2011年2月18日(金) 0:55
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モリノス
「再会スペシャル!」。夜の池袋裏道無法無国籍地帯を徘徊していました。正面から紙袋を下げた仕立てのよいスーツにマフラーの中年男性が歩いていました。そして二人がすれ違い様に同じ動作で振り向くと「!」。「アッ!?」という事となり私は「S季の人ですよね?」相手は「あなたさんはEのっ!」。と声を掛け合いました。約二十年ぶりのお互い名前を知らないが、バレエ発表会とかディナーシヨー、ソシアルダンスのボールルームの現場で取っ払いの仕事を、当時彼は劇団S季、私は演劇集団Eの研究生であり、彼も私もそれぞれの組織の研究生で、研究生基礎科は仕事をしてはいけない規律があったのですが、事務所に秘密に日払いダンサーとして、あちこちに出没していたのですが、秘密に舞台に出ちゃうという後ろめたさで、現場でご一緒するダンサー達とはプチ距離をとっていました。彼も彼の事務所には内緒で、現場に出ていたようですが、同じような境遇だけどそれぞれ事務所は違い、どこのステージで会っても、なんか一線を引いてしまっていま した。よく現場で会い、くるみのパーティー場面とか、中国の踊りの時には一緒に同じ舞台に乗ったのに、終幕後打ち上げに参加すること無く私は、違う稽古場へ行き、彼とは交流がない状態でした。で、名前を知らない二人の中年男は最寄りの喫茶店で、近況報告となりました。彼はS季研究生時代に脳腫瘍ができオペをして後遺症がでて、演劇活動断念。地元に帰り物産展の企画の統括の仕事で上京したとの事。私は私で、脚をダメにしてから、占い師になったと、積もる話はつきません。話は当時お互いがどう思ってたかという内容になりました。私は「研究生とはいえミュージカル劇団なので、私はそんなに踊りは得意ではなかったので、ちやんと踊れる貴方にはコンプレックスを持ってました」と言うと彼は「俺はですね、あなたさんは人見知りか、新劇のEの生徒さんだけん踊りだけで進行していく舞台に違和感があり、困ってるような感じで、なんたが絡み辛かった」との事。二十年ぶりに解かれる誤解。で、当時変に牽制していないで、もっとお話しておけば良かったですね! となり。深夜まで今までの隙間を埋めるかのように、当時の現場での思い出話に花が咲き、近況報告もアリスギで、なかなか話はつきませんでしたが、昔の自分を知る、時には同じ板の上に乗った人間とバッタリ会い旧交を深めるというのも渡世の縁。 これからは友達になりましょうねワハハーと散会したのでした。
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