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2010年10月の日記
 
2010年10月21日(木) 0:13

モリノス

「仕出し同期会…」。今日の夜会は、私がはるか昔、国営放送の大河ドラマにて、仕出し(ガヤ、脇役以外で台本に名前も乗らないその他大勢のエキストラの意)をしていた時に一緒に出て知り合った、同じく各芸能事務所の派遣仕出し達と役二十年ぶりに再会しました。自然と話は当時の苦楽談義となりました。「午前零時を過ぎないとタクシーチケットをくれない、23時57分に撮影がはけると、自力で帰宅しなくてはいけなかった」「N○Kの楽屋はウナギの寝床みたいで、別格大スター様以外は、有名無名俳優も同じ場所で待機していた。洗面所近くだと大御所俳優と顔を合わす事になり、スタジオ付近だとスタジオ見学客と時代劇衣装で一緒に写真を録る事になるのでその都度、カーテンを開けて応じなくてはならないので辛かった」みたいな話になり、思えば若き日の私は容量が悪く化粧前は洗面所近くかスタジオ付近だったなぁ〜。などと懐かし話に興じていたら、誰かが「そう言えば大原麗子さんの春日局は凄かった」と言い、私は何故か、春日局の使者とか、春日局の側近の家
臣とかの役が多く、春日局役の大原麗子さんと撮影する機会がある時には緊張マックスだったなあ〜と思いました。やってる事は、「ハッ!」と言って平伏す御衣に」とかいう、類の簡単な役割でしたが、大原麗子さんが春日局に扮すると現場の空気が変わり、心臓バクバクだったと、当時の記憶が思い出され。ふと「大原麗子です、今日はよろしくね、貴方丹波さんとこの子?、化粧前が散らかってるわね」と言われ、怒られるのかと思ったら豪快に笑われて、怒られるより笑われてホッとした覚えがあります。で私は声色を変えて「大原麗子です」とモノマネじみた事をしたら、出席者から「似てる〜そんな感じだった〜懐かし〜」と好評をいただきました。そしてなんだかしんみりとした雰囲気になり「やはり大原麗子さん凄い女優だったよね、例え仕出しでも、彼女と同じカメラの前で共演できた事は大切な思い出だよね〜」といつしか、今は亡き大原麗子さんを偲ぶ会話になりました。改めて演技に対する彼女の姿勢とその演技力がいかに良かったかを再認識しました。ちなみに私は、洗
面所近くの化粧前で、待機していた時に、大原さんと他愛もない話題に興じ、こしらえもメイクも大原さん待ちにしてしまった事があるのでした。いまだから言えるエピソードです。それにしても、もうあの日本髪と和服が似合い更に絶妙な芝居ができる女優の演技がもう見れなくなると思うと、残念でならないとプチ感傷的な気持ちになった私でした。


2010年10月19日(火) 22:57

モリノス

「電球を取り替える…」。アラフォーにしてイタい恋愛真っ盛り中の友人K女史から愚痴長電話しました。友人K女史四十路間近にしてワケアリラブ数年進行中…。私からしてみたら、数年間ウダウダ結果が出ない=恋愛成就ナシ、好きなら速攻身辺整理をし、どんだけ忙しくとも血を吐いて這ってでも惚れてんなら女に逢いに来なさいよ、天城超えだよ時間を作りなさいよ派…。ていうか、恋愛スタートして一年たっても進展しない恋愛を続けるというのは、結局、己の総力を決ししたマスターベーションにすぎない。いい加減目覚よ諦めよと、K女史に言い放ったら、受話器の向こうから「貴方、女独りで部屋に帰り、スイッチ入れたら電気が点かないのよ、私は背も低いし天井まで、手が届かないから、彼に電話するの電球取り替えてって…グスングスン、でも彼は忙しいし家庭もあるから来れないのよ〜、来れないのわかっているけど頼んじゃうの電話しちゃうの、メールしちゃうのそんな気持ち男の貴方にはわからないでしょうシクシク」などと、まるでつかこうへいの芝居の台詞めいた
事を恨み節で私の意見に対しそれ〜?なコメント。そしてしばらくみっともないトークをした後に電話を終了したら、私の部屋の電球が切れました。お部屋完全暗転…。でコンビニに間に合わせの電球を買いに行ってさて、それを取り付けようとした時…。自力で天井にある照明器具に、手が届かない、踏み台代わりに椅子を用いてもカタワな足を持つ私は、椅子に足をかけたけど立ち往生。電球交換おろか、一旦登った椅子から自力で降りられず、でも電球を取り替えるには椅子の上で、健常な足で片足爪先立ちで電球をくわえ背伸びをしなくてはならず、独りサーカスか?電球交換しても自力で床に足をつけるのが恐怖の事態に陥った時、先ほどのK女史の電球交換のために男を呼び出す理由が違う観点で物理的に理解したのでした。最初は電球ごときで時間も構わず、自分の都合で男を呼び出す女もどうかと思いましたが、私が電球交換に往生しただけに、あくまでも切れた電球を取り替える為に、他人様にお願いするのはアリかも?と、思った次第です。ってこの感想変?。


2010年10月18日(月) 23:45

モリノス

「医学書コーナー」。明日の鍼灸師を目指す、私の後輩Nと本の町に行きました。で、閉店間際の医学書コーナー特に東洋医学書の並んである場所にて、ジワジワと湧き上がる高揚感…。専門書籍には色々な療術の本がまさしく売るほど並んでいますし、医学書コーナーですから筋肉や骨格、病理と興味深すぎな書物が並びスギ、私は普段自覚が無かったのですが、居並ぶ人体についての書き物宝庫に「ああっこのフロアの本を全部読みたいっ!」と感じ、私は色々ヲタをカジっていますが、実は真性人体及び病気ヲタクだったかもと、今更自覚しました。体が不調ですとネガティブな妄想しか浮かびませんしヤサグレ、そんな時にどんだけ励ましてもその言の葉は受け取れないと思うのですが、私自身が物理的に痛みと不自由な生活を強いられている割には、それらを友としちゃってる所があり、共存してしまっているので、どんだけ体がしんどくても「キヤハハー」なナチュラルハイな日々を送れているのはありがたい事でもあるのですがこの度、医学書コーナーにて思った事は、もっと病とか
痛みを勉強し、根絶や完治に至らずとも、緩和や、やはり病みとの共存を、お困りの方に適切に御意見できるように、意識していきたいと思いました。今冬〜春は、ゴージャス衣装で鑑定に一人悦に入り、夏はジャージで若者おしえましたが、秋からの私のテーマは、西洋東洋の医学の知識を学ぶ季節にしたいと思いました。と優等生な発言をしましたが、実は後輩Nが来年からの鍼灸専門学校に入学に向け、日夜精進してるというか、ど根性精進し過ぎているのを目の当たりにし、演劇の先輩後輩から、東洋医学の先輩後輩になる訳で、先輩に当たる私は、Nに何を聞かれても、毅然と応えられるようにしなくては、何故なら先輩なんですからと、勝手に鼻息を荒くしている次第です。後から来る物に先を歩くものは常に壁にならなくてはと思い、N相手に施術番長にならなくてはと無駄に息巻いている私でした。って、そんな所に焦点を合わさないで、自分の体調にキチンと向き合えよと、セルフ突っ込みもした私でした。


2010年10月18日(月) 0:06

モリノス

「幽体離脱を目撃!?」。今年も川越祭りに行って来ました。人混みロングウォークを想定し、トップアスリートの皆様御用達高機能制何チャラシャツを着て、ただ歩くだけなのに締めつけの強いインナーを装着し、現地に向かいました。この度のレツは落合スタッフの白石さんとMr.TT一家…。幼子3姉妹が、人混みに揉まれつつロングウォークできるか心配だったのですが、途中までは絢爛豪華な山車の競い合いを楽しみ、伝統的な祭事を満喫できていたのですが、とあるメイン四つ角で、おびただしい数の山車が揃い踏みし勝ち負けのない曳っかわせ合戦の渦中に巻き込まれ、身動きが取れなくなり、小さい子連れの私達は往生しました。山車が移動するのを待ち、やっと歩行出来るようになり、では一息つきましょうと、カフェへ…。チビッコ達は疲労しているだろうにハイテンションでアイスクリームなどを食べていました。その時、Mr.TTの三女二才マユが、アイスが口について気持ち悪かったのか「ティッシュチョウダイ〜」などと言うので、ふと彼女を見ると、アイ
スクリームは美味しいが、睡魔マックス…。その目は映ろなんだけど目力キマっちゃったカンジに口元はエクトプラズムに見えるアイスの汁…。そして束の間、目をあけたまま落ち、フワッとした状態になった時、目がイッちゃって「あっ!魂が抜け幽体離脱か!」と思った刹那に、いきなりマユのテンションはトップギア…。その後はナチュラルハイで終始アゲアゲ…。大人は疲れて帰途につくのにマユのテンションハイスパート。人間って何かの領域、極限に達し、それを超えた後に、変な力を発揮しちゃうのを目の当たりにし、畏れを抱きました。が、長女のナツは帰り際に、テンション萎え…「宿題やってないんだった…」とさつきまではアゲアゲだったのにズドンと落ちたカンジ…。この度の川越祭りは、少女年代別における祭りの後の感情を知る興味深い機会でした。


2010年10月16日(土) 23:40

モリノス

「宴…」。落合スタッフの一部と私の長い友人達と夕食会となりました。類友とはこのことなり…。出席者がスピ、ゲーム、等のコアなマニアで、初見の人達もいるのにヲタク話で爆裂トークとなりました。私はマニアックヲタピープル達によるオフ会的なモノはプチ苦手ゲスト感覚で混ざる立ち位置だと今まで思っていて、私はガチガヲタクではなく、たしなむ程度でヲタク達とも会話が楽しめるという、外側な立場という意識、上から目線、真性じゃないのよ的な距離感を保つのがモリノス的美学チックなカンジでしたが、この度、結局自分も立派なヲタクじやないかと、今更確認した次第です。


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