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2010年1月の日記
 
2010年1月12日(火) 0:27

モリノス

「蘇る煩悩…」。久しぶりに表参道に行きました。まだお店も開いている時刻だったので、並木道を原宿方面に闊歩…。「?」アレレっ!?、なんだか建物はそのまんまなんだけど中身の店が様変わりしていて、勝手がわからず浦島太郎状態…。どうやら交差点付近にあったラグジュアリーブランド店が、表参道ヒルズとかに集結したっぽいカンジでした。元々表参道ヒルズには関心がなく、できたての時にも斜め見的に流していたのですが、この度はどれどれとヒルズ内に侵入…。なんだか昔の私の愛する原宿ではなく、観光地的な様子でプチ興醒め…。ああっ、表参道にゴルチェの路面店があり、春と秋に私仕様に用意された服達を取りにいっていた頃が懐かしく思い出されました。で、ゴルチェでよくしていただいたスタッフの方が、ヒルズ内のYに今尚ショップ店員となっていると思い出した私は、Yに入店…。彼がいるかと思ったらこの度はお休み、で店内を物色していたら、小さく使い勝手のよい小さいバッグがあったのですが、きっとゴルチェにお世話になった彼がいたら見栄のひと
つも張り、小袋ながら購入していただろう品を棚に戻し、店員さんに「Iさんによろしくお伝え下さい、盡田がきたと言って下さい」と伝言をお願いしたら、Iさんのお客と知った店員さんは何も買わないのに、店先まで丁寧にお見送りしていただきました。そして道路の反対側にあるブルガリの路面店にフラリと寄り、もはや廃盤で諦めたスケルトンの時計の在庫があるかを聞いたら、もう日本ではお取り扱いがないとの事、そりゃーそうでしょうねと、未練がしく言ったら、ブルガリの店員さんは、こちらはどうでしょうか?、スケルトンの雰囲気を醸し、進化したカンジの、時計を見せてくれました。で私は煩悩スイッチオン。その時計を腕に巻き、惚れ惚れしてしてしまいましたが、私のお財布力が弱く、即決できませんでした。がしかし、表参道は様変わりしたけど、私の煩悩スピリットを蘇えさせる力があるのだねと、まんまと進歩した表参道にヤラレテしまいました。



2010年1月11日(月) 0:49

モリノス

「真のゴージャス乞食を見た!」。夜更けのネオンが猥雑に煌めく無国籍地域池袋北口…。カラオケ屋の前に、道路に額がついてしまうほど腰が曲がり、煮しめたズボンに擦り切れたダウンコート、あかぎれた浮腫んだ素足の老人乞食がナニかしていました。よくよく見ると、下に置いてあるゴミ袋の上で、おびただしい数の新札万札を汚れた指でいくどもいくども数えていました。乞食がこんなに大金所持…さらに夜街に行き交う、不気味ピープルの前で、うつむいて何度も札を数えていました。 どんな事情があるのかしりませんが、私は今の世を札束乞食が風刺しているように思いました。金ないのに大見得きってメルセデスとか家屋敷を手に入れたが、維持大変破産寸前。癒し身なりの乞食が手の切れそうな新札をボロボロ装束で数える。
実際、不景気でも体裁世間で縛られ金がないけど生活を落とせないから借金してまで暮らす。着るものも家もあるが、実は乞食と近いかも?。一方顔を青黒くし、腰がひんまがって乞食に落ちた老人が札束を持っているが、どう使うのか…。お金の使い方って金の煩悩あるかぎり、心は乞食になり。乞食にまで落ちた老人には今更、多額な札を手に入れたが、持て余す。池袋北口に出没するピープルに、戒められる夜でした。



2010年1月9日(土) 22:54

モリノス

「他人行儀な私…」。本日、セッション中に暗黒プロレス組織666の私のイベント部門のマネージャーでもあり組織の代表であるHからメールがありました。休憩時にメールの内容を見ると、2月6日に開催されるディナーショーの申し送りでした。私は、昨年末の666、6執念記念大会が大円団で興行を納めたという安心感と「666は6年間も、あらゆる難関をくぐり抜け、よくここまで大きくなったものだフムフム」と一人感慨に耽り、勝手にセルフ達成感を覚え、今年の興行のオファーもないので、しばらく暗黒シャーマンモリノスもお休みだね…と、思い込み年末の掃除の時に、プロレスで使用した衣装に飾り付けたアクセサリーなどを外し養生してクローゼットに仕舞ったのですが、この度の代表Hからのメールによると2月6日のディナーショーには私の出番もあるような内容だったので、慌てて代表Hに電話し、「出るの聞いてないけど?どういうこと?」と聞いたら、代表Hは「モリノスさんは666のメンバーなんですから、出るに決まってるじゃないですかぁ〜」と言わ
れ「!」。そういえば、確かに私はプロレスラーではないけど永らく666の構成員だった!、呼ばれてないからなどというゲスト感覚でいた自分って、なんて冷たいの〜?他人行儀なの?とプチ反省。更に昨年は666のメンバーであるのに、私はハワイにいて2月の大切な本大会に出演しなかった(モリノス本体はハワイにいたが、去年の2月の興行には暗黒シャーマンモリノスの分身が試合に出た)という前科アリ。で、慌てて、占い部門のマネージャーAに2月6日のスケジュールを確認すると落合とイベント会場が近い事と混線する行事を調整すれば、開演時刻に間に合う事が出来る事がわかり、ホッとしました。で、急に2月6日には暗黒シャーマンモリノスになると思うと急に落ち着かなくなり…。帰宅した途端にクローゼットをあけ、年末に苦心して糸を外した布とか羽根とかを再び縫いはじめ夜針を持つ事となりました。が、衣装にピンを打っていくうちに「やっぱり666は楽しみだよね〜っていうか、なんでいつも終わったら、メンバーである事を忘れちゃうんだろう?、や
はりもう老人ボケ?」などと独り言をつぶやき、夜なべをする私でした…。ていうか、普段はボタン留めすら出来ない縫い物も、出のお衣装となると安ピン、リャンメン、手縫いを屈指しせっせとできてしまう自分ってどうなの?と思いました。



2010年1月9日(土) 0:55

モリノス

「車にハネられる私…」。仕事後に夜で暗くなった住宅街を徘徊し、セッションで高揚した気持ちを落ち着けてからメトロかタクシーに乗ります。本日も考え事をしながら、曲がり角三昧の町を歩いていたら、突然前方から乗用車が出現し、私の目の間近まで迫ってきました「やべ〜ひかれちゃう」と焦った私は、なぜか高額なショルダーバッグを腰に回しました(車がカバンに当たって汚したくないから)。そして両手で車を押さえたのですが、動いている車を止める事ができず、なぜかゴロゴロとボンネットの上に乗っていました。バッグと狐の襟のついたコートに損傷がないか確認し、その後ボンネット上に、仁王立ちして、ひきつりまくりの運転手をギロリと睨みつけ、飛び降りました。ズキーンと股関節に痛みが脳まで突き抜けたのですが、私はそのまま、何事もなかったように、メトロの駅まで歩き始めたら、運転手の主婦らしき女性が「大丈夫ですか」と夜の町にもわかるほどに顔を紙のようにし、言ったのですが、私の口から出た言葉は「ゴメンナサイ〜、靴の踵でボンネット傷に
しちゃったかもしれません」と言ったら運転手主婦は「えっ?」みたいな表情をして膝をガクガクさせて、います。私は主婦に一瞥をくれ、去ろうとしたのですが、運転手の女性はオロオロと私の後をついてきます。で「どうやら私無傷みたいですからお気になさらず」と言ったら、そんな訳にいきません、病院に!と震えた声でいうので、なんだかうざくなり、その女性を放置してメトロのエレベーターに乗って姿を消してしまいました。家に帰り、体を調べても特に痛めた場所もないようで、「やはり私はゾンビ級に不死身かもな」と思い自画自賛したのですが、暗い夜道に黒装束はこれから気をつけようと心した次第です。



2010年1月7日(木) 22:15

モリノス

「金の話…」。新年開けて行くところ各所で耳にするのは、「宝くじ外れた」「金がない」「どこかに金が落ちていないか」「お金があったらあげるのにぃ」的な、はしたない話が行き交い私的には興醒めなのですが、そんな会話の輪に入っている時にふと占い師になりたての時の記憶が蘇りました。当時二十代だった私は、原宿という土地でV系な占い師として、高額な洋服を無理して買い、ワンパターンだと嫌だなという見栄もあり、1シーンの洋服に生地屋で買った布とかを自分で加工し襟をつけたり、袖に飾りをつけたりしていました。もちろんタクシーなどには乗れず、夜更けになっても地元駅まで電車に乗って帰宅していました。とある深夜、メトロの出口を上がり前方の幹線道路を見ると黒いひしゃげた塊が目に飛び込みました。「黒猫が車にひかれた!」と思った私は、黒猫が生きているにしても潰れちゃってるにしても道路に放置するのが忍びなく、とにかく黒猫を路肩まで運ぼうと車を止め道路にでてその黒い塊を手にしました。それは猫の死骸ではなく、生活に疲れたような
革製のショルダーバックでした。歩道に戻り街灯の灯りを頼りに中身を見ると、ティッシュ、ハンカチに、ガマグチ、化粧ポーチが入ってました。で、中身がたわいもないモノだったので、捨て置こうと思ったのですが、中身に化粧ポーチが入っていたので、落とし主は明日からのメイクにお困りだろうと思い、駅付近の交番に届けて、ではと帰ろうとしたら、警官に引き止められ、色々と拾い主としての書類を記入させられ、面倒な事になりました。で、ショルダーバッグ及び、その中身は私がファイルした段階で持ち主が現れなかったらいただける、あるいは見つかったらその一割を貰える権利があるとの事でしたが、拾ったモノはどれも、私には必要なモノではないので、ああっ、変なカバン拾わなきゃよかったと、後悔していたら、警察官立ち会いの元、またショルダーバッグの中身を確認する事になりましたら。ショルダーバッグの内側にあるファスナーの小袋の中から、くすんだ色の封筒が出てきてその中には百万円入ってました。警察官仰天!。ですが私は一刻も早く家に帰りたく、
警官に「あの〜なんだか大事になっちゃったようなんですけど〜。今、拾い主としての権利を放棄してよいですか〜早く家に帰りたいし」と言ったら警官に「貴方!百万円拾ったんですよ!それを放棄するんですか!」とハイテンションで言われた矢先、髪をほつれさした中年女性が血相変えて交番にかけこみました。幹線道路でタクシーを降りた時に落としたとの事。私的には、拾い主、落とし主が交番で会えたので「よかったですね、じやーこねバッグはこの方に返せばよいのですよね」と聞いたら、私が拾い主としてファイルしちゃったので、簡単に先方にお返しできず、拾ったモノは交番ではなく警察署に運ばれるという、段取り悪い展開になり、後日管轄の警察署に行き、手続きをしなくてはならないとの事でした。警察署で拾い主の所有の権利を放棄し、拾い主に承諾して貰わなくては行けないそうです。こっちは百万円いらないし、持ち主見つかったんだからこの場で返してやったらいいじゃないですかと息巻いたら、警官は、書類に署名しちゃったのでできないと頑なな様子…。で
私はどういう思考か「では、せめて、この持ち主の方の化粧道具だけ返して差し上げたら、警察署に行きます。御婦人がこんな夜遅くにメイク用品が手元になかったら明日のお化粧がお困りなんですからなんとかして下さい」と言ったら化粧品が新品ではなくもうすでに使用しているモノという扱いになり、化粧品は持ち主の手に戻りました。その翌日、警察署に向かい、受付に行くと、職員がワラワラ集まり「貴方が百万円拾った人ですねかつ速その権利を放棄した人ですね」と多くの職員に質問攻めに会い。そこで、放棄しても今後異論を持ち主に唱えないという宣誓書に署名捺印し、私が同席した持ち主の女性に言ったのは「よかったですね〜今日の朝、お化粧できて〜」と言ったら持ち主の女性は、ありがとうございますと、目を潤ませて頭を下げだのでした。私の若い時の本音は、百万円より明日のお化粧道具なくてお困りでしょうだったのですが、当時の友人達にこの話をしたら「着眼点違いすぎ」とギャーギャー言われました。バッグに隠してあるっぽい大枚より、メイク用品の方が
大事と思う私だったのですが、今も私はそんなカンジなので、昔と変わってないなとしみじみ思いました。その後、持ち主の御婦人からは御丁寧なお礼状が届いたのでした。



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モリノスの部屋