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2010年1月の日記
 
2010年1月21日(木) 20:26

 モリノス

モリノス

「煌めく再会」。私の年上の友人Kはアラカンにして、伝説のフォークシンガーとして今尚活躍中なのですが、カエルの子はカエル…。Kの息子、Tゲンは高校卒業と共にイギリスに音楽留学をし、成人に達してからはロンドンを中心に音楽活動を展開して今に至り、この度一時帰国…。久しぶりにTゲンを見て「ゾッ」としました。スッピンの青白い顔に無精ひげ、背中まで届く鬱陶しい髪を頭上に無造作に巻き上げ、日本のコンサバ節穴世間目線ですと「アブナい」「プータロー」「親号泣」といった若者にしか見えないのですが、私がゾッとしたのは彼の醸すオーラでした。日本でも学生次第にアマチュアバンドを結成し、ライブを決行しては自己満悦に入る輩が多いのですが、さすがに音楽の本番ロンドンの水で洗われたTゲンの存在感は凄みがアリ、混ざるな近寄ると危険な雰囲気を体から発していました。更に、イギリスではかなり有名なロック系な大御所雑誌に、Tゲン及びバンドのメンバーが、今ロンドンで最も注目されている期待の日本の新人バンドとして、なんと見開きで掲載
されていました。雑誌の中のTゲンはオンザ眉毛に下げ髪ストレート姫ヘアにスッピンでカメラ目線。私は、イギリスの音楽雑誌に特集されるまで昇りつめたものだと感慨深いモノがあり、だが、これからが勝負、メジャー雑誌で煽られた彼らは、それを叩き上げにして、さらに邁進していかなくてはならないのですが、見知らぬ異国で若いだてらにただ音楽を学ぶだけではなく、自分が作り上げたモノを発表するという行動力に「やるな!Tゲン!」と気持ちがスッとしました。彼及び彼のバンドは爆音に乗せて日本語で歌うという内容らしく、異国で日本語で挑み、ロンドンの音楽通に評価を頂戴できるってコリャー大したものだと、思いました。これからのTゲンの活躍が楽しみな私でした。次に会う時にはさらに、凄みのあるオーラを持った彼と再会したいものです。


2010年1月21日(木) 0:11

モリノス

「ゾロ目トーク」。旧友Oと久しぶりに会いました。同級生…。目が遠くなった、疲れがとれない、主語が思い出せない、慢性腰痛、脂っこいモノがいただけなくなった…等、すっかり年寄り談義となり、ふと二人で気づいた事は、お互いにやりたい放題で生き、精神年齢二十代後半止めライフを過ごしてきたが、アンチエイジングなどと気張っていても、確実に間近に「老い」が迫り、時間は止まらないし逆らえない、日々衰えいく肉体におびえるのではなく、老化を友とし仲良くしつつ生きていかなくてはね、みたいなプチ戒めた話になり、諦めないが認めましょう!めざせ諦観の境地!と変な角度でポジな気合いが入り、来年は四捨五入すると五十という勘定になるので、心身共に腐らずゆっくりゆっくり枯れて行こうではないのと、夜更けの幹線道路でお互いを励ましあったのでした。すると住宅街の方から、「ニヤーゴ」冬の終わりを告げる猫のラブコールが聞こえました。なるべく穏やかに枯れていきましょうと語り合う者もいれば、季の芽吹き新しく生まれ育つ者もいるといった、ド
末期かと思われた地球もまだサイクルするのねと、野良猫のサカリ声を聞き得心した私でした。



2010年1月20日(水) 0:32

モリノス

「劇場に飛ぶスワローズ…」。昨日、演舞場に歌舞伎を観に行った時、ロビーにアチコチにデコデコした頃合いの、お靴、お鞄、時計と一瞥しただけで物凄いコトになっちゃってるキレ味鋭いキザで洒落た頃合いの男子達がおりました。彼らのお連れは、羽根飾りのついた帽子とか肩に柄のある和服とか、裾回しに御所車スペシャルみたいな模様をつけた高齢の重厚マダム年の差K点越えみたいな皆様でした。必然的にかのような事態だと、私のような道化は彼ら及び御婦人連中から視線の矢を頂戴いたす訳で、私的には、昨今のヤングヘナヘナホストでは演舞場の客も勤まるまい、としたら、お茶とか舞踊とかのお弟子筋とか、若家元と年配の弟子とかかしらんなどと、カミソリ視線を浴びながら思案していると、私の歌舞友Nがロビーで合流、Nは大島紬とそれに合う同系色の織りの帯をつけていましたが、紬はお茶席とかパーティーには着ていけない格つまり普段着なんですけど、着物と帯と道行き、狐のショールを着ていて、見る目がある人なら、Nの年代で購入するには高額な衣装を見て
、驚愕するでしょうし、そして私とNを交互に見るマダム&その連れのツバメ男子達は「一体この二人はどういう組み合わせ?」と、私たちが桟敷席についても視線が相変わらず私達の方に向けられています。今日はオバ様とそのツバメな客席だなと思っていたのですが、どの演目でも桟敷席が広い事もあり、ライブみたいにギャーギャー盛り上がってしまっているのですが、それで目に止まったのか幕間にまたロビーで懐かしい人に会いました。かつて老舗ホストクラブナンバーワンのNさん。私より年嵩なのに、プチガングロにして爽やかな顔で「ああ!モリノスさん」と挨拶を受けました。私は昔彼がピン張ってた老舗ホストクラブに行き、沢山のホスト連中を下座につかせて騒いだイタい過去あり、その時に「モリノスさーん、俺も店ではナンバーワンなんだけど、スツールに座らされたのは今日が初めてだよ」と言われ、私は上座で男だてらにホストをはべらせ、他の席からドン引きさした経験があります。その時の事を覚えていたNさんとロビーで再会を祝福して、ゴージャスに着飾っ
たマダムの相手は、Nさんの後輩?と聞くと、年のいったホストはただテーブルで飲んでればいいって訳ないので、茶道とか書道を覚えさせて、演舞場にお供するお客様に恥ずかしくないように躾ているとの事、それよりも、相変わらずモリノスさんのいでたちですが、お連れの方はまだ若いのに、絹糸を一本一本織り込んだ紬を着てるのはハンパない、モリノスさんお疲れ様と結婚するんですか?、と言われました。人間は心が肝心と言いますが、違うよ、やはり見た目だねとNさんに毒づき、そしてNさんの手下諸君は、それは見事にマダム達をエスコート、いまだにいたんだ本物の接客ができる人がと感心しました。彼らは間違うとツバメからヒモに降格するのですが、それぞれに夢があり、実現のために水商売だてらに精進しているとの事でした。初春歌舞伎の興奮と、チャラチャラしてんのに各々目標がある男子を見て、私は、特に目標も夢もないしな〜。 今の人間関係は並んで動いているので、円滑だし、彼らのように手段選ばすまでしての目標もないし〜だが、ギラギラしてて
なんかよいぞ、と思った私は歌舞伎の興奮とツバメ諸君のトンガったエネルギーに、のぼせ、落ち着こうと歌舞友Nとカフェへ、しばらく歓談し一息つきました。 その後の私の奇行は、閉店間際のラグジュアリーブランドタワーに立ち寄り語源が「対角線」というネーミングのモノがアリ。今の私には対角線の向こうにあるナニかが全くないので、対角線の向こうに挑むモノを配置しそれに挑んでみようかしら、ツバメ諸君も頑張っているし、歌舞伎役者も毎日が挑むわけで、などと、なんだか対角線という名前に気持ちが入り、購入しました。もうすぐ春、私の対角線の向こうに待ってるモノは何でしょう?。今から楽しみにしています。



2010年1月19日(火) 0:12

モリノス

「初春花形歌舞伎」。演舞場に歌舞伎を観に行きました。いつものごとく、桟敷席、お茶飲んだり、テーブルに腕をついてだらしなく、長時間観劇できる場所です。お目当ては海老蔵の、春興鏡獅子…。獅子頭の精が小姓弥生に乗り移り、やがて霊獣の獅子に化身していく的な、歌舞伎の中では有名な演目なのですが、この度も海老様はヤってくれました…。大奥の年増の局と老女に手をひかれて恐る恐る獅子頭の祀ってある間に登場し、恥じらいながら踊る場面。通常ですと生娘のしなしなとした姿が愛しいのですが、海老蔵扮する弥生が登場すると、踊りというより、老女と局相手に「拳法」「殺法」で戦っているように見え、扇子や着物の袖も武器を振り回しているように見え、とにかくダイナミックすぎなのです。通常、獅子頭を手にした小姓は獅子の精が憑依した途端に獅子頭に体を支配され翻弄され、なんだか陶酔し花道を獅子の精に翻弄されながら引っ込み、鬣を振るわせながら獅子に変身して登場、娘役から獣王になるのですが、海老蔵演じる鏡獅子ったら、獅子頭が壊れるんじゃ
ないかというほど、ガタガタと音を立て、舞扇を要返しする時、子役の胡蝶と踊る時、ことごとく失敗するのですが、全然平気…。ラスト床まで引きずる鬣、しゅ毛を振り乱す場面に至っては、首をグルグル回しスギ…、まるでタテノリのパンク化していました。鏡獅子的にはどうなの?というカンジなのですが、海老蔵歌舞伎治外法権天下無敵なカンジで圧倒され、その絢爛豪華さにすっかりイっちゃった私です。場内はお年寄りが多かったのですが、多分皆様も海老オーラとパワーに寿命が伸びたと思います。この度は歌舞友のアラフォーデビューした友人Mと一緒だったのですが彼女は、ありえない高額の大島紬を当たり前に自分で着て帯も目の詰まった織りのモノで、紬というものは正式な席では着用できない格のモノで普段着クラスなモノでありますが、演舞場においでになる和服を召される目利きのお客様から彼女の装いはガン見され、桟敷席に座る私達に変な「誰?」という視線が集まりまり、なんだか満更でもないが恐縮してしまいました。が歌舞伎の後、余韻に浸った我らは、そ
の後、長い時間銀座に滞在し、海老蔵の破天荒な芝居にキマっちゃって、放心状態になり、すぐに直帰できず、グズグズとカフェに行き歌舞伎談義に話が咲いたのでした。



2010年1月17日(日) 20:38

モリノス

「青い壺」。クローゼットの中より黄ばんだ文庫本を発見、有吉佐和子著・青い壺を読みました。中年の陶芸家が作り上げた青磁の経管が、色々な人の手に渡り、十年の時をへて作り手の目の前に現れると、たった十年の月日の間に青磁の花器は専門家が見紛うほど何百年も経過した唐物のごとく古色がつき姿を変え、様子が変わっていた…。粘土や釉薬の変化なのか?、あるいは様々な人間模様が織りなす環境に青磁の壺として人間を見つめてきてその「気」「思い」などが、経管に映り、貫禄がついたのか?的な内容なのですが、まずは有吉佐和子の博識、文章力が、現在の作家とは違い、豊か美しい日本語、情景描写を読むにつれ、正月明けからトゲトゲイガイガとしていた私の神経に、ゆったりとした安静を覚え、やはりよいものを読むと、気持ちも贅沢な気分になり、落ち着くものだと思いました。私はなんちゃってではありますが、陶芸と生け花の心得があるので、花器を作ったり、活けたりしていますが、青磁、白磁という花器は苦手でして、あの硬質な素材の花器と花材との組み合
わせが難しく、青磁やら白磁は花飾らず、置物として飾った方がよいと思い、今までは磁器の花器は使わなかったのですが、この度の小説を読み、陶器ではなく、磁器の器に花を挿す事を挑戦してみようかなと、思いました。この将来不安定な世の中、昔の文章を読む事で、これから何をしたいかを、例え小さき事でも発見があったような気がします。もし、これからどうやって生きていこうかしらんなんて、悩んでる方がいたとしたら、昔の作家の書いた文章に触れると、発想が湧くのではないかと思いました。



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