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2011年4月の日記
 
2011年4月20日(水) 22:32

モリノス

「落合節電営業の特典…」。早稲田通りで路面展開している店舗は申し合わせ的に日中は看板、店内の主な照明は消して営業しています。最近は薄暗がり室内も慣れてきたのですがやはり暗く覇気のないカンジが気になっていました。先日、観葉植物リュウビンタイに新芽が出てニョキニョキと成長しているのを見てから、ふと思いつきリュウビンタイが飾ってある棚に、生花しかも白ベースを何ヵ所かに配置してみました。蛍光灯が消え、乳白色の間接照明の中で生花の白盛りは、案外明るく見えます。未だに復興の見通しがつかない今現在、どれほどの時がかかるかは計り知れない訳ですが、電力の供給に明るい兆しが見える時まで、落合の事務所には白ベースの生花をアチコチに配置して皆様をお迎えしようと思っています。


2011年4月19日(火) 22:38

モリノス

「喫茶店にて…」。時間潰しにと思い、都会の駅ガード下の喫茶店に入った私なのですが、入口にて、店員と客が口論中。風体の悪いオーストリッチ風味な真っ青なセカンドバックを持つ男が、俺のケツモチがどこだか言ってやろうか、どうの息巻いているのです。だいたい自分のケツモチがなどと吠えちゃってる段階でイタい人なのですが、何があったか知らないが店員の胸ぐらを掴まんばかりの剣幕…。店内奥を見るとサラーマン客が、見て見ぬふりの無関心。まあ巻き込まれたくもないでしょうと得心し、対応している責任者らしき店員を見ると、表面上はシオシオとしていましたが、かなり落ち着いていて「すいません、今後気をつけますペコリ」とシレッと慇懃無礼な対応。また、今時昭和のサンシタ風情に怖がる事もないだろうなと思っていたのですが、店員がおとなしいのをいいことに、調子に乗った客は大音声で聞くに耐えぬ罵詈雑言。で、私はモリノス忍術「不気味」を放ってみました。私のこの時の装束は乱れ髪にマスク、黒革ジャケットにアーミーパンツに、ブーツイン。一
見すると、バンドとかゃってる人の普段着な感じ。私は斜視にして焦点さだまらない目にして、調子に乗るやかましい男をジーっと凝視し、店員ではなくその男に「アイスコーヒー、ガムもクリームもいりません、席は喫煙席で」と右肩を落として言いました。いままでトンパチやっていたのに仲裁に入る訳でもなく、お客として当然のリクエストを虚ろな声で述べた所、その男は、今までペラペラと啖呵じみたモノを切っていたのにも関わらず、急にオーラが萎え、店員にまるでドラマみたいに「覚えていやかがれ明日も来るからなっ」と急ぎ足で店の外に出ようとした時に、私の肩にぶつかったので、私は倒れるでもなく、逆に男に抱きつくカンジで声色を息も絶え絶えなテイで「アイスコーヒー、ガム抜きクリームなしで喫煙席で」と繰り返したら、男は違う意味で私が怖かったようで、無視してそそくさと退散。ああこれでやっと座れるとテーブルに座りまた今度は店員に「アイスコーヒー、ガム抜き、クリームなしで」と頼むと、店員はかしこまりましたと声を震わせて言いました。ふと
気づくと、元々店内にいたサラーマン客達は無関心を通り越して、石地蔵のように固まっていました。ヤ○ザモドキな客とは路線が違うアブナイ人と思われたようです。自分的にはよかれと思ってした小芝居が裏目に出て、その後、喫茶店で落ち着かない一時を過ごしてしまったのでした。


2011年4月19日(火) 0:54

モリノス

「渋谷にて…」。二年ぶりに俳優養成所時代の同期Rと会いました。Rは私の唯一無為稀少な旅友です。Rは現在、美容全般の仕事を多角的に経営しつつ二児の父として家庭を守り、自分の時間も過ごし、近々購入した超高級にして高層20階のマンションに住むという、この時局に羽振りよく神当たりな生活をしています。彼は常に勤勉と遊びを両極端に持ち、抱えてる社員まかせではなく、常に現場に出て自らもお客様の前に率先して立つという勢力家でもあるのですが、基本的には自分中心主義。私も自己中。で旅先においても、せっかく海外に共に行ってるのに、お互い自分勝手な行動をし、相手の立場を考えない、旅先での時間的共有をはなから考えてない。例えばハワイに彼の会社の社員研修旅行に共に行った時も、ホテルにチェックインした途端に別行動。だが、極自分勝手同士が一緒にいるとまるで化学変化を起こる、あるいはあまりにも自分のペースで過ごすうちにちよっとは悪いかなみたいな感を覚え、逆に想い会う的な不思議なフィット感があるのです。でてんでバラバ
ラに行動しているとどこかでバッタリ会い、じやー飯でも食うかと偶然合流した途端に旧交を暖める的な感じなのです。この度は震災後という事もあり、いつ会えるかわかんないから、食事でもと待ち合わせをしたのですが、だいたい何時頃に渋谷にて待ち合わせとだけメールでやりとりしただけなのに、即合流できちゃう段取りの良さ。会うなり「久しぶり!」でもなく、Rは私の髪を触り開口一番「痛んでないし、よくパーマもかかってる」と言い、それから爆裂ヘアケアスキンケアサプリメントトーク。そのままこ洒落た居酒屋へ。近況報告の合間にまた、サプリメント談義、私も若作りですが、Rもサプリやヘアケアスキンケア商品に金を使っているので、その効果も金かけただけあり、異様に若い…。中年だてらに若作り年齢不詳生活臭なしの二人が揃うと、居酒屋のお客様達に注目される事となりました。私は「R?さすがに私も若作りだけど劣化は認めているので、どうやって年寄りにチェンジしていいか見当がつかないよ」と言うと「ツクちゃん70才になっても、変わらない
姿で、こうやって会おうよ」などと永遠に美しくか?な返事をします。それは年に抗うのではなく、自然な形で健康に年を重ねていこうじゃないかと聞こえました。やがて頃合いな時刻となり、解散別れ際に、いつか日本の情勢に兆しが見えたら、またどこか旅に行こうじゃないか!と決起。ここ昨今の将来の見通しが私的についていて、それがあまり良いイメージではなかったのですが、Rとの一時により、己の心に活気が湧いてくるのを感じ、昔苦楽を共にした、カッコいい自己中Rとの時間に、私の体に活気が出てくるのを体感しました。持つべきモノは友人なりと改めて得心した私でした。


2011年4月17日(日) 23:15

モリノス

「私の友人達…」。震災から1ヶ月が過ぎた今頃になって極親しい友人達から、次々と連絡アリ…。それぞれにあの恐怖の日から今に至るまでの経緯を談義。ふと携帯電話の話となり、全員がいかにスマートフォンが使えないし使い物にならないと閉口しています。思うに、これはスマートフォンが悪いのではなく、類は友といったテイで、モリノスではなく素の私の友人達がアナログや、機械音痴が揃い踏み、かつ流行りもの飛び付きピープルであるとこの度得心し、やっぱ僕達は選ばれしモノだから、あんな昔のハッキンカイロみたいな代物は使えなくて当たり前なのさと、逆ダメ選民意識を共有し、結局はスマートフォンの機能を使いこなせない、覚える気がないのを棚に上げ、傷を舐めあったのでした。


2011年4月17日(日) 0:59

モリノス

「虚ろ…」。この度は暗黒プロレス組織666の大会に出演して参りました。午前11時すぎ、強い余震…。会場のある街に到着すると、海に近く埋め立て地である場所は、かの震災時に地面が液状化したのだと思うのですが、すえた匂いと砂埃で足元が滑る道路に驚愕…。被災地はこの何倍もの状態だと思うとやりきれない気持ちになります。バックステージに入りお支度をしていると、室内の空気も埃っぽくコンタクトレンズを入れた目も痒くなり往生しました。ふいに咳き込む私…。「!」腹に力が入らずっていうか咳をすると右脇腹が疼くので、ゴホンとしっかりとした咳ができず、コホッコホッと小刻みに咳を分割した途端にナーバスになる私…。「お腹が痛い?ような気がするっ?いやいや気のせい気のせい」と右下腹をさすりました。いざ本番。花道に立ちふと天井を見た途端に頭真っ白…。プロレスというのは四方にお客様が座っていらっしゃる訳で、高い天井には重たい照明器具が沢山ぶる下がっています。その光景を眺めてしまった私は「もしこの状況で地震が発生してし
まったら、お客様をどのように誘導するのだろう?」という考えが頭によぎった瞬間に、集中力切れ、リング上の私のマイク、噛み噛みシドロモドロ。がーんトチったぁ〜とシオシオと花道を後にする私でした。でこの度は出番がいつもより多かったのですが、集中力が切れてしまった私は、衣装も化粧もしているのにフワフワと腑抜けのようになっていました。終了後、メイクを落として帰り際にファミレスに寄り遅い夕食、店の鏡に映る己の顔色の悪さにびっくり…したとたんに鈍痛を覚える右下腹部…。このような時勢にわざわざプロレスの会場に足を運んでくださったお客様でありますのに、覇気のない様子をお目にかけてしまったと反省。が、666のメンバーと久しぶりに会え、私はグダグタでイケてなかったのですが、プロレスラーの皆さんが元気な様子を見て、安心しました。地震後の影響が残る街を見て気持ちが萎縮するとはなんと気の小さい自分だよ、普段の気丈さはどこへ行ったんだっ!と己を叱咤した次第です。


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