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2010年3月の日記
 
2010年3月16日(火) 20:13

モリノス

「人違い…」。早咲きの桜があちこちにピンクの模様を描く広大な庭園を歩いていたら、紬を着た見知らぬ老婦人に声をかけられました。彼女は「まあ、野○さんお久しぶり、あら御髪をのばされたのね、お似合いですワ〜、先日はご丁寧にお手紙ありがとうございました。アタクシ、足がアレでしょう…、今まで寒かったし、体も思うようにきかないモノですから、引きこもってましたの…、そんな時に野○さんからお便りいただいて、どれほど励まされたか!、感謝しています、お陰様で今日は出かけてきてみたんですよ、ああそうえばヨ○エさんですけどね、あの方もまだ山梨の方にいらっしゃるんですけどね、近々出てこれそうなんですって…、ヨ○エさんが、こちらにお戻りになったら、お昼でも御一緒しません?」と、私が一口も挟む間もなく、知らない人(もしかしたら、お客様とか茶藝の時に会ったか?、いや邦楽系?)と、返答に困り、アナタ誰でしたっけ?って聞くのもなんだか、とにかく私にではないのだけど、感謝されちゃっているので、宗教的かつ曖昧な微笑み返しをし
ていたら、老婦人は「御返事のお便りしょうと、していた所だったのですけど、近頃は目もかすむし指先にも力が入らないので、ゴメンナイネ〜、せっかくこちらでお会いできたので、お返事代わりにお礼申し上げます」とお太鼓が天井に向くほど腰を折り深々と頭を下げられました。私は今更、人違いですとは言えず「今日は暖かいですね、お大事に」などと、しどろもどろと言いそそくさとその場を後にしました。頭の中では「ガーン、しらばっくれちゃったけど、野○さんって方に迷惑かけちゃった?、あるいはなんだか話ややこしくなっちやった?、アナタの事知らないってちゃんと言えば良かった?」などと頭の中を変な混乱とプチ罪悪感めいた気持ちがグルグルと回っていた私でした…。



2010年3月15日(月) 23:43

モリノス

「脳開けまくりYの日常」。昨年脳出血で、あの世と子の世をさまよい間一髪セーフ。後遺症もほとんどなく、退院後すぐに育児、ネイリストとして、前頭部の縫い目も目新しいのに、気にもせず、タバコも止めず、仕事にも復帰した友人Yにまたもや受難。術後の検査で反対側の脳にも瘤が見つかり、近頃再手術をしました、二年連続脳にメスを入れたYですが、この度のオペを終え、退院後またすぐに日常生活に復帰、味覚と嗅覚を感じれない症状に見まわれながらも、前世ゾンビなんじゃないの的に、タフに過ごしていましたが、さすがに疲労を覚え床についたら飼い猫(まだ子猫)がソワソワとし、まだ子猫なので小さいのにお腹が膨らんでいて、Yの布団でまだ子猫だてらにまさかの破水…。Yも猫族で多頭飼いしているのですが、去年拾った子猫達が、避妊のオペに対応できるまで大きくなるまで育てて手術をする予定だったのに、知らぬ間に子猫だてらに早く盛りが来てしまったらしく、できちゃったようですが、破水してる時にそれ気づいても、遅すぎ…。脳の術後なのに破水した
子猫を夜更けまで看ていたら、不覚にも眠ってしまったら、次の朝、子猫なのに親になった子猫の姿はあるが、子猫が生んだ子猫の姿が見つからない…。もしやまだおなかに?と、親猫になった子猫のお腹を触れても、張り感もなく…。えーっどうしょうと思案してたらクローゼット付近からミューミューと鳴き声が聞こえ、見てみると先住猫達が子猫が生んだ子猫の面倒を看ていたそうです。Yが寝てる間に生んじゃってしかも、親猫がまだ子猫なので、生まれた子猫も小さく一匹だったそうです。生んだ子猫は親猫の自覚が子猫なのでまだないせいか、生んだ子猫に関心を示さず育児放棄っぽくなったらしいのですが、Yが親になった子猫を諭して、生まれた未熟児子猫に乳をやるように、したそうです…。脳の手術後だけで辛いだろうに、親がいるとは言え子猫と、チビチビスギの子猫を、看る羽目になったYですが、これが他の事だったらやらないけど、猫の事だから、やるしかないですよと、顔色が悪いながらYはニコニコと目を輝かしていました。子猫の為にプチ命がけY…。ガンバレ
〜。



2010年3月14日(日) 22:50

モリノス

「捕鯨…」。さる国の大金持ちが、私産を投じて、ありとあらゆる武器を揃えて、鯨を捕獲する船を襲撃して、鯨を助ける的な大規模な団体があるそうです…。その団体には世界に名だたる名士がその行為に協賛しメンバー的なモノに名を連ねているとの事…。そして、捕鯨船を狙撃する様子はカメラに一部始終収録され、人気テレビ番組として放映されているとの事…。私はその映像をみて不快な思いをしました。鯨やイルカを食べるのは日本人なんですけど、その賛否はそれぞれの価値観ですから良いも悪いも決まんないと思います。私が映像を見てイヤーな気がしたのは鯨を守るためにと称して、捕鯨船を命には別状ない程度の殺傷能力の低いというハイテクな武器やら戦闘船で、威嚇、攻撃、捕鯨船員にダメージをくらわす効果の入った液体を投げる。襲われた方は、攻撃はしないが抵抗はする、多勢に無勢で、ヤッタ方は笑顔でニヤニヤとガッツポーズ…。こういった映像を見て、喜んじゃったり、その関連グッズがバカ売れしちゃう…。多くの人が、物が破壊されそれを見てアゲアゲ、
だって鯨が殺されちゃうんだし、鯨を殺すのはいけないもの〜なイケイケ感があり、ゲームにおける大掛かりな戦争モノ、シューティングゲーム、ガチ実写版といったカンジで、本来の環境とか動物保護とは方向違くないですかね?と背筋凍りました。 まあ、私は立派な特別奇形種の民草ですから、何も言う権限もないのですが、鯨を殺しちゃう悪者を退治するのだから手段はいとわないというのは、動物を守りたいんじゃなくて、ただ、襲ったり壊したりするのが好きな大金持ちの道楽なんじゃないの?と、思いました。それに、はるか昔から戦争三昧で今に至るんですから、人間なんだしさ、お口があるんですから、有名人に協賛を求めたり、番組作ったり、関連商品作って売る時間があったら、莫大なお金あるんだったら、まめに話し合うという時間とか場所とかに金使いなさいよ、更に、鯨どころか、人間だってバタバタと飢餓貧困で死んじゃってるんだから、ホントに守りたいスピリットがあるんだったら地味だけど、そっちに時間もエネルギーも使いなさいよ金持ちなんだからっ
!と、プンプンしてしまいました。そしてなぜか、高校時代の国語で習いいまだに覚えている授業を思い出しました。「ヒロシマと言えばパールハーバー」「ヒロシマといえば南京大虐殺」…。これは日本は被爆国であるけど、果たして日本が戦争時にしてきた事はなんだったのか?を戦争を主題に書いた女流詩人の詩なのですが…。なぜか、この捕鯨団体の番組を見て、パールハーバーや南京大虐殺を行ったニッポン人なんだから原爆落としてもいいですよね国民及び連合国の皆さん、みたいに飛躍してるかもしれないけど、鯨食っちゃってる日本人なんだから、破壊していいですよね皆さん?みたいに思わしちゃう意識を植えちゃうカンジがして、なんだかなぁ〜、駄目だな人間って、何度同じ事をしたり、そんな気はないだろうと信じたいが、やってもいいゃ〜な?誤解を招く映像に、同じ人間でいるのが惨めになりました。ヤケになった私は、近々戦争は起きなくても天変地異とかが起きて、いっそ人類だけ滅んじゃえばよいのにっ!。人間って全動物界の中で一番バカなんだものっ!と、
ふてくされヤサグレた次第です。



2010年3月14日(日) 0:31

モリノス

「タコ公園とT会…」。福祉の現場で働く友人Tとその仲間達がモリノスを1日買い上げてくださいました。で現場である、都市開発からちよっと外れちゃった町の駅の改札を踏みました。すると右側からおびただしい数の子供達の歓声が私の耳朶を貫きました。その声の方向を見ると、21世紀の御代であるのに昭和なデザインのタコの形をした滑り台とその横に、まるでマヌケな形をした小さいタコの遊具があり、私的にはなんというダサダサな滑り台だねと呆れたのですが、そのタコ滑り台には蟻の集団のように、チビッコ達が「ギャハハーッ」「ウヒャヒャー」などと言いながら集まり、滑っては、また登り、怪我するんじゃないのみたいな体位で頭から滑り落ちたりして、騒ぎハシャぎ、とにかく大騒ぎで楽しんでいるのです。ネズミ園よりも活気があり、昨今の公園といえば、遊具で怪我をする、公園で知り合った子供がケンカしたりして、親同士が気まずくなりで公園で遊ばせなったりしているケースがあったり、今時の子供達はゲーム三昧なのかと愁いていましたが、この閑散とし
た町で、元気満々嬉々として泥んこになり遊ぶガキを見てたら、なんだか、最近の子供は覇気がないねと思っていたので頼もしくなりました。そして、Tの家で個人セッションと、ホームパーテイが始まりました。Tは先週にお父様の葬儀があり、しかも先日、膝に止めてあったボルトを外すオペを行ってグロッキーだと思ったのでこの度のモリノス1日総揚げは、延期か中止になるかと思っていたのですが、Tは親を見送った悲しみの渦中かつ、術後で体もしんどいに違いないのに、集いを決行した太い女です。で前回同様、Tとその仲間達による手料理と酒そして酒を前に談義となりました。そこではくだらない話もしましたが、障害者の子供達の教育、認知のあるお年寄りを介護などの現場スペシャリストによる、福祉を必要としている方々に、適切な対応をしているTとその仲間達の話を聞くと胸がスッとしました。くどいようですがアンチヒーリング派な私は、愛だ光だ遠隔で、不自由な人達に自己満極まりないヒーリングを行う者、無駄に祈る者の存在に虫ずが走るほど嫌悪感を覚え、
プチヤサグレ、「変なセラピストやらヒーラーよ、アンタ達に不自由な状況、病魔に戦っている方々にかかわる資格はない。もし、福祉の領域で腐れヒーリングをするのだったら、まずは、患者さんの下着とかシーツを洗ってからにしろ、オメエラは、ナンチャラセラピーとか奇天烈ヒーリングのデペロマは持ってるかもしれないけど、患者を触れる資格は物理的にないのだから」と、Tとその仲間達の普段の福祉の現場に立つ人達の意見を聞き、改めて彼女らのガチンコさと、思い込みヒーリング集団の無駄さを思い知った気持ちになりました。これからの日本、世界の地球の将来に何も貢献できない自分に苛立ってた、私ですが、ゆるいタコ公園でエネルギー満タンで、遊びに遊ぶ子供達と、Tとその仲間達と腑に落ちる、話を聞いた私は、子供達がワーワーと遊び、より的確に福祉に取り組む彼女達に会い、なんだか、今後に生命力と可能性を感じたよい機会でした。



2010年3月13日(土) 0:44

モリノス

「夜更けの訪問…」。夜遅く帰宅、顔を念入りにクレンジングし、寝支度…。布団に入る前にトイレに行き電気をつけた途端に、外より切なそうな猫の鳴き声が輪唱のごとく聞こえます。姉の家からデトックス猫シマダさんと、今や心臓ザーザーする音をさせながらも中猫になった、茨城県の森の中で生きたままビニールに入れられてた紅葉林子が、私の部屋のドアの前で、中に入れて〜!とそれは悲しいそうな小芝居声で鳴くのです。つい私は重い玄関を開けると、シマダさんを先頭にダーッと部屋に入り、衣装部屋とかベッドルームを冒険徘徊しては、玄関先で尻尾をボンボンと膨らませ、緊張している紅葉林子をシマダさんが呼び込み、二匹でこれから寝るんですけどという私を無視し、飛び跳ねたり、ゴロテンゴロテンと転がり、アゲアゲでハシャぎまくります。私は寝るんですから、迷惑なので、いっそ二匹とも布団に入れてしまい寝かしちゃおうと思うのですが、二匹の猫はアゲアゲで私の部屋で騒ぎまくり、猫二匹とぬくぬくと寝たいんですけどという私の夢は崩れ、安眠妨害となり
ました。じやー邪魔なので、外に出そうとすると、私の手をすりぬけたり、身を固くして絶対動きませんからといった行為に及びます。で、私は毛皮のストールとかを両手にグルングルンと回し、二匹を威嚇、するとシマダさんも紅葉林子もビビり外に凄い勢いで逃げていったかと思いきや、また私の部屋に入り、毛皮にじやれる、衣装部屋に潜り込むなどを行い、また威嚇するとサーッと逃げて行きました。春とはいえ寒い夜更けに薄着の私は二匹の対応に追われて、体の芯まで凍えてしまいました。私に会いたいから、部屋に入るのではなく、奇天烈な部屋に入るのが二匹とも好きなのが、なんだか寂しくもありイラっともし。夜更けのヤンチャ猫に翻弄し疲れ、すっかり冷えた布団に横たわった私でした。



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モリノスの部屋