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2011年3月の日記
 
2011年3月16日(水) 23:18

モリノス

「今日の報告」。電車節電運行。いつもより早く出勤するべく早めに私鉄駅に到着。ほどなく来た電車はラッシュ状態。池袋まで到着すると、案外JRはすいていました。乗り換駅、高田馬場駅で下車。駅近くのビルの入口に出店する花屋に、通常の習慣で足が花屋に向かっていました。適当な花材を、オトメンイケメンな店員から買い「食えない花なんか買っちゃって、どうすんのさ」とセルフドン引き。せっかく買ったしと思い落合の駅に到着し、これまた習慣で行きつけのコンビニに入ると、愕然「商品がなーい」と滅入っていた所に「放射能を回避する為に、海外やら関西に避難した」と報告アリ。事務所に到着しまずは活け込み。気分がスッキリしました。近所の店が節電してるので、それではと私の事務所も、間接照明だけで後は電気をつけませんでした。こんな時局なのにはるばるとお越しいたお客様に感謝また。今日も強い余震がありましたね。


2011年3月16日(水) 0:51

モリノス

「今日の報告」。先日注文した遠近両用眼鏡を取りに新宿まで行って来ました。まずは自宅から眼鏡店が開店しているかどうかを電話で確認。営業はしているが閉店時間は未定との事。電車の運行も間引き運転(私は間引くという言葉は嫌いだが)。昼早めに出発した私ですが、思いの外順調に新宿駅に到着。駅構内には大きなカートとリュックにマスク姿の人が多い。地上に上がり眼鏡店へ歩行。通常より音が少ないシンとした新宿、新宿なのに。眼鏡店は半分シャッターを下ろし照明器具も最低限のモノだけ残して点灯のため薄暗い、他に客はナシ、ようこそツクシダ様と明るく出迎えてくれる店員さん、まさかとは思うが私が来るのを待っていてくれたようなカンジ。新しい眼鏡を調整中に地震、揺れる店内。店員さんも私も落ち着いて揺れが治まるのを待つ。私は「すいませんねえ、今日、うかがっちゃって早く店仕舞いしたいでしょうに、でも目が見えないとこんなときですから、早い方がよいかと思って」と言い、品物を受け取り野外へ。野外にしつらえた大型画面には、放
射能が埼玉東京で検出されたとの事のニュース放映。ふと私の知人友人からの、報道規制の真実めいた憶測話を思い出す。私的には報道はウソだなんだと、ヒステリックになっている皆様のお気持ちもわからないではないが、原発では今出来る事にベストを尽くしているスペシャリストが頑張ってる訳で、報道に関しても、他国語ではなく日本語で現在の状況を伝えているのですから、日本人が日本語の報道に不信をもつ事に対し違和感を覚えました。そんな事を思いつつ、新宿を徘徊し、帰宅の途につきました。放射能を警戒してか、ラッシュ時間でなかったのか帰りの電車も円滑に最寄り駅まで到着。スーパーにある大型ミラーに映る自分を見るとスキントラブル、そして、地震が起きてから手軽に食べれるモノを食べていてそれらはカロリー高し。鏡を見ると、太ってる自分が映っています。避難場所で食料不足でお困りの方々を考えると、太ってる自分に罪悪感を覚えました。地元最寄り駅から自転車で家路に向かうと、やはり節電を心がけたのか町がやけに暗い。自室に戻ると、携帯電話
なりっぱなし、セッションではなく、この地震で心折れた友人から、泣きの電話に応対、そんな時にまた強い地震発生、揺れる部屋の壁によっかかり、滅入った人々に応対。やはり報道と人から聞いた情報に混乱しているようでした。復興見通しつかず。そんな中でも出来る限りモリノス的生活の鮮度を保たなくてはと思った次第です。


2011年3月14日(月) 23:31

モリノス

「今日の報告」。朝起きて窓から外を見ると沢山の人々が自転車をこいでいました。電車の運行制限で出勤とか通学を自転車に切り替えたのかもしれません。私は神保町に私用があり、さてどうした物かと思案。無茶な事に早めに家を出て、私も神保町までチャリでとも考えてみましたが、実際に外出すると夥しい数の自転車集団がまるでツール・ド・フランスみたいなカンジで飛ばしているので、とてもその中に混ざれずチャリで神保町まで行くのを断念。最寄り駅で自転車を止めて私鉄へ。タイミングよく電車到着、思いがけず車内は閑散。思ったより早く神保町に到着。パソコン接続や充電ができるカフェで時間を潰す。お客達はPCを広げ、画面を見たり、かかってきた電話で状況を報告するような方々が見受けられました。カフェの中でやや強い地震発生。店内の人達はとくに慌てず、静かにしていました。待ち合わせ時刻が来たので、後輩Nと合流。Nはリュックにスニーカー、リュックの中身は非常食と水、頭に装着できる懐中電灯、コートなどが入っているとの事。なんと念入りな
と軽装な私はプチ苦笑。Nと用事を済ませ解散。本の町はいつもと事なり、賑やかなネオンや音が流れず、車の行き交う音しか聞こえない。都会の喧騒がないなと思い、水道橋まで歩く。すると、マスクにサングラス、重厚なコートにカートを引き手袋までして傘までさしてる異形の女性を見ました。水道橋を通過し東京ドームへ、日が暮れたかのちでは、ほぼネオンの類いが消えていて、そばに立つビルの明かりも消えていました。いつもは賑やかな地域だけにこの静寂は不気味。ふと鼻に違和感を覚え、鼻をかむと、埃とかであり得ないほど汚れていました。地震の後で空気にも花粉症とは違う、埃が舞っているのかと思い。今、根拠が確定できない情報が蔓延していますが、当分マスクは必須アイテムだと思われました。後楽園駅まで歩き、電車に乗ると、ギュウギュウ詰めの混雑。そして私鉄に乗り換えても本数が少ないのでやはりギュウギュウ詰めで、自宅最寄り駅に到着。駅前のスーパーに立ち寄ると、やはり節電しているのかいつもより暗い店内で商品を物色。ていうかフロアには売
り物がない。買い物客の会話を耳で拾うと「ガソリンが買えない」といった内容でした。そこに髪をひっつめた老婦人が店員に「お水はないの?困ったわ」と沈鬱に尋ねていました。私は見知らぬ老婦人に、お節介かなと思いつつも、「近くの自動販売機だったら、水はまだ買えるかも」と意見し、その老婦人と店を出て、水の売ってる自販機を探し、案外近い場所で、まだ売り切れてない水を発見。500ミリリットルのボトルを逐一百円入れて10本ゲット。私が持っていたエコバッグにそのボトルを全部入れて、停めてあった自転車の前かごにそれを積み老婦人の家まで運び、涙を浮かべて感謝されました。善行を気取った訳ではないのですが、自分が出来る事をやって、安心された様子なので、お役に立てて良かったと思いました。しかしながら、この非常事態の町をほぼ1日徘徊し、現実を見た私はさすがに疲労を覚えました。


2011年3月14日(月) 0:11

モリノス

「モリノス日記…」。この日記ではモリノス的生活珍奇天烈な出来事を毎日綴って来ました。だいたいがベッドに入り、眠剤を服用してから、携帯電話を開けてチャカチャカとその日に起きた出来事、思った事をザザッと文字を打ち込んで、パタッと眠りに落ちるといったカンジでした。翌朝自分の日記を読み、虚ろで考えた内容とか誤字や変な二重表現な文章を読んでは自分で苦笑。まあでも、それでもいいや、さあて今日はどんな1日を過ごすやら、そしてまた寝しなにどんな事を書けるのだろうと、思案し一人悦に入ったものでした。ですが、あの地震の後からしばらく、しかも長い間は、今起きてしまっている現実に対する感想や意見を記していく事になる訳ですが、今までのように、のびのびとした言葉では無くなってしまう事を悲しく残念だなと思っているのですが…。やはり私の脳とかテンションはどこかおかしいネジが足りないのか、大災害の渦中だというのに、お会いする方々とアハハーと自然に明るく歓談する度に、不謹慎な自分を戒めているのですが、私と会話している時に
相手の方が、最初は気丈にされているものの、目に光が無く、頬骨が下がったようなお顔つきであるのですが、他愛ない爆裂トークの間に、目の前にいる人が瞳に力が戻り、声高にアラーっオホホ〜などと笑顔見せてくださる度に、なんだかホッとしています。で、テレビやラジオで、これからの対策などを報じているのですが、それらの映像を見た結果、私ができそうな事は、恐怖を体験してこれからに不安を感じてしまっている人達と、お喋りしてその方達が少しでも気が楽になればな〜という事と節電だなと思った次第です。日付が変わりました。週もあけました。この時局でも生活していかなくてはなりません。私はかのような状況の中で、モリノス的テンションを保ちキープして過ごして行こうと思っている次第です。


2011年3月12日(土) 23:18

モリノス

「そしてまた今日という日」。今、まさにテレビでは進行している緊急地震速報が流れています。皆様も落ち着かない緊迫したお気持ちでいらっしゃる事とお察し致します。私の今日の1日。出勤前に沢山の友人から、モリノスはこのような事態でも落合に行くのだろうから、車で送っていくという、私の性格を熟知した友人達の電話に感謝しました。道路の状況がわからないので、私は杖を片手に歩いて出勤。昨日の地震で散らかってしまったり汚れてしまった事務所を片付けようと備品を調達に、地元のショッピングセンターに立ち寄りました。大型の店内の食品売り場は大混雑。水、カップ麺などを沢山袋に入れた人々が溢れていました。私はガムテですとか洗剤、接着剤、手袋を買いに上の階にエスカレーターで上りました。フロアに到着すると、その場はディスプレイはとり散らかり、壊れた売り物、割れたガラス、天井からブランとぶら下がった照明器具。とてもお客様が買い物ができる状況でないのに、テナントで入ってる店舗は、壊れた物を処理しつつも販売している感じで、店員
達も覇気のない笑顔でした。とある陶器を扱うコーナーでは、割れた花器とか和柄の茶碗などが瓦礫のように積んであり、それを撤収する店員はそれは悲しげな風情でした。ふと私は割れた陶器の中に、猫の縫いぐるみを発見、瓦礫の山からその縫いぐるみを掴み、店員に「これ買いますよ」とふと言ったら、店員は、破顔し目を潤ませてありがとうございす。と言いました。その後、猫の縫いぐるみを手に、私鉄に乗り乗換駅へ、デパートも閉店、地下構内も沈鬱な様子、その中に焼き栗を売ってる店があり、その売り子は、方針状態。で私はそこで、焼き栗を購入。店員はハッと我に帰ったように、凍てついた笑顔で応対しました。電車は動いているが運行制限。沢山の人々が電車待ちでホームに集まっていました。私は電車で行く事を断念。タクシーで落合に向かいました。早稲田通りで降りると、御近所の顔見知りのお年寄りの婦人にバッタリあり、お互いに無事だった事を喜び会いました。そしてシッチャカメッチャカな事務所のドアを開けて、さて片付けるかと手袋をした時に、ノック
の音が、ドアを開けると先ほど会った老婦人が「貴方、脚が悪いのに一人でお部屋を綺麗にするの?大変ね、私も手伝いたいけど、お役に立たないと思うのよ、だからせめて陣中見舞いよ」と、袋菓子の黒アメをくれました。この老婦人のお気持ちがありがく、心強く、一人でお客様が来るまでに、片付けられるだろうかという不安が払拭されました。その後、サクサクと、事務所を整え、お客様が来るまでにお部屋の体裁を整える事ができて、買った猫の縫いぐるみを飾り、焼き栗を口に運んでいるうちに、落ち着いて来て、こんな状況なのにセッションに来てくださるお客様に、冷静に鑑定する事ができました。今、まだテレビでは、終息しない地震の映像と状況を実況しています。なるようにしかならない。画面に映る、恐ろしい報道に翻弄される事なく、とにかく落ち着いてこの天変地異と向き合って行こうと思った次第です。


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モリノスの部屋