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2011年3月の日記
 
2011年3月26日(土) 22:20

モリノス

「今日の報告…」。木々や町の看板をグラグラと揺する突風の中、電動自転車で駅まで行きました。地震、津波、放射能の次は強風か…と凍風を頬に受けながらペダルを漕ぎました。髪の毛強風セットなスタイルになり電車に乗り落合に出勤。久しぶりにスタッフ白石さんに会いお互い近況報告をしました。セッションにお見えになるお客様が、差し入れとしてペットボトルの水を下さる。今や花も団子よりお水様、有難い限りです。鑑定中に友人達からメール続々アリ…。タバコが買えなくなるというお知らせ…。スモーカーには大打撃だろうと自分も喫煙習慣がありながらも思いましたが、私的には春先だというのにお花見会、歌会、茶会、社交が延期に中止な昨今、手持ち無沙汰下戸な私は人寄せの時の一服をしていないのでタバコの本数減ってるし、こんな事態にタバコ!、無駄な贅沢だったと少しだけ戒めました。仕事が終わり帰宅、日中は今現在今後のニュースを聞けない見れないので、テレビをつけると、なぜかそこには昭和を歌で支えた歌姫、今や天界で歌女神になっていらっ
しゃる歌手の、当時の東京ドームでのコンサートの映像が流れていました。私と同じ股関節の難病を持つ当時の歌姫がフィナーレ時に長い花道を歩く。私はこのシーンが好きであり、他人事じゃないので、大激痛を耐えながら華麗な衣装で、顔色がひどい事になりつつも、ビッコにならぬよう、優雅に歩く姿を見るにあたり、その痛みが理解できるだけに恐怖を感じるのですが、歌姫の苦痛を顔にひとつも出さず笑顔で観客の声援を受ける姿を見て、なぜか滝涙…。そして、これまた奇天烈なのですが、このシーンを見るとおっかなくなるのですが、同時に励まされるのです。地震から半月あまり経過しました。皆様も精神的消耗のほどははかりしれないと御察し致します。私はこれからどんな事があるにせよ、堂々と闊歩し、元気に皆様とお目文字そうらんと思った次第です。


2011年3月25日(金) 23:22

モリノス

「今日の報告…」。出前に鏡前に立つと白髪三昧!。この時局のストレスで白髪増量?、いやいや昨年末から髪を染めていなかったのだったと気づく、ふと、この際このままにしておいてまばらに白髪スタイルでイコウかなどと思いました。出勤時、高田馬場ロータリー近くの自販機でプチ悶着に遭遇。ベビーカー三人ヤングマダム達が、飲料会社の作業服を着て、車から商品を販売機に補充している時に、その車内に硬水ボルビックがあるのを発見したらしいマダムの一人が、作業服の若者に箱詰めにしてあるミネラルウォーターを譲ってくれませんか、お願いですお願いします。と直談判、続いて後の二人も地面に頭がつくくらいな勢いで懇願していました。ベビーカーには赤子しかも三人、作業服の若者根負けして1ケースをマダムトリオに渡していました。赤子を持つお母さんにとっては買いだめするなとか独り占めなど考えている余裕もないし切実で恥も外聞もないのでしょう。不謹慎ながら非常時に鬼子母神を見た気分になりました。落合に出勤、セッションを受るお客様も、混乱
も落ち着きまた予約のお問い合わせを多くいただきありがたい限り。で、落合の事務所、節電営業。暗い室内とエアコンを切った状態で、お客様にはコートを着たまま、鑑定を受けていただく事になりました。4月から私の母校じみた東洋医学の専門学校(今や短大なんですと)に入学するスタッフ、パワーストーン職人Mr.TT、四十路にして新一年生が4月から使う教材持参で、出勤。私は先輩面でその教材を見て、うんちくのひとつを言おうと思っていましたが、その教材を見て愕然。二年で学べる内容を三年に水増ししたカンジで、教科書なのに、これじやどうやって勉強し学ぶのか?読んでもグダグタじゃないかと、東洋医学専門学校の授業に不信を持ちました。その後Mr.TTの家族と合流し、食事をして解散。自宅の近くまで車で送ってもらい、歩いていたら、地元の古い知人に遭遇。知人はチャリで前籠には、小さいサイズのミネラルウォーターのペットボトルが沢山入っていました。近所中の自販機をチャリで周り、まだ残ってる水をあちこちで買い求めた
との事…。その知人の妹が出産間近という事で、とにかく水を確保しなくてはと夜の暗い町に点々とある自販機に立ち寄っては売りきれてない、水を買い集めたとの事でした。知人はガメツイとは自覚していながらも、じっとしてらず、あちこちの自販機を回まらずにはおけなかったと言っていました。こんな状況下ですから、なにをどうしてよいかわからなくなってしまう気持ちもわからないでもないなと思った私は、彼の行いに否定も肯定も持論も言わずに、寒いのにご苦労様と言い、自宅に戻りました。


2011年3月24日(木) 21:51

モリノス

「今日の報告…」。白衣に眼鏡マスク姿で、整体院の受付に一日座る。私の何台かある携帯電話、着信もメールも鳴りっぱなし…。とにもかくにも大混乱しちゃっているのが、放射能と飲料水…。患者さんが待合室に集い、御自身達の地震で受けた経験や感想、被災地に身近な人々がいる方は、現地の様子を話して下さり。患者さん各々は知らぬ中なのに、緊急対策情報交換の場となりました。私は携帯にもメールにもシカトをキメ込み、マスク姿をいいことに(私がマスク装着しているのは放射能よけではなく、ホコリやインフルエンザ予防対策)、患者さんの御意見に対し相変わらず、コクコクと頷き顎以外は仏像と化し、聞き役に徹します。皆様話したいだけ話した後は、結局頑張るしかないと自己解決した後にお顔に覇気が戻る。私的にはコクコク頷きながら心中は、スピリチュアル系ピープルにおける、なんちゃら水、水のエネルギーを変えるなんて事を学んでいる人達よ、今こそ出番じゃねーの?などと、思っていました。そんな時にラグジュアリーホテルからDMアリ。震
災特別宿泊プランの提供の案内。なんだかこんな時代に安く泊まれても、今の所必要なしで即破棄しました。私には守るべき家庭も幼子もいないので、こんな非常時であろうとも、御自身が生んだ子供達なのですから、いかなる状況、放射能水を飲用しても乗り越えられる、たまさかなんかしら被爆発病してもそれに向き合える力が子供にはあるのだと信じていただきたいと思うのと同時に、不謹慎ですが、貴方の精子と貴女卵子の結晶の末に、生まれた子を信じてくださいよと、無責任に思った次第です。


2011年3月23日(水) 22:45

モリノス

「今日の報告…」。出勤前に私用を済ませるべく、板橋にある一階は商店やクリニック、二階から上は住居という昭和に建てられたビルに行きました。窓にヒビ、水道管亀裂に応急処置ガムテ&ビニールで補強。ボイラーのあるクリーニング店は地震の時に機械が故障し、預かっていた衣服水浸しで休店。今になって尚、東京も被害が大きい事を目で確認しました。事務所のトイレットペーパーが切れていたので、駅近くのスーパーに立ち寄ると、ラスイチあったので購入。私鉄に乗り、JRに乗り換え高田馬場へ…。ロータリーでは、早○田OBによるライ○ンズクラブなる、シルバーエイジな男性陣が募金を呼びかけているのだが、仕立てのよすぎるコートに腕にはマンションの頭金になりそうな時計に、ラグジュアリーブランドの靴といった装いに違和感を覚え、私は募金をしませんでした。メトロに乗ろうとすると露店で営業している花屋のオトメン店員に声をかけられ、この時局に花など愛でている場合ではないのだが、売れ残り三昧の花材を見て、一束お付き合いしました。事務所に到
着すると、おっつけてスタッフ金田さんが久しぶりに出勤。再開を喜びました。落合駅近く早稲田Stは左右に何かしらの店舗がアリ、近隣の商店の呼びかけてもあり、早稲田Stを活気づけましょう!だから節電しても店は開けましょうとのお達しに従い、落合の事務所も、主な照明を落とし、エアコンも消し、営業。スタッフ金田さんと近況報告をしている時にスタッフMr.TTも出勤。時間がタップリあったので、薄暗いフロアで、エンジェルボードに興じる。不思議な事に三人とも同じ所に賽の目が止まり、その結果がポジティブなモノだったので、根拠のない安堵を覚えました。夕刻小雨が降る。ニュースでは都内の水に放射能検出という事を報じていました。事務所を早仕舞いして、私は陶芸教室へ。師匠も参っている様子。陶芸なので壊れ物ばかり、更に今後も暫くは釜に火を入れないとの事、悲しい限り。生徒は高年齢一人住まいの方もいて、ロクロを前に粘土に向き合う事もせず、それぞれが経験した、地震の恐怖を話はじめるが、こういったストレスを口に出して話
し合い、それを聞き合うというのも、腹に不安を抱えているより吐き出した方が楽になるので、私は皆の話をコクコク頷き聞く。帰り道、小雨からみぞれになっていました。私は急いで電動アシスト自転車をこぎ、家路を急ぐ。街灯も消した暗い道を走っている打ちに、布団針状のみぞれが顔に体に刺さるように当たる痛いしびしょ濡れ。体が凍えて濡れる指先が真っ赤になっていく。東北の被災地の皆様はこれ以上寒く凍える場所で避難をしているかと思うと、何もできない自分の無力さを痛感し滅入る。昨日聞いた気仙沼中学生の卒業式の答辞が甦る。「天を憎まず運命に耐えます」。天変地異はまだ終わっていない。私に出来る事を行い、自分も運命に耐えると自身に宣言する。運命を耐えた後に新しい形で皆様が元気に日本で暮らしていけるイメージを持ち、それを信じる事にしました。いかなる時にも太陽は昇る!。


2011年3月22日(火) 20:24

モリノス

「今日の報告…」。今日も私用で都会に出る、昼下がりの駅構内は節電で暗い。メトロに乗ろうと階段を降りるのだが、薄闇の口の中に入っていくような気分になります。電車に乗ると一瞬突然電気が落ち真っ暗になるが、すぐに灯りがつきました。ざわめく車内も電車が走り出すと落ち着きを取り戻します。車内を見ると通年の今頃は、寒くても春物を颯爽ときた人々が見受けられるが、冬物にローヒールといった装いに統一な感じです。ふと、モリノス的生活パフォーマンスの部、華美な衣装に私専用ライト(フェイスライト)、ピンスポット、目眩く照明や音響の類いはもう再現できないかも?と思いつつも、特に未練じみた感傷気分は覚えず、この時局に歌舞音曲を生業とする友人達の、今現在から近い将来まで仕事が暗礁に乗り上げめいていると、こぼしていた事を思い出す。確かに歌で希望を踊りで元気をと建前ではかかげるけど、今現在の状態では被災に物理的に役立つ物ではないし、と表現者達の今後を憂いながら、目的地に到着。打ち合わせまで時間があるのでお手軽
なカフェで時間を潰す。店内、ここでも節電のため暗くて寒い…。コートを着たお客さん達は紫煙をくゆらせ、自分のPCや携帯などを広げ、各々作業をしていました。打ち合わせの時刻になり、とあるビルへ。室内にいたら、ピシッ、ミシッ、キキッとラップ音めいたモノが聞こえた後に、ほのかな余震。建物の構造上の都合か、先に音からくる揺れもまた気味が悪い。用事が済み、帰宅時に私鉄に乗る、急停車じみた感じで電車が止まる。車掌のアナウンスによると強い揺れを感じたため、安全確認のために緊急停車したとの事…。家路に急ぐ、乗客達に不安の表情が見えます。が、運転再開。車内からヒステリックな会話が聞こえる。未だいつ終結するか見通しがつかない今、平常心でいられなくなる気持ちにもなるでしょう。地元駅に降り、近くのショッピングセンターに立ち寄る。夜になっているせいか、更に町は暗い。店内のモニターで、被災地の体育館で避難した人達を回りに囲まれ、中学校の卒業式の映像が流れていました。答辞なのか卒業生らしき学生が、涙をこらえきれず「天
を恨まず運命に耐えていきます」といったような言葉が耳に入りました。中学卒業生と言えば15才。15才の学生に、天を恨まず運命に耐えますというフレーズを晴れの卒業式に言う事に胸痛む。だが、よわい15にして、天を恨みません、運命に耐えますという言の葉を口にできる画面に映る見知らぬ若者に脱帽した次第です。彼の決意の答辞に四十路の私に渇が入ったようです。


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