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2012年3月の日記
 
2012年3月15日(木) 23:44

モリノス

「痛みの閾値」。昨今の私は新たなる痛みと友達になっております。地の底から突き上げ、ペンチで爪を剥ぐような股関節深部の恐ろしい痛みは軽減され、関節の稼働域は広がった分、体が動いちゃうモノですから、つい養生しているつもりでも使っちゃうので、ニュー痛みは右足を地につける度に骨盤がまるで割れたようなキツーイ痛みが背中から頭の先まで貫くカンジで身震いしているのですが、なんと申しましょう、二十代後半から痛いという人生を送り、今に至るので、痛みの消失を願ってやまないのではなく、レレッ!。今度はソンナ痛みだねとハイハイと認めているのですが、今日はお馴染みPNF筋力トレーニングの施術日でした。トレーナーS先生の鬼圧が、現在の痛みの根源チックな所に入ると、ソレに連動したかのように身体のアチコチにチリチリと痛みが走るのですが、施術台の上で目を閉じ、己の全身がどうなっているかをイメージすると、おおっ、ココソコがそんなになっちゃってると、こう硬くなるのか?、逆に普段足をこんなふうに使えば、痛みを逃がせるので
は?と、思案しました。最近はモリノス的スローライフでしたが、春から先はやはり忙しくなります。身体の使い方を更に意識してうまいこと自分の身体を操りたいと思っている次第です。っていうか、普通の人はちよっとでもどこかしら痛いとへこむと思われますが、私の場合は痛くて苦しくても当たり前ですがそれが何か?な思考の末に自分って痛みに強すぎ象が踏に踏まれても痛いけど平気、あるいは鈍感?、痛みに強スギ特殊能力か?痛みをカンジなさスギ体質かも?とプチ葛藤した次第です。


2012年3月14日(水) 23:58

モリノス

「師匠のフットワーク…」。仕事が終わり、電動アシスト自転車をこいで、都内だてらに草深い地域にある陶芸教室に行きました。大地震から一年たち色々と大変だったねと談義してた矢先、携帯に警報音、ラジオからも今や皆様にもお馴染みな、嫌に耳に残るキロリンキロリンという音が鳴り響いた途端に、地面が垂直に落ちたような感覚になったその刹那!。古い家屋の教室がガタガタと揺れました。アラ古希である陶芸の師匠は、スライディングハイスパートで二台ある石油ストーブを消し、あり得ない速さで扉を開け、い並ぶ陶器の作品を養生するという荒業を揺れが治まる約1分間の間に行いました。教室がある場所は地盤も悪く旧家屋の上、急坂というか崖の中腹にあるので、都内の震度は3という事でしたが、体感的にはそれを上まるカンジでした。ラジオでは地震は落ち着いたが、しばらく注意せよ的な事を言い、弟子もなんだかプチ不安な気分になりつつも、師匠はどこに仕込んでおいたのかヘルメットまで用意…。大きな被害は無かったので大袈裟かとも思える老師匠の行
動でしたが、いざという時のしなくてはならない対応が迅速スギで、脱帽した次第です。


2012年3月13日(火) 22:59

モリノス

「マッチの落ち着き」。先日、私が最近売られているライターの、スイッチ?レバー?が固くて、年老いた指先には力が入らず往生してる、いっそマッチか?と日記に書いたのを見ていただいたお客様から、大量のマッチ(茶葉を用いた渋いのと、アンティーク調のデザイン)をプレゼントされました。で早速、一服つける時に頂戴したマッチを利用しているのですが、マッチを利用するのはスモークを愛用しはじめた十代の頃ですので、手間がかかります。っていうか、ライターはたとえ固くとも便利は便利!。ナニかしながら無造作に煙草に火をつけられる訳ですが、簡単な分、所作が乱雑乱暴になります。が、マッチはマッチに火をつけ火が灯されたのを確認してから用心して煙草に着火、その後にマッチの炎が消えるのを見極めてから、やっと一服を得られるのですが、だいたい煙草を吸う時は、気を落ち着けたり、脳が煮え煮えした時に整理する時、あるいはお酒を飲まない私的には酒席にでた時に手持ち無沙汰でチェーンスモークといったカンジなのですが、マッチ利用
により、物理的に煙草に火が届くまでソレに意識するのと、思考が点火に集中するのですが、なぜだかその一時がとても落ち着き、火のついた煙草を口に運ぶ時にはすでに、ニコチンに頼らずとも、急かしたような気分とかが無くなります。という事でこの所、マッチを擦った段階で気持ちが鎮静するので、煙草の本数が激減しているのでした。煙草をすう為のマッチで吸う本数が少なくなるという、ちょっとは節煙できている次第です。最終的には煙草は吸わないのにマッチだけ擦って満足してしまう、新手のマッチ禁煙方に成功するかもしれません。って無理?。


2012年3月12日(月) 23:09

モリノス

「お庭にて」。美容皮膚科神殿にて、フォトなんちゃらを照射した後に都内某所、春河津桜とか椿が咲き並ぶ春先の庭園に参りました。さて久しぶりにセレブじみたマダム達と、トーク。お茶席に移動する時に、マダム一同が私の顔を見てキョトン…。手鏡として使ってるア○フォンを見て「!」室内の照明ではなんともなかったのですが、西日の野外自然光にて晒された私の素顔は、赤く腫れ酔っ払いみたくなっていました。私は顔にフォトなんちゃらを受けてきた事を、形よく結んだお太鼓姿の淑女達に申し上げましたら、「斑入り白玉椿」「紅梅」「木瓜」「染井吉野」などと私の赤ら顔をたとえてくださり、恐悦至極。私は「いやいや、実は美容皮膚科のせいでなく、春花にも勝る皆様方の艶姿に赤面しているんですよ」とシレッと言ったら、マダム連中は「まったく心にもない事をよくも言う!。そのなんとかフォトを口にもしてもらったらいかが〜」と言われた次第です。とはいえ、やはり肌話は御婦人達からしてもソリヤー興味があるコトですから、絵的には手入れの行き
届いたお庭を優雅に愛でながら歩いているように見えて実はギャーギャーと、美顔談義をカシましく繰り広げていたのでした。


2012年3月11日(日) 23:29

モリノス

「3・11」。今だから言える去年の今日…。2時からのお客様を鑑定中、終盤にグラッガタガタっと凄い揺れ…。少して第二震、モリノス部屋の熊手が落ちました。お客様をここにいて下さいねと言って部屋を出ると「!」電信柱電線高層マンションがグニヤグニヤと狂ったように揺れ、町行く人は路上に座り込む、車は止まる…。部屋は置物の類いが落ちまくり…。揺れが一段落したかに見えた時にお客様は御帰宅。予約されていたお客様との連絡がつかない、とりあえず、部屋を片付けはじめていた所、矢継ぎ早にメールや電話着信アリ…。原発現地で起きた事を聞いて、その事実を報告され、それを教えてくれた方は早速家族と共に地方に避難するので、モリノスさんもそうしなさいとの事。続いて来た連絡はガセ情報メール。続いて、のちに私のマネージャーを引き受けてくれるKと、お客様でもあり友人のOとYが来店。三人で車に乗って移動中に地震、ちようど落合付近に来たから寄ってみたとの事…。三人は部屋の惨状を見て、一斉に片付けを手伝ってくれました。マネージャ
ーKの携帯が鳴り、やはり原発の現場で起きてる違うリアルな事実を知る事となり驚愕。三人は部屋がだいたい元に戻ったカンジになった所で、車で来てるから私を家まで送ってくれると言ってくれたのですが、予約のお客様が来るかもしれないので、私は事務所に残る事にしました。日も暮れ、路上には帰宅困難者の蟻の行列、大蛇のような渋滞。そこに2時間遅れでお客様到着…。せっかく来たしとセッション開始。鑑定が終わり部屋を出ると野外の様子は更に殺伐としたカンジで顔色を失った人達が行き交っていました。かなり遅い時間になっていたのですが、私も徒歩で帰宅しようとしたら、お客様が脚の悪いモリノスさんを歩かす訳にはいかないと言って頂き、私はお客様の車に乗りました。抜け道を選んだもののどこも車は動かない…。車と車の間をトイレットペーパーとかカップ麺を大量に持った人達がすり抜けて行きます。やっと帰宅…。部屋の中は戸棚やクローゼットの扉が開き、吊るしてあった服は全部床に落ちていました。テレビを見ようとしたのですが、相変わらず携帯が
鳴りっぱなしなので、洋服の山に座り込み応対。ここでも恐ろしい体験とか現状を聞くこととなりました。水道を確認するとガスが止まっていたので、外に出て元栓を修正…。次の日も落合に行くので寝ておこうとベッドに横になりました。幹線道路はやはり明け方まで人の声とサイレン、怒号が聞こえました。翌朝、かなり早く家を出て落合へ…。電車の運行が乱れていて、電車に乗るにも乗り換えるにも往生しました。事務所に到着すると、降りたシャッターの前に地震当日に来店してくれた三人組が立っていました。それぞれも大変な状況だというのに、昨日片付けられなかった所、汚れた所を掃除しに来たとなんともありがたい事を言ってくれました。そして四人で床を拭いたり、置物をきちんと配置したりと一人だったら時間がかかる事をあっという間に済ませ、三人組は事務所を後にしました。その後は何事もなかったように元に戻った室内にて、通常通り仕事をしました。そしてまた苦労して帰宅…。この時はじめてテレビをつけて、地震の報道を見たのですが…。「?」。私がライ
ブで聞いた事と実況の内容が違う…。報道規制隠ぺい?と震撼しました。そして虚無感と己の無力非力さにガックリしました…。というのが昨年の今日と明日の出来事…。そして今年。私に出来る事は限りがアリスギながらも、もし万が一また大地震が発生しその影響が都内に及び、自分が落合の事務所にいたとしたら?。当時は自分の事にしか頭が回らなかったのですが、出来る事として備えているのは、災害時にまた帰宅困難で疲れた人達仕様に路面店である落合の事務所のトイレを使って貰ったり、先頃模様替えしてフロアが広くなったので、休息所として利用できないかと準備した事。私は帰宅せず事務所待機。昨年の震災以来におきたゲリラ豪雨や台風時に、近所のお年寄りグループに助けてもらって以来、落合在住独り暮らしバーサングループと仲良くなったので、彼女らの無事確認の発信地として、事務所を使えたらと思っております。未だにまたくるんじゃないか天変地異というイメージが皆様にもあろうかと察します。復興もままならい事態ですが、また災いが及んでもそれを受
け入れ乗り越えていかなくてはならないので、お気持ちを強く持ってこれからの生活に挑んでいきましょう!。


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