2010年9月10日(金) 23:56
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モリノス
「幸せの力」。先日観た映画、ベスト・キッドの主人公の少年萌え〜している最近の私。彼が幼き日に、その父親と共演し話題になった映画「幸せの力」をDVDで観ました。アメリカは西海岸で起こった実話。奈落ド貧乏に陥った父と子が、頑張り抜き幸せになるといった内容…。劇的な展開は無いものの、やはり実の親子が父役と子供役で物語を進めて行くので、醸す雰囲気が自然で切ない。しかも親子共々窮地になった時に見せる表情がソックリ(親子なので当たり前)かつ、二人とも幸薄い演技ではなく元々顔立ち的に困った顔つきをすると絶妙(顔芸の境地)なので、泣きなシーンでもないのに、親子そろって疲れて虚ろな眼差しな場面を見てるだけで、涙腺漏れ漏れでした。さらにこの映画を観ていて私はなぜか動悸バクバク…。すると封印された記憶が蘇りました。ロケ地がSF付近であった事、時代設定が私がSFに滞在していた時と重なり、ある事を思い出しました。当時の私は、俳優もどき生活にもダンサーじみた生活にも虚無感を感じ、どうせSFに行くならサンフランシス コバレエカンパニーのレッスンにでも参加し、気合いを入れようと思いつつも、私の技量では無理と判断し、レベルを落として、SFから少し離れたスタジオに行きました。日本に帰国したらSFのバレエスタジオでレッスンしたんだから〜などと吹聴虚栄スピリットありありな気持ちでした。お稽古着とシューズを持ち、いざ稽古場に行った途端、私は逃げるようにスタジオを出てしまいました。無名ダンサーなのに実力アリ、スタイルよし、柔軟性タコ級。オーラキラメキダンサーがレッスン前だというのにそれぞれが殺気だっておさらいをしているのです。それを見て「振りは覚えてられそうだけど、私の恵まれないスタイルとテクニックでは、稽古についていけないし、他の人の迷惑になるし、何より、笑い者になるのがみっともない、みっともない醜態をさらすのが怖くて、スタジオから情けなくも逃げたのでした。できもしないのにやる気だけで高度なレッスンに参加するほど愚かな事はなく、恥ずかしいので、意気消沈しながらスタジオから出て少し歩くと、教会があり、ホームレス 達が並んでいました。中にはスーツを着た人もいました。その光景を見た私は、なんだこの人達と不思議に思いましたが、幸せの力を観て「ああこういう事だったんだ」と改めて得心しました。その後暮れゆく坂道を下りながら、自分の体型とかテクニックが使い物にならない事を身の程を痛感し、滅入っていつまでも坂道を下り続けたあの日を、この映画を見て思い出したのでした。あの当時、負の境地を克服し成功した人もいれば、自分の間尺を知った私もいて、映画を観ながら本編とは違う所で、若い頃の自分は〜と感傷に浸った私でした。しかしSFで学んだ事は、ハングリー精神。できないことはしないが出来る事にはこだわりつくす。諦めないで食い下がる。SFのスタジオでは私がヘタレでダサダサでしたけど、今思うにあの経験は私の幸せの力というより、今の私の生きて行く力になったような気がします。
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