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2012年2月の日記
 
2012年2月19日(日) 21:23

モリノス

「日記」。ふと思いつき、これまでのモリノス日記(2005年からスタート)を、読み直しております…。で、赤面!。今現在とヤってること思考が全然変わってナーイ!。話題と言えば、買い物、美肌、衣装にウンコ漏らしネタが繰り返されていました…。でセルフ予言の書!。四十路前の私は、腹筋とかで洋服が似合う体系を維持したいが四十後半になったら、プラセンタ注射やエステがあるから自分の事だからそれに頼るでしょう的な事が記されていて、まんまとプラセンタ注射常用、エステではないが即結果につながる美容皮膚科神殿乱用という現在のゴージャス他力本願な今日この頃…。人間は死ぬまで成長と進化していくという詭弁をアッサリ否定し、今から七年前から思考が変わってない自分に呆れ戒める一方、生活や性格が改善されてないんだからそれはそれでいいじやないさとプチヤサグレ次第です。日記とは己を知る習慣だわいと、つくづく得心しました。


2012年2月18日(土) 22:39

モリノス

「花壇対策」。落合の事務所の外には、いくつか花壇があり、建物のオーナーが好きな木々とか草花を入れてくれていたのですが、最近はオーナーが忙しかったり寒かったり高齢だったりで、二つの花壇は雑草生え放題、春を待たずに枯れてしまった枝物もアリ…。そこに最近、異物アリ…。出勤する度に荒れ地花壇にビールの空缶と栄養ドリンク剤の瓶が投げ捨てられているのです。この寒空に缶ビールを野外であおり、勢力剤を飲んでいる人物とは何者ぞ?。少なくとも私が出勤する曜日には空缶&空瓶が、殺伐とした花壇に投げ入れられています。しかして、かろうじて生きていた枝物もビールとユンケルの残液にヤラレて枯れちまったのだと思われます。おのれ空缶空瓶捨て人めっ!。まちぶせしてスタンガン?あるいは丁寧に呪ってみるか?と思案し「!?」、とある作戦を思いつきました、名付けて「貴方の良心に問う!」…。私は出勤前にデパートの園芸売場に行き、苗物とか枝物の類いを夥しい数を購入し、花壇に植える、そうすればきっと空缶空瓶捨て人も、花壇
としてきちんと成立している場所にはポイ捨てもしない、あるいは、春のはかない花々が花壇に咲いていたら、汚したら悪いと思って、空缶空瓶を捨てないかも?と考えた訳です。いざ園芸コーナーへ…。ん〜、珍類の欄に、高潔に見える盆栽に、新種のサボテン…。これってガーデニング素人が植え替えても大丈夫なりや?と思いつつも、寒いし適当に見繕って店員を呼び、路上の花壇に植えるのだけど、枯れませんか?と聞くと、私が選んだ植物は全て高額、そして丹精込めて育てないといけない繊細な植物、植木マスターでないと扱えない難しいモノだと言います。確かに欄には、ナンチャラの白妙とか嶺のナンチャラとか、厳かな名前がついていました。で、買うのを断念(五鉢の合計4万円強)、売場を去ろうとすると、桐箱に入ったりシャベル(植物ナンチャラ道具と記されていました)。匠によるシャベルで姿形に威厳があり、育てるのが面倒な植物を買えないなら、道具だけでも…。っていうか元は刀鍛冶の末にあたる職人のシャベルを使ってガーデニングが
したいっ!。と、本来の空缶空瓶捨て人撃退という趣旨から、名器で花壇に植え込みたいと思考はズレました。で、店員にシャベルを買いますと言ったら、お客様がなさりたい植え替えならもっと安いモノで充分かと思いますよと言われて、プチモリノス閉口…。で、植物もシャベルも買わずデパートを後にしました。そして高田馬場の商店街で見つけた、ボロい花屋にて、根物の草花を発見し、適当に大人買い…。「!」えーっ、百貨店で売ってたセックスの体位みたいな名前の欄一鉢にも、満たない安すぎな価格(二千円弱)さらに、沢山買っていただいたからと、シャベルとガーデニンググローブをオマケにくれました。でいざ落合の事務所に到着。草花植えるなんてした事が無い私は、黒いロングカシミアコートにガーデニンググローブをはめて、花壇を掘り起こしては適当に買った草花を植えていったのですが、ふと気づくと早稲田通りのそことこから視線をカンジました。道行くピープルがシャベルを持ってる私の姿に、足を止めて見ているようでした。私の頭は
妄想モード突入、その1・花壇をメチャクチャに荒らしている不審者。その2・小動物の死骸を埋めてるか掘り起こしているキチガイ。その3ナニかイケないモノを隠すために埋めてる犯罪者。このいずれかに思われているのでは?と疑心暗鬼スピリット降臨。私は聞かれてもないのに、道端で私をジロジロ見てる人々に「花壇が寂しいので植えてるんです、ガーデニングですアハハー」などとハイテンションで言い、速攻で草花をシッチャカメッチャカに花壇に埋めました。その出来映えは老人会園芸サークルによる、花壇の飾り付けみたいなモノになってしまいました。どうにかこうにか荒れ地花壇に草花を植えたのですが、果たして空缶空瓶捨て人の動向はいかに?そして出鱈目に植えた植物は次回、出勤した時に枯れないでいるのか?。とそんなことを考えていた次第です。草花が枯れちやうのは仕方ないにしろ、もし空缶空瓶が捨てられていたら、次は秋葉原あたりの電脳街に行き、花壇に触ったら高圧電流が流れる的な(精神病院の塀とかに張り巡らせてあるコード)ブツを
仕込んでみようかと、企んでいますが、もしそんなデンジャラスなコードを花壇に配置したら、最初に引っ掛かる獲物は自分だという自信満々な私でした。ええ、モリノスの奇行は健在です。ダメ?。


2012年2月17日(金) 23:08

モリノス

「雑然と整然空間」。今日は久しぶりに落合のスタッフ林さんと、会いました。思えば狭い事務所を五人で使ってますから、それぞれが稼働日を調整し工夫し今に至ります。日にちがぶつかると三人が同時に鑑定という事が起きるのですが、お客様には窮屈なカンジかと思われ、どうにかならないかとプチ思っていました。で、林さんにその旨を話していたら、私も林さんも即実行な一面があるものですから、相談している途中から室内模様替えとなりました。今まで窓際は私の茶藝の遊び場とかパワーストーン職人が在籍した時とか、新人占い師腕試し窓際張り見世仕様ご覧あれ道行く人よ的な箇所にだったのですが、最近は入口なのに荷物私物置場化していたので、思いきってこれまではスタッフのバックステージ談義のコーナーを窓際に寄せて、窓際にあった事務机を奥に交換してみました。重たい家具とか机、備品の移動だてらに私と林さんのコンビは素晴らしい手際にて、あっという間に部屋の雰囲気が変わりました。私は個人的に、香港は香港島、ランカイフォンからソーホー辺りの、
クリエイティブ空間といえば聞こえがよいですが、一体何売ってるのか、どんな商売なのかまるでわからない、路面に骨董が陳列してあるのでアンティーク屋かと思い入店したら不動産屋だったり、絵画のギャラリーかと思いきや茶館だったり、雑貨店かと思いきゃ、得体の知れない飲料を売るジューススタンドだったり、なんと申しましょうか、好きなものを雑然と飾って、自分の商売を自由にヤってる感が羨ましくもあり、この度の模様替えにより、そんな好き勝手空間がより好き勝手度アップとなりました。近頃の私はモリノス的スローライフ実践中につき、新しくなった雑然としてるけど緊張感加味そして少し広くなった空間を仕事で使うだけでなく、私用、類友軍団に召集をかけ奇天烈ピープルによる宴会のひとつもやってみたかったりと、密かに企んでいるのでした。


2012年2月16日(木) 23:34

モリノス

「立体裁断とか仮縫いを思い出す」。シーチングを半裸にまとい、裁ち鋏が首元や股間に入りショリッと音を立てて、必要でなくなった布が床に落ちる。そしてマチ針が、体のラインスレスレに打ち込まれて行く…。そしてまた数日後に同じ作業を行い、動いてみて変な皺とかヨレがない事を確認してから、本布で衣装を縫い、仮止めした針一杯のコスチュームをまた着て本縫い…。このしみったれた末世では今やあり得ない舞台衣装のオーダーですが、バブル期から崩壊した数年の間は、贅沢な事に御誘い頂いたパフォーマンス出演の時にはこうして、お衣装を作って貰ってました。モチロンその代金は主催側が払ってくれました。イベントが終了しても私の体仕様にこしらえた衣装は他の誰かが着れないので、よほどケチな興行元でない限り、タダで引き取らせていただきました。今日はPNF筋力トレーニングの背術日だったのですが、病んだ患部は元より、日常生活疲労で硬縮した部位の筋肉とか腱、ヨレた靭帯を、細かくトレーナーのS先生が調整して下さるのですが、背中の肩甲骨患部
ですとか、右臀部のつまった箇所に押圧が入ったり、正確な位置を特定し牽引して頂いたりしている内に、まるで人体に仮縫いを施されている感覚といいますか補正されている気持ちになりまりました。ボディラインとか体の歪みに応じて、マチ針の位置とか、布の高さをその都度変えていく工程と、近してイコールな気分になった私は、時間をかけて本衣装の布に鋏とピンを打つ最終形態のごとく、病んだ患部だてらに、自骨で使えるボディの完成形をイメージした次第です。仮縫いに時間をかけるほど、優れたコスチュームが仕上がると思ってる私的には、ハンデのある体ながらも、それなりの本衣装というか、抽象的ですけど、体にフィットした筋肉を目指し、ソレを完成させて行きたいと思っております。体は衣装じゃなく生身ですから、日頃からの意識も更に重要と、帰りの道すがら考えた私でした。まあ簡単に言えば日常無理無茶しなきや、いい話でもあるのですけど…。


2012年2月16日(木) 0:11

モリノス

「震撼して共感して自覚再認識」。落合のスタッフ金田さんから頂いたアメドラDVD「ニップ・タック、マイアミ整形外科医」この一連のシリーズのDVDが借りるより安い価格で売っていたので、シーズン4まで購入したのですが…。とにもかくにもナニかワケがあって美容整形をしに来る患者を中心にそれに携わる医師とか家族の本音と実態をデフォルメしたカンジでドラマは進むのですが、結論的にキチガイ大集結闇々祭りな内容でして、人というのは何かしら悩んでいたり苦労していたり、悲しみや苦痛、孤独を抱えていても、日常をいかに普通〜に暮らすかを他人様に気を使いながら生きていると思われるのですが、そのような真っ当なピープルがこの作品を見たら、時には憤ったり、滑稽さに笑えたり、アンタそれだから寂しくなっちまうんだよと失笑できたりするのでしょうが、私がこのドラマを見ていて着眼点が違うのは、身勝手エゴエゴな登場人物の奇行や暴言にダメだなコイツと思うのではなく、ゾッとしてその気持ちわかりますおっしゃる通り!と得心共感してしまう
、まるで人でなしじみた主人公とかに、モリノス仮面を脱いだ時の私の本心と相通じスギで、洒落にならないよと思いつつ、変な感情移入してしまっています。人間は一人では生きて行けない、孤独を感じたくない、誰かと分かち合いたい、死に対する恐怖とどう折り合いをつけるかと日々心痛を多かれ少なかれ意識していると思われるのですが、このドラマはその核心をうまいこと脚本で表現しているのですが、私が欠落している、孤独という意識がない、むしろ独りの方がこの上なく楽、死に対しても変に冷めていたりしている事を、このドラマを見て確認しちゃった時に、人間以外の動物は、孤独も死も病を自覚しない、逆にそれを感じられるのは人間だけ、大切な人を亡くしたという感情も人間のみとなんかの書物に書いてあったのを思い出し、私の思考って、動物じみているかも?と思い、私も人間でありますが、動物レベルの無神経さを持っているっ?という自覚が脳裏によぎりつつも、だからこそ日常を奇天烈かつ、繊細を装いタフでいられるのかもねと思った次第です。


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モリノスの部屋