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2011年8月の日記
 
2011年8月26日(金) 23:47

モリノス

「豪雨…」。昼下がりのセッション中、バラッバラッという音と共に雷音がドカーン!ドカーン!と部屋中に鳴り響き、ザザーッと滝音ですか?的な大雨。ていうかそれが恐怖の序曲。殴雨の野外にお客様をお見送りした数分後に落合事務所大パニック!。しっ浸水…。事務所横の鉄の扉を開けると洪水が室内になだれ込む!。慌ててドアを閉め、ギヤーツと一人雄叫びをあげて入口の方へ向かうと早稲田Stが濁流化していて、行き交う車はタイヤが水で埋まり見えない、夥しい雨が大蛇と化身し、交差点をゴウゴウとうねる。やがでマンホールの口が開いちゃって、噴水状態…。ドアを開けようとしたらあかなーい。歩道まで激流川となった水が扉を押さえつけあかなーい。震災の時のように事務所に私独り…。ゲッ!。ピンチかもねと思っていたら、近所にお一人暮らしをしている、おみ足の悪い老婦人が、カーキの雨合羽姿に、大きな米袋を二つ肩に背負い、来店。白髪もしとどに濡れて事務所に入ると「土嚢よ土嚢!。アンタ足が悪いんだから、重た
いと思って、家に置いといた土嚢を持って来たから、玄関の前に積みなさい」と言います。私的にはこの老婦人足腰悪くたまに車椅子で町を闊歩しているだてらに、重い土嚢をウチの事務所まで至難の技で運んでくれてありがたいのと自分の土嚢を持ってるって、凄いと思い、では共にマイ土嚢を玄関前に積みましょうぞと、米袋チックな土嚢を持とうとしたら、まるでアーミーな扮装に見える老婦人が「アンタ、足が悪いんだから重たい物を持ってはダメよ」と言うのですが、私の心中「御親切ありがたいけど、足腰悪い貴女の方が土嚢積みってありえないけど」といった気持ちでした。物理的に老婦人と脚の悪い私が土嚢なんて持てないじゃないかさと、思っていた所に、水飛沫を上げて颯爽と車でマネージャーK登場。パンツスーツにヒール姿で、次々と入口と鉄扉の前に、いとも軽々にサクサクと土嚢を運んでくれました。一安心する私。ひとしきりの雨が治まり、マネージャーKは老婦人邸まで御用済みの土嚢を車で運んでくれました…。いやあ〜エライ目に遭ったわいと思いつつも一安
心。まだ残る雨の景色を見ながら、御老人がまずは私の所に駆けつけてくれた事にたいしありがたいと思い、豪雨の途端に事務所にかけつけて女だてらに土嚢運搬してくれたマネージャーKに感服した次第です。


2011年8月25日(木) 23:18

モリノス

「アッチを憩えばコッチが…」。最近の私は、傷めた患部をそれは大事に大事に扱い、手負いの野生動物が傷が癒えるのをジッと安全な場所で身を隠す的な生活を送り、深部の痛みが軽くなって今に至ります。そして今日は待ち遠しかったPNF筋力トレーニングの施術日でした。今日に限りJRの運行も遅れて、私鉄に乗り換えようとしたら、沿線内のどこかで火災発生との事で、電車止まってました。今日は五当日。道路も混んでいましたが、とにもかくにもPNFの研究所にいかねばば!。と焦り、タクシーに乗りました。運転手が観戦道路を外して、少しでも空いていそうな道を選んで住宅街走行。だが、十分の遅刻となりました。私は現場には早めに着いていたい性分なので遅刻にセルフドン引きぷち心折れ。トレーナーのS先生に申し訳なくシオシオと施術台に身を横たえました。まずは傷めた患部にS先生の押圧が入るのですが、先週のような悶絶もなく、おおやはり、体は休めるものだ、ああ良かったよと一人悦に入る私。この度は私が予約時間に行けなかった事もあるのでし
ょう。下半身はS先生、そして、同じくトレーナーのM先生にバトンタッチとなりました。初めてM先生に施術していただくわりには、特に緊張もなく身を預けたのですが、M先生の押圧が背中肩首に入ると声を殺して「ヌハッ、ウームウーム」となったのですが、上半身の滞りが緩和されるのを体感した時に「あれーっ?あんだけガラスの股関節他、体を養生してたのに、何でこんなガチゴチなのかしら?」と思って「!?」。そうです!。思えば先日のプロレスの興行にていつもは地髪でカシラを作っていたのですが、この度は三つのウィッグを頭に載せ、重たい挿物とかティアラを装着し横着し、軽くピンだけで止めていたので、興行中は頭が重くグランとしてしまうので、その都度頭を押さえたり、鬘三昧の盛り盛り頭を手で支えていたので、その時の負荷が首肩背中にキチャったのでしょう。M先生の丁寧かつ強烈な施術を受けながら。足は大切にしてたけど上半身までは気持ちが回らなかったわいとプチ反省しました。脚の養生に過敏だったのに上半身はガチゴチだったとい
う、私の体の休め方のトンチンカンさを反省した次第です。


2011年8月24日(水) 23:27

モリノス

「和服の挨拶…」。私の後輩にして明日の日本一の女流鍼灸師を目指すN。先日、私用にて本の街に出向いた時に合流しました。胸高に帯を締め、衿も胸も抜かずの引き締まった和服姿で登場のN…。その姿は大正時代の女学校のコンサバな教師、あるいは亡き夫の仇討ちに出向く武家の後家女のような素晴らしい似合い方!。私は何事ぞ?とNに聞くと曖昧に宗教的な微笑みを返すだけ…。はて?お茶席の帰りか?見合いかと懸念しつつも、日頃大変お世話になっている、本の街のヌシであり東洋医学のスペシャリストの某先生の所に二人揃って伺いました。するとNは「盡田先輩に御紹介いただき、今日で御世話になって、一年目になります。盡田先輩に昨年夏から指圧を指南いただき、それから☆☆先生の御縁をいただきました。私にとっては今日は特別な日なのでオメカシして御挨拶に参りました」とソソと言い、私と☆☆先生に内熨斗のかかった菓子折などを渡します。私的には鼻高々〜。先輩の私に恥を欠かせない着物の正装、立派な挨拶でした。思えば彼女は今年の鍼灸学校新学
期に向け猛勉強、☆☆先生の元でも、舞踊界における内弟子的なカンジで精進してきました。私は彼女の和服姿を見て、感慨深く思い、これからも邁進しますという気迫が伝わってきました。私にも恥を欠かさず、☆☆先生に礼節をつくすN。彼女の和服姿にこれからの、精進と勉強に勤しむ決意を見た気がしました。こういった礼節を大切にするNを誇りに思いました。


2011年8月24日(水) 0:52

モリノス

「毒蛇クリームとチャン・グンソク親子」。再会スペシャル!イン・新大久保…。荒川靜さん親子と新大久保ド渦中韓国料理屋、無鉄砲で食事する機会に恵まれました…。駅にて靜さんと合流、数年ぶりに会ったというのにお互いの近況報告をする訳でもなく、オカマ同士チックなトークで、コリアンストリートを歩きました。で怪しげな店にて「カタツムリクリームの次は毒蛇クリームだ!」というキャッチを二人で目にした途端に靜さんは「アタナ、毒蛇クリーム買いなさいよ、アナタらしいわよ毒蛇ってカンジよアナタ」などと言われて、手の甲に試塗りしていたら、つられて見知らぬ中年女性が便乗。私的には毒蛇というネーミングがツボに入り、危うく買いそうになりました。そしてしばらく歩くと韓流スターグッズを売っている店にて、靜さんが「アタシ、チャン・グンソクに似ているのよ他人とは思えない」などというので、店先でチャン・グンソクのポスターて靜さんを交互に見た結果、物理的にパーツが似ていて、姉弟レベルの近さに達している事を確認して、大笑い
。そして無鉄砲に来店。遅れて来た今や中学生に達した、靜さんの息子であり、グレードメディスマンの子供でもあるN君と合流…。そして彼の顔を見て、偉大なる大酋長の面影とやはりチャン・グンソクに似ているN君を見て、大笑いしそうになりました。コリアン街で韓国料理、同席はチャン・グンソク風味な親子と卓を囲みワイワイと、三人で談義しました。靜さん親子は先日の舞台を観劇していただいたのですが、N君が「パパ舞台良かったよ」とボソリと言った時には涙腺ゲートオープン。とにかく片腕を天に預けて生まれてきた彼の、逞しい成長を見て、感慨深く涙をこらえてお食事をいただきました。食後は無国籍地帯を散策…。私とN君は熱い夜でしたが、ベタベタとくっつき歩きました。そして今や観光地化したドンキホ○テに行き店内を徘徊。私はN君に「最近全然会って無かったし、お誕生日だってお年玉だってあげてないから、お店の中で欲しいモノがあったら買いなさいよ、プレゼントだよ」などと巻き舌で言うと、彼は目をキラッキラッさせて遠慮も物怖じもせず、欲
しい物を物色。ソレを購入して、会計。店を出て、一息入れましょうとフアミレスへ。靜さんが中座した時に「あのさ、パパ?前からずっと欲しかった物を買ってくれてありがとうね」と言われちゃったら、ウソパパな私だって天にも昇る嬉しさが込み上げます。それからは、もう私から彼にピッタリ張り付き隙あらば、おでこやらホッペにこの子が赤子だった頃のようにチューのチャンスを狙ったのでした。夜も更け、皆でタクシーに乗り込みました。隣に座ったN君は私に体をピトッと預けてお喋り。甘えられて嬉しいなんておかしい変?と思いつつもその心地よさに私の心は、久しぶりに癒えるという言葉を使わず言うと、癒された一時でした。N君も中学生、これからはサシで将来の事、恋愛の話なんかもできちゃうかもね〜。なんて思ったら、ウキウキしてしまった私でした。天におられるN君の父、フィル・クレージーブル様?、貴方の子供はすくすくと育っています。今夜は彼に貴方の面影を見ました。貴方はダデイ、彼は私をパパと呼んでくれます。そしてパパはいつもカッコいい
んだと言ってくれてるみたいです。今年日本は散々な目に遭ってしまいました。こんな世の中でも大人になっていくN君です。私も不自由な体だてらに、N君にとっていつまでも、カッコいいパパでいたいと思っています…。ああっ!。アンクルっ!。お亡くなりになるのはいささか早くございませんでしたか?。本当に本当にN君は大きくなったんですよ!。天からしたらそんな様子も見えるんでしょうね。でも…。今の彼を、五体を持って血潮が流れている間に見て欲しかったです。きっと自慢だと思いますよ!。とプチ感傷的な気持ちで帰宅したのでした。


2011年8月23日(火) 0:19

モリノス

「666の優しさ…」暗黒プロレス組織666別冊(?)、新宿二丁目プロレスに出演して参りました。舞台で極酷使シズギた一週間後のプロレスの興行…。私の体は今調整中…。自分の体は大丈夫か?と不安が広がっていたのですが、私の体調を思いやって下さり、完全モリノスバリアフリー更に、666の代表にして私の妹分、彼岸花毒美が気を使ってくれ、本編中私は自己紹介のみで後は実況席にて酒池肉林試合を観戦するだけという出演でした。大概のプロレスラーはあちこち体を負傷しています、痛みがわかるピープル三昧にて、私の事を配慮してくれたのでしょう。って事で出演したのにナニもしない私は、充分にMFのメイク用品を屈し、顔を念入りに綺麗にこしらえ、そして特に要求もされていないのに、Tバックに網タイ露出高しスギ背中ばっくり開け、ミニスカワンピ(プラチューのおかげで今は美肌)、休憩後には衣装も変え、存分にイベントを楽しみました。優しい雰囲気の中、遅くに帰宅した私ですが、体のどこも傷んでいません。普段は過激危険
ヒールな組織666ですが、スタッフ及び選手の皆さんはとても素敵だと改めて思った次第です。


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