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2011年4月の日記
 
2011年4月25日(月) 23:04

モリノス

「庭園と教会」。広大な森と庭園を持つ、私が大好きな場所にて、色々なスペシャリストと時勢を語る会に参加しました。定刻より早く着いた私は、あふれる緑の中で光合成。庭のベンチに座って物憂げにしてみたりと落ち着いたこれまたこの時局に贅沢な事と思われありがたいと思っていたら、雷鳴小雨ふと前方に教会アリ…。雨宿りにとそこまで行って見ると礼拝堂は静寂。しばし椅子に座り、これまたまったりとしていたのですが、どなたもいない礼拝堂で独り大人しくしていると、教会の関係者の方でしょうか?静かに声をかけられました。懺悔や告白の誘い?とビビり「なんでしょうか?」と聞くと、教会の小冊子をよかったらどうぞと渡されました。その方の様子が好印象だったので、それをいただき外に出て雨の上がった庭園のベンチへ行き、冊子のページをめくっていたのですが、森で気持ちが穏やかになり、教会では敬虔になりという、これはまた贅沢な事であったと感謝した次第です。危険住宅建物が夥しいと聞きます、場所と空間との一時も貴重なものとなりました。


2011年4月24日(日) 21:45

モリノス

「無茶…」。友人達と時勢を語り合おうと集いました。場所は、もんじゃお好み焼き・要町豊福…。地元最寄り駅まで電動式アシスト自転車で行きメトロに乗って要町駅まで〜と思ったのですが、たかが数駅道は一本道チャリは電動式!と、ええいと地元駅から要町駅までチャリをこぐことにしました…。タクシーだとあっという間の距離であるのですがいくら電動式とはいえ、チャリはチャリ…。いつまでたっても要町に着かないっ。息もゼーゼーハーハーとペダルを踏み約10キロの道のりを走行しました。待ち合わせ場所でメンバーの顔を見た途端に「自転車できちまったよ、ああっ帰りの事を考えるとツラいっ」と息巻きました。メンバーも無茶な事をと呆れた様子。いざ豊福のテーブルに着き焼き物、お好み焼きをパクパクと食べて、時勢トークならびにそれぞれの体験を語り美味しいお好み焼きを食べては口元もゆるむが、会話は固いといったカンジでした。私的には大切な友人が大好きな豊福でお好み焼きを前にしゃべるという機会が、ワイワイと分かち合う様にありがたいと思
い。食事を楽しんでいました。宴もたけなわ散会になった時、皆はメトロへ、私独りでチャリ帰宅…。やだぁーと思いつつもスイッチを入れて電動式アシスト自転車を走行させました。夜の町を見ながらママチャリ走行。途中ではお屋敷の石塀が崩れていたり、寺を通過した時にチラッと見たら古い墓石がドミノみたくなっていて、関東地区の地震の影響をつぶさに見学し、帰途に着きました。帰宅したら足は疲れ腕も疲れ往生しました。たかが10キロとはいえその往復って足腰悪い私からしたら無謀だったと痛感し戒めた次第です。


2011年4月24日(日) 0:29

モリノス

「一期一会、こまどり姉妹…」。仕事が終了し、ノリでスタッフ金田さんと白石さんと初老だてらにカラオケに行きました。最近私が大切にしているのは「時間」。この震災津波放射能という惨事が現在進行形の今、どんな一時も、もう二度と経験できないかも?、将来を案じているよりどんだけ他愛もない事でもその一時を大切にし感動する事。考えてる暇はないので考えている時間より実行と些細な事から大きな事まで、とにかく貴重なのは時間、今の時間を生き感じ喜怒哀楽正直にと、思っている私的には、遊びのカラオケも今やありがたい時間。もう落合スタッフとカラオケに来れない可能性があるのですから。我がショローズ達のカラオケの選曲の出鱈目膨大に楽しみ、金田さんと白石さんが、唱歌のうに歌う様子はまるで由紀さおり安田なんとか姉妹のようで可笑しい限り…。次々と曲をリクエストすると、今現在の東京で暮らす自分達の状況を彷彿とさせるフレーズが出てくる度に、目が潤みまた、言の葉の力というのは良くも悪くも、心に影響をもたらすものだと思いました。時間
の経過と共に金田さんと白石さんの喉が加齢による疲労を起こし二人で歌うと由紀さおりと安田なんとかだったのがこまどり姉妹みたいな声になっていました。こんなくだらない事でも笑えることはありがたい事な訳で、落合のこまどり姉妹の歌ももう二度聞けないかもねと思うと、感謝の境地に至ります。散会し、金田さんから借りたDVD・エンジェル・ヴオイセズの映像を見ました、曇りひとつない白衣を着た天使そのものの少年達がソプラノで「聖霊よ来たりたまえ、天の御使いを送りたまえ」と唱和しているのですが、その様子と言葉を見た私は瞬時に双瞼から滝涙〜。声に出す言葉の威力とその影響力に圧倒。今日は声、言葉を受け止める良き時間を過ごせました。


2011年4月22日(金) 23:05

モリノス

「ゆるむ方法…」。震災から1ヶ月以上経過した昨今。大きな被災は免れたものの関東地区に住まい、働き学ぶ人々は今までの日常とは違う毎日を送り、これからの二次災害三次災害に脅え暮らしている訳ですが、いろいろと制限がある中、今時期は平気そうにしていても、感情面ではイライラしたり不安になったりへこんだりし、身近な人間と他愛もない事でトラブったりしがちになると思われます。最近私は、久しく連絡をとっていない友人達と連絡を取り会う時間を意識的にとるようにしています。今日も中学から付き合いのある友人Sと、地元駅で合流し談義しました。震災時に自分が経験したこと、それから後起きた出来事を交互に話していくうちに、脳にたまった鉛のような澱が溶けていきます。信頼のある友人と、これからについて、昨今の報道の是非を論じるより、自分がどんな思いをしたか、この酷い日々の中で感じた事を自分の胸にしまわず話し合うだけでも、充分に落ち着けるという心地よさを体感しました。暗がりの駅で散会。ふと「もう会えないかもしれないから、今日
会えてよかった」と漏らしたらSは「アンタそれ洒落にならないよ」と言われました。 私はSと別れタクシーにそこで心中にて「この末世を何年間かかかってもしのいだら、再会し祝福し、生き抜いた自分達を喜ぼうじゃないか」と思いました。皆様、滅入った時に友人と会い会話すると心がゆるみますのでお試しあれ!。


2011年4月21日(木) 23:41

モリノス

「夜の自転車置場…」。PNF筋力トレーニングに行ってきました。この度は施術台の上にて、いつものごとくトレーナーS先生に体を操っていただいていた所、股関節のロックが緩和され屈伸屈曲などが滑らかになり、初老なのにまだまだ蘇ろうとしている自分の萎えた部位に脅威をカンジました。帰宅時、昨今の事態をあれこれ思案していました。また強い地震がやってきたら?。脚は徐々に良くなってきてはいるものの、駆け足までは至らないっていうか、逃げれない。避難時には絶対に健常な皆様に心配と迷惑をかけるな〜。ウーム…。そうするといっそ動かないで、揺れた場所で大人しくジッとしていた方が、いたずらに歩き回るより良いかも?。しかしどこかの建物内にいて揺れたら、私も人間ですし、ジタバダと逃げあがくだろうなどと、イメージしつつ、電動アシスト自転車を置いてある、2階建て有料駐輪場に足を運びました。室内に入ったその時、携帯電話に警報音が!他に人影はなし。即、ミシミシと建物中が鳴り、並んで置いてある自転車達はお互いをぶつけ合いガシ
ャンガシャンと音を立てています。さらに自転車が倒れプチ将棋倒し、埃っぽいなと思うと、天井から埃が砂のように細かく降ってきます。その様子暗がりという事もありポルターガイストめいていました。そして私のとった行動は…。その場であたりをキョロキョロと見回し、自転車が置いてないスペースに移動し、おとなしく立っていました。揺れが治まり、倒れた自転車をよけながら、自分のチャリを押して、料金を払うと、ドアは中途半端に開くのですが、全開しない、私は、足の屈曲屈伸を利用して鉄柵状の扉を足蹴にすると、ブーンと音が鳴り扉も開き外にでれました。実際に強く揺れると自分は動かずジッとしてる派だったなと思うと同時に、屋内仕様2階建ての有料自転車置場ってかなり安普請で、ここ頻繁に続く余震毎にちょっとずつ壊れているっぽいので、利用するなら一階出口付近だなと思った次第です。自転車を生活の足として御利用の皆様、自転車置場結構危ないので御注意下さい。


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