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2009年11月の日記
 
2009年11月15日(日) 0:47

モリノス

「ないがしろにされる私。心地よい時間と人達」。原宿ニューエイジセンターに所属したての頃に、マネージャーの一人だったTに「イヤシロチ青山、閉店したなら、お客様を集めておくのでアタシんちでセッションしろ」的な事を言われ、Tはルックス的にも強面、姐御肌、マイペース…なカンジで私に有無を言わせず、この度都内出張セッションとなりました…。Tは今まで原宿やら青山 にお友達を紹介してくれて、鑑定をさせていただいていたのですが、落合に移ったからそちらにと言っても、Tは巻き舌で「遠くて行けないワヨ、いいから来なさいよ」と言い切り、では行くよと、私は逃げ腰で応じたのですが、Tから提示された1日に鑑定する人数を聞き唖然…。通常でも無理な人数っぽく、休憩ナシで長時間座りっぱなしリーディングをしなくてはいけないのかと思い、こちらから、何人かやったら調整のための休憩をとるように割り振りそれをメールしたら。「4人づつヤッョ!」と言われ、姐様きつうございます〜。とへこみいざTの家に行きました。Tは若いときはブイブ
イいわしてた系でその後に、色々と苦労をして今や、障害のある幼児の施設の保育士として生活、独身にして頑張った甲斐あり、新築マンションを購入…。かなりな頑張り屋さんです。Tの部屋は彼女の性格とは真逆あるいはこうかもといった内装で、独身女性が住む部屋なのに、スッキリ無駄なモノ置かない状態で女だてらに、高給取りの独身サラリーマンが住むような部屋でした。「?」。キッチンにはこれから鑑定するのに、色々な食材と酒が並べてあり、いったいどこでセッションすんの?と聞いたら、北側にある部屋が薄気味悪く怖いので使用していないので、そこで占ってっ!と言うのです。自分が怖くて寄り付かない部屋でセッションさせるとは何事ぞ?と聞いたら、モリノスだったら大丈夫よ〜。ついでに場の澱んだ「気」もなんとかしてっ!とまた命令口調。さらにその部屋には簡易式のベッドがあったので、これはなに?と聞いたらTは「ああそれ?。母親が泊まりにきたらこの部屋で寝てもらうのよん」と言うので「自分が忌み嫌うお部屋にお母さん寝かすってどうなのさっ
」と聞いたら「いいのよ〜、死んだら困るけど年寄りだけど元気だから大丈夫よ〜」とムチャクチャ言います。で、パッツンパッツンに入った予約をどうしたらよいかと思案し、セッション開始。三人目から異変…。鑑定をしているTが寄り付かない部屋から遠い所にある部屋から「ドハハハ〜」とやかましい笑い声が聞こえます。どうやら、セッションが終わったらお客様は帰るのではなく、Tがこしらえたヒジキの煮物とか鍋とか、お客様が持ち寄った料理をつまみに、酒飲んでる様子。それは楽しそう…。ていうか、明るい声が待合室のリビングで聞こえるので「この方々占わなくても大丈夫なんじゃないの?」とも思い、私もきっちり時間を守らすともよい、まったりとセッションができました。やがてセッションが終わると、すっかりできあがっちゃったTが、部屋に乱入…「お疲れ様、疲れたでしょ」という労いの言葉ではなく「ちよっとぉ〜モリノス、早く片づけてよっ!、イスが足らないんだからっ」と言われ、私はハイスイマセン早く片付けます、とそそくさと商売道具を仕舞っ
たのです。そしてリビングにはこの度、私のセッションを受けた人が全員集合していて、飲む食べる飲む食べるをして、さらに声高に談義。私がその座に混ざっても、ノーリアクリョン。いつもなら、モリノス様こちらへ〜みたいな事が当たり前でしたのに…。通常お呼ばれいただいてその後にお食事会の場合は、私を囲み、私の話を聞くといった流れなのですが、この度は、Tが、しやべくり皆が騒ぎで、私がいなくてもよいんじゃね?。みたいな雰囲気なのですが、Tの機転か天然か、大人数鑑定した私を休ませ、きちんと食事をとらす間はTがパーティーの舵をとり、私の手があいたら「ちよっとぉ、モリノスなんか喋りなさいよぉ〜」といきなりふられ、Tの独壇場にどう混ざってよいか困ったのですが、とにかくTは、私のペース体調をそれとなく配慮して、大人数のホームパーティーに私が、負担にならないようにしてくれているように思うのです。また参加者の皆さんも、私にあれこれ質問するという事もなく、私は、なんだか今日はないがしろにされてるが、放っといてくれて楽な
時間を過ごせ、ひとつも疲労を感じませんでした。Tの仕切りの私の鑑定と同時進行に行われているドハハハ飲み会は、つづかなく終了し、皆さん笑顔でそれではまた〜といったカンジになりました。 久しぶりに会ったTの破天荒だけどじつは相当気配りしてる様子をみて、女っぷりがあがったねT!。と思った次第です。



2009年11月14日(土) 1:03

モリノス

「サバト開催」、猫友でヲタク談義できる友人二人と食事をしました。久しぶりに、近況報告代わりに私の毒吐きトーク、香しい話をし、ワイワイガヤガヤと、昨今経験した、香ばしいことしょっぱい話を爆裂し、しました。私がどんたけ腹黒話をしても二人は豪快に笑ってすますというカンジで、私も忌憚なく、本音を話して、疲れているのに、気持ちがセイセイとしました。友人二人は私の奇天烈ライフを知っているので、だいたい物事を笑い飛ばすという豪快さで、彼女達と喋りまくっている間に「自身が癒えて行くのを体感しました」。本音で、喋れる相手というのは私とって中々できない事ですが、百戦錬磨な彼女からしてみると、大笑いしてくれて。久しぶりにガス抜きができました。やはり持つ者はこの人達だと、感謝した次第です。



2009年11月13日(金) 0:33

モリノス

「四十路会話」。高校生の頃からの友達Aと食事をしました。Aは若くして結婚し、子供をもうけた後に離婚…。その後、シングルマザー街道まっしぐら、セクレタリーとして働き、数年前に都内高層マンション購入、子供も大学生、赤坂の職場にはメルセデスで出勤という、頑張った甲斐があったね女だてらにカッコイいライフをこのドン不況にも関わらず送っているのですが、Aも私も、うっかり色恋沙汰には無縁にて43歳…。でお互いにそっちの方はどうなのさトークとなり、Aは四十過ぎ子供も二十歳、己の分をわきまえているつもりなので、生臭い事に神経使う気力ナシ。恋愛なんて気を使ってる暇ナシ。と言い切り、アンタはどうなのさと聞かれたので「おかげさまで、こんなカタワ者でもモテ期は続いて、告白を頂戴しているのですが、皆さん、神の思し召し、守護霊の導き、インスピレーションが降りたので告白したみたいな、巫女か?じみた方々ばかりで、興醒めを通り越し、恐怖を感じている昨今、ともかく、愛に満ちあふれてるとか、光を胸に感じてワンネス、なんちゃら
ヒーリングとかに浸かっている人は、無理、むしろそんな不気味キャラからの告りばかりで、不愉快なのさ、自分的には、この乱世を生き抜く上で、変なニユーエイジ系な思想を持ってる人でなく、自立と自我を兼ね備えている人がいたら考えないでもないんだけどね〜」と言ったら、Aは「告白される事が、あるだけでもよいじゃないの」と言うのですが、私的には告られた人なら誰でもよいって訳にはいかず…。結局私もAも一人身四十坂ローリングストーンなので、やはり、どなたかと時間を共有する事は向いてないのかもね、とグラスを片手にため息をつきました。が、幸運にも仕事にも人脈にも恵まれなんとか生活できているのだから、それ以上はもういいよね〜と、強引にシングル生活をプチ正当化したのでした。 そして最後に、もう初老なんですから、自分にとって「楽」な生き方をして、その延長上に、素敵な人が現れたら考えないでもないね、とため息つきながら、都会の夜の街を歩きながら、話をしたのでした。神様はいくつもの願いを叶えてはくれないねえ、などと言
いながら家路につきました。これってシヨッパイ?。



2009年11月12日(木) 0:47

モリノス

「今年の酉の市…」。年の瀬の始まり一の酉を明日に控え、前夜祭に行ってきました。雨、前夜祭、不況…。ていうか、ガラッすきなんですけど〜?。なカンジ…。さらに、顔なじみの屋台のオジサンオバサンも「なんだか今年は売れなくてね兄さん」などと愚痴られ、去年まで来年の干支の張り子を売っていたお爺さんもどうやら天に召されたらしく、出店していず、寂しい限り、熊手市も閑散としてました。でも私は例年のごとく尺に御祝儀の稲穂をジャラジャラつけた熊手を購入…。お店の方も私の顔を見た途端にあらかじめ用意しておいた「プレアタイズ」の差し札を高らかに上げて「お待ちしてましたぁ!」といったカンジになり、私の周囲に人だかりができました。雨が降っていたので、お賑やかになった熊手にビニールをかけてくれるとの事でしたが、私は声高に「ビニールなんて野暮なものはいらないよ、神様、大判小判ザクザクのこの熊手を傘にして帰りますさぁ〜」と芝居じみた台詞を言ったら「カッコイい!」「兄さん豪勢!」「兄さんじゃなくて姉さんかもよ!」などとひ
やかされたので「ちよっとさ〜お酉さんなんだから、そんなチャチャ入れないで、そんなくすぶった顔してないで笑って商売しなさいよ!、そんなしみったれた顔の人んとこにはお客も来ないよ」と言い、尺の熊手を頭に乗せて「どうだ!、神様頭にのしてんだ!、雨も裸足で逃げ出すさ!」と見栄を言ったら、超偶然的に雨が止みました。すると、熊手屋、まばらなお客から喝采を受けました。で、私は巨大な熊手を頭にかつぎ、拝殿に手を合わせ「神様ご苦労様です、なんだか人々の祈りもまさしく苦しい時の神頼みで、さぞ大変でしょうに御苦労様です」と御挨拶をして、ふと後ろを見ると、頭に大振りな熊手を頭にのっけた私は、参拝客と外人客らしきピープルから、沢山のフラッシュを浴びる事となり、その後もも、新宿の街を歩く人から、頭上の熊手を見て、私の顔をガン見する人々の視線を、真っ向から受け止め、艶然と微笑み返すと、異形な私を見てつられ笑いをする方々が多く「そうそう、うまくいってない時こそ、そんなキラキラ顔して笑ってればよいのさ」と思い、しばらく
熊手を頭に乗せたまま闊歩しました。私の奇行に一緒に行った友人はどん引きしつつも、「なんかアンタの熊手見てアンタの顔みて笑う人達達なんだかうれしそうだったね〜」と言われ、それに気をよくした私は、頭上に乗る熊手のまま、お好み焼きやらたこ焼きの屋台に行くと、なんだか人がわらわらと集まり、その店に行列ができたりしました。奇天烈な行動をした私ですが、うまくいかない今世を生きる人達がつかの間の笑顔を見せてくれるだけで安心しました。不景気で色々と御心痛かと思いますが、やはりお祭りの時くらいは、笑顔じゃないと、福の神も寄ってこないよと、いつまでも熊手を頭に乗せて、まばらな街を徘徊したのでした。



2009年11月10日(火) 18:35

モリノス

「ヘヴン」。中学生のイジメを題材にした小説を読みました…。今も昔も、なにかしらの形で学校で職場でイジメってあると思いますが、この作品はイジメられている中学生の主人公が、文章表現で徹底的にイジメられていて、イジの現実とかその克服といったカンジの詭弁めいたものでなく、イジメる方はこれでもかという陰惨陰湿なイジメをし、イジメられる方も有り得ないほどただ、起きてる事を受け止め続けている内容なのですが、読み手は可哀想とか酷いとかいった感想ではなく、人間の「弱さ」「強さ」「儚さ」「愚かさ」を感ずるでしょうし、苛めたという自覚がある人は己のおこないに「恐怖」を覚え、イジメられた人は「同調」してイジメられた過去の自分の事を振り返る事になり、通常ですと、問題提起的な完結をするのでしょうが、このヘヴンにおいては、起きてる事は自分次第、その時の気持ちを何かのきっかけで気づき結果強くなってる様子描かれていて、なんて可哀想な物語!ではなく、相手の心境を察してどう気持ちを切り替えるか、発想の展開の方法を知るヒント
がこの作品には、随所に隠されていると思いました。ちなみに私が中学生の時にイジメられていた時には、囲まれて暴力をふるわれようが、唾とかをかけられたり囃されたりした時には、先生にも親にも言わず、はなはだ不愉快ではありましたが、イジメをする相手に対し「この方はお家が貧乏で生活が苦しいから、どなたかに八つ当たりなさりたいのね」「こいつらなんにも考えてない馬鹿?だと思われ、十代半ばにそんなに飛ばしちゃって運気もエネルギーも使っちゃうと、大人になってからは、つまらない日々でひとつも面白くない人生に滅入るでしょうにお気の毒」などと、リンチを受けながら思っていた中学生時代の私でした。えっ?、そんな上から目線だから、イジメられのでは?って?。…。否定はできねぇなぁ〜。



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