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2011年4月の日記
 
2011年4月15日(金) 21:59

モリノス

「桜の絨毯…」。昼下がり、電動自転車を漕ぎ、遊歩道を駅に向かい走行。遠方にまるでピンクのカーペットを敷き詰めた地面に、桜舞い散り乱れる幻想空間、翳り行く日向の自然光の下。桜の花びらを手にした幼女と、その花弁を両手にかき集めては天に放ち、桜吹雪の中でクルクル回るチビッ子少年、またその脇には赤子が背伸びをして桜の幹を触り、その様子を心配そうに見守る女人アリ。その光景はそれは美しく、なんと綺麗な人達だと感心し、この天災により悲しい日々を過ごす中、桜と戯れる親子というのはなんとも、まるで白湯を飲んだように心が温まり、いったいどんな人達なのだろうと、自転車を早漕ぎして近くに寄って見ると、遠くから美しく見えた情景は、土埃を浴びてハイになってるチビッコは甥の子1号一年坊主。桜の花びらを小さな手に持ち愛でているように見えたのは、目力マックス目つき悪しな甥の子2号幼稚園年中。子熊のように桜の木を触っていたのは、甥の子3号鼻垂れしかも乾いてカピカピ、桜と遊ぶ三人の子を優しく見守っていたかに見えた女人は
甥嫁、しかも「ちよっと!止めなさいっ汚れるでしょっ!もうっそっちに行ったら危ないんだからっ」と叱っているのを確認した私は「チッ、ウチのガキ達か!遠目で見てなんと尊く美しいと思って損しちゃったよ」といまいましい気分になりつつも、自転車を止めて、しばしガキ達と遊びました。葉桜になった木々を見ているうちにある光景が脳裏によみがえりました。あれは今は亡き父が、最後の帰宅を許された時、秋の終わりでしたか…。しんどい体でゆっくり歩き、遊歩道へ…。そしてまだ咲いてない初冬の桜並木の木を一つ一つ、触り「ありがとう」と言って回っていた情景…。私は甥嫁とその子供達に「またね〜」と言い、駅まで自転車を漕ぎます。そして長く続く桜の絨毯と桜吹雪の中、心の中で「父よ、大地震が起きました、だけど貴方が愛した遊歩道の桜は今年も満開です。貴方の曾孫は貴方が大好きだった桜咲く場所で、子供らしく遊んでいますよ、彼らがもう少し大きくなったら、この場所は貴方のひいじいちゃんがよく来た場所、この界隈の桜はひいじいち
ゃんが大好きだったのだよと教えて聞かせようと思っています。」などと一人つぶやき。来年もこの桜が咲いて、また父の曾孫達が、キヤハハーと子供らしく遊べますようにと祈念しました。


2011年4月14日(木) 22:46

モリノス

「安心…」。実は密かに先週末からプチ虫垂炎に往生していました。最初は病んだ股関節の痛みかと思い、足は動くのに疲れる、腹に力が入らない、冷や汗が出るといった症状に試しに自分でマックバーネー点を押すと陽性…。ガーン盲腸かもぉ〜と思いつつも、今週末に控えている暗黒プロレス組織666に出演予定の私は、この程度の症状なら自然治癒をと放置。日毎に下腹部の内側からくる痛みも楽になっていきましたが、やっぱり気になるので内科へ。医師いわく虫垂炎だと思われるがオペの必要まで至らない、投薬で治まるでしょうとの事で、なら日にち薬ですなと思い、普通に日常生活を送っていました。そして今日はPNF筋力トレーニングの背術日…。お腹痛めてますからと前もってトレーナーのS先生に申し送り…。きっと今日はマイルドなトレーニングにしてくれるだろうと、たかをくくっていましたが、そうはいきません。お腹周辺の筋肉にS先生の指が入ると、疼く疼く…で、私は「うーむうーむ」と声に出して痛いですとアピールするのですが、S先生は「痛いでしょう
ねニヤリ」といったテイで容赦がないのですが、臓物が腫れているのですから、無茶押しは厳禁。ですが腹部の形態構造に熟知するスペシャリストの押圧は患部によって起因する硬直する部位を緩めていくテクニック!。背術後には頭を上げ下げしてもお腹のヒキツレ感が消失。おお助かったと安心したのですが、アレっ?、病んだ股関節のリハビリという目的で、PNF筋力トレーニングを習慣にしているのに、お腹とか顔面でお世話になってるという不思議感を覚え、オールラウンドな療法だ!と感動した私でした。試しに、この次には「あの〜。頭が悪いのですけど」とリクエストしてみようかと?…。


2011年4月13日(水) 23:42

モリノス

「袋猫…」。友人Kは、集合住宅の内装ですとかリフォームを手がける会社に勤めているのですが、この震災で仕事の段取りが全て狂い、なおかつ修繕の依頼も資材の手配が間に合わず大変だとの事でした。しかし一番往生しているのが飼い猫…。Kが飼っている猫は血統書や稀少な種類のものではなく、片耳は裂け、尻尾もカギ形で模様も味噌にぎりみたいなカンジのフル雑種なのですが震災当日、一匹でKの借りてるマンションにてあの恐怖を体験して以来、猫だてらに情緒不安になり、Kが立つだけで尻尾をパンパンに膨らませニヤオーンニヤオーンと甘え鳴くのだそうです。でありえない事にKがとった行動は、たすき形の袋にそのドラネコを入れて通勤しているのだそうです。勤務先も粗相しなければよいと寛大に認めてくれて、オフィスでは机の上とかエアコンの下とか西日の当たる窓際でぬくぬくと寝て、また、袋に入れて電車に乗る際には、グーグーと寝ているとの事…。私は「けしからん!畜生の分際でっ甘やかしてるっ、ていうか袋猫出勤を満喫しているじゃないかっ!
、猫の小芝居にまんまと騙されているっ!いまいましいっ」と矢継ぎ早に叱咤したらKは「独身の私にはマルチャンだけがよりどころなんですもの〜」などと猫バカ発言、私も猫バカなので気持ちもわからないわけではないのですが、Kの携帯の写メに袋に入れられているのに満更でもない顔をしているマルチャンの画像を見てプチイラっとしつつも、笑いが込み上げ、アンタもようやるわいと感心しました。多くの人死にが出てるというのに、お猫様大事というのもどうかと思いますが、袋から頭を出しまるでウットリしているようなマルチャンの顔を見ると自然と口元がゆるみ、ドハハーと笑ってしまいました。


2011年4月12日(火) 22:22

モリノス

「過去の贅沢…」。お湯をふんだんに使う茶藝。茶葉にお湯をそそぐだけでなく、茶器や道具、茶葉をゆすぐために大量の清潔な水を使うのですが、この余震や放射能汚染に怯え暮らす昨今、お茶の香り味を楽しみ分かち合うという、一服の静を愉しむという時間は、過去の物となったようで、寂しい限りと贅沢な愁いを感じておりました。今やどんだけ趣向をこらした美味なお茶より、即飲める安全なミネラルウォーター…。余裕がないのは当たり前なのですが、これまでに集めていた稀少な茶葉の出番はないのかと思いますと残念です。とはいえ私的には茶藝だけでなくそんなに過去の様々な贅沢な時間に執着はなく、今残された物の中で楽しみを見つける事それを喜ぶ事に意識を切り替えています。どこへ言っても話題になるのは今までの日本の政治の進め方や、震災や原発の段取りのグダグタ報道規制に、噴飯談義ですが、終わっちゃった事にクダ巻いたり、批判的なコメントをインターネットに書いたりする人々を見るにあたり、今まで諸事無関心だったのに今頃何様だ?と違和感を覚え
たり、戦争時の原子爆弾の被害と原発の今後を同じ土俵で論じたりするのも私からしてみれば、ズレてる感を覚え、ポーカーフェイスで否定も肯定もしていないのですが、願わくは茶盤を囲み和やかにお話をする機会は今後無くてもよいので、水道水を片手に、こんな悪い世の中であっても、毎日の生活の中で嬉しい事があった、癒えた、感動した、笑えた、泣けたと会話できる事を心がけたいと思っている次第です。


2011年4月11日(月) 21:52

モリノス

「また強い余震」。私用で早朝から都会に出掛けました。代官山…。この地はとても静かでしかも震災前から、メインストリートも虫歯のように閉店していましたが、かの地に住む友人によると地域上、外国人とか富裕層が多く住まう町なのか、震災直後から関西やら外国に脱出した人も多く、通学している子供を持つ家庭は4月に帰ってきたけど、3月中は人気なく、スーパーなどは水も物資もあったので助かったとの事。その後赤坂へ、取り壊しが決まった赤プリが被災者の皆様を受け入れるとの事で、昭和のお洒落ホテルしばらく可動。私的にはこのホテルにて若き日、ボールルームでソシアルダンスのデモンストレーションをさせていただいた思い出の場所であり、華麗な衣装とライトでパソドブレを踊った場所が、今や天災で地獄を見た人達の避難所になっている事が、寂しくもあり、また良かったとも思い複雑な気持ちになりました。次に永田町から本の町の某ビルへ…。時は夕刻窓をバラッバラッと雨が叩き、しばらくすると建物が縦揺れというか対角線状況にスライドしたかと思っ
た途端に、建物が回転するような、大きな揺れを体感しました。私は、そのビルを出てそぼふる雨、傘持たずでメトロの階段を降りましたら改札口混乱。強い揺れを感じたため、電車の運行が止まっていました。ガーンついに私も帰宅難民か?と思案していたら。私の隣にいた老婦人が、誰に聞かせるわけでもなく「私、また歩くのかしら?歩けるかしら、外は雨が降っているでしょう…、お婆ちゃんだって放射能は怖いのよ雨の中、私歩けるかしら」と言葉の最後には可愛そうにオロオロ声になっていました。私はお節介ながら「奥様?、お宅はどこですか?ああ、茗荷谷なら、歩けますよ、私のコートも貸すし、一緒に途中までお供しますよ、それにもしかしたら、運転も再開するかもしれない」と言った途端にホーム後方からガタンガタンと電車が来ました。私は「電車動き始めましたね?、乗っちゃいましょう!」と老婦人ともに改札に歩いたら、老婦人が私のビッコウォークを見て「貴方!お足が悪いのね」と言うと今まで、シオシオとしていたのに、ホームで待つ沢山の乗客
に「すいませーん、足が悪い方がいまーす、先に乗せてあげてくださーい」と甲高い声で呼び掛けてくれました…。困ってるお年寄りのお力になる気満々だったのに逆に老婦人に助けられ、無事に電車に乗る事ができ、帰宅する事ができたのでした。


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