で外
国写真家、通訳を放置してしまった事に気づいたので、プチ戒め「で、次はどんな場所に御案内しますか?」と今更気取って言ったら、とりあえず休憩というカンジになり、カフェに入りました。外国人写真家は、性能のよいデジカメで、お祭りの山車とか、延々と続く屋台の写真を撮ったのかと思いきや、撮影した写真を見せていただくと私が、人混みで誰かと肩がぶつかった時に、眉をひそめるモノとか、ヘタクソな踊りを見ているときの、無表情さとか、買い食いの時にアハハーみたくしてる様子とか、踊りの巧みな舞い手には、満面の笑みで恍惚と見とれいるショットが、デジカメの画面に広がっていて「なんだか、素の自分の隙のある自分の顔を見て、やや〜自分てこんなに表情豊かだったっけねぇ〜?」と感心しました。フォトグラフアーは景色や町より、アナタの方が被写体として面白かった、まるで仏像が動いて笑っているようだったとお褒めいただき、満更な気分ではあったのですが、通訳の方いわく、具合悪くマスクまでして来て、無理して申し訳ないと思っていたが、どうや
ら、かなり楽しんでいるようだったので、良かったですとプチ慇懃な固めなカンジで言われてしまったのでした。



2009年10月17日(土) 21:41

モリノス

「ゴージャス乞食」。出勤時、メトロの座席でまどろんでいると次の駅から乗車した旧友Yと遭遇…。Yはいきなり「つくチャンなんか顔色白いけど、具合悪いの?、脚は?」と真面目な友人は心配してくれました。私はちゃらかして「秋深し、チァノーゼに厚化粧…、イヤー最近、骨折したり喘息おこしちゃったり、青山のサロン沖縄に移転で東京店閉店でてんやわんや、で少しバテてまーす」と言ったら、優しいYは「えっ!?お店無くなっちゃうの?でこれからはどうするの!?」と真剣に聞くので、さらにちゃらかして「宿無しになるのサ…ゴホッゴホッ」と皺ぶれた咳をして答えたらYは「冗談言ってる場合じゃないっ!それに、そんな肩で息してるのに、なんという格好をしてるんだ!、もう年なんだから、これからの事もちゃんと考えないと〜」と私の露出高し、ゴルチェのチュール姿を見ては、まんまと私のちゃらかしに乗ったので、「目指すは乞食…、しかも世界で一番金持ちなゴージャス乞食になります」と芝居がかって言ったら、Yは「なんだゴージャス乞食って?」とこれ
またマジで聞くので「今までカリスマ占い師だったらしいので、次はカリスマ乞食を目指します、こちらから物乞いをしなくとも、世間の皆様から自ら率先してバジバシ貴銭いただく…そんな乞食に私はなりたい…」と遠い目をしてYに言ったら「それって乞食じゃなくて神様レベルなんですけど、つくチャンは相変わらずキチガイだね」と、それまで心配してくれていたのにすっかり呆れられました。で、今度は真面目に今後の活動とか今の近況を話すと、Yは「骨折の喘息の閉店のと、自分の事なのに無責任すぎる、揚げ句にゴージャス乞食なんて…、生き方ナメてる!反省しろっ」と叱られました〜。で私は「だって、自分もそれなりに頑張ってきたつもりだけど、四十過ぎてこんなんなんだから、今更変わんないと思うのだけど?、でもやはり世界が認めるゴージャス乞食って、新しくない?先端じゃない?ニューヨークタイムスの扉飾れそうじゃないワクワク」と言ったら、Yは「…とにかく、お前の頭につける薬はないがせめて喘息早く治して、車内でその死人みたいな顔で咳き込まれ
たら、他の乗客の迷惑だから」と捨て台詞を言い、じやーまたと、Yは目的駅で下車して行きました。私はそりやそうだと思いつつ「ゴージャス乞食」というキャッチが案外気に入り、口にハンカチを押さえつつ、一人悦に入っていたのでした。



2009年10月17日(土) 0:57

モリノス

「秋晴れのティアドロップ」。本日は、もう私の肉親化してしまった、A一家の、百万ドルのスマイルAちゃんと、R君の結婚式でした…。私はこの度「主賓」という大役をいただき、披露宴において御祝辞をのべさせて頂いたのですが…。私は普段スピーチとかは案外慣れてるつもりでお口を開いたら、理路整然、立石に水とよどみなく、原稿を作らずとも、うんちくを述べるのが自称うまいと思っていたので、主賓としてコールされた時には余裕で、用意されたスダンドマイクを余裕かましてハンドにし、淀みなく話そうと思ったら、目の前に紋服を着たR君が目にうつり、R君の堂々とした、晴れ姿に不覚に感極まっちゃて、涙腺緩みだが、カラコンして泣いたら、カラコンが目から落ちるので、涙を流すモノかと食いしばり、ポタポタのこみ上げる涙を抑えてもこみ上げる感情を制御できずモリノス史上初のしどろもどろスピーチとなりました。情の熱い出席者は、ブリリアンカットのダイアモンドより光を放つ涙を流し、新郎新婦を心から祝福したのでした。人の幸せに涙を流せるという
ことは、それは素晴らしい事です。圧巻は、Aちゃんの甥であるビックマウスY樹が、弾き語りで歌を披露した時に、今まで姉のような存在のAちゃんが結婚する事の寂しさの中、AちゃんとRちゃんの前に、号泣雨あられで歌い通した時、会場の雰囲気がガラリと変わり、キラキラとしたティアドロップが空間に洪水のこどくで流れ、出席者のほとんどが、人の幸せを喜びティアドロップの洪水になり、とても聖哲な一時が会場全体を包み込んだのです。美しい涙の挙式は、大円団でおひらきになり、私はビックマウスY樹に「やーいやーい泣きべそ〜」と意地悪を言ったらY樹の母であるマダムY子が「なに言ってるの、のっけから泣いちゃったのはモリノスさんじゃないのの」と言われ、一言も返せない私となりました。お祝い事で人が集まり、祝福の涙を流す時間は、私にとって、忘れられない結婚式となりました。



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モリノスの部屋