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2012年8月の日記
 
2012年8月25日(土) 23:23

モリノス

「耳の老化」。仕事が終わり、モリノス虎の穴地獄タロットカード講座を受けているK19と共に、東中野にある手打ちパスタ店に行きました。セットについているデザートの注文を聞かれた時に「パンナコッタのソースは桃と杏がありますがどちらがよろしいですか?」と聞かれたので、私的にはパンナコッタだったらフトゥーにキャラメルソースがよかったので、キャラメルは無いのか?いう意味で「えっ?ソースは桃と杏しかないんですか?」と聞いたら店員さんとK19が私の顔を薄気味悪いモノでも見るような顔でうかがいK19が「モリノスさんっ!杏なんて言ってないですよっ!キャラメルか桃かと聞かれてるんですっ!」と言い放ち店員さんとK19は破顔…。私は慌てて杏はなくてキャラメルならあるんですね?と耳間違いをスルーして落ち着き払って言うつもりが「では、つまり桃は無いんですよね?」と言ってしまったら、若きK19は「ああっもうこの人キテるよっ!、だーかーらっ!桃はあって杏は無いんですっ、キャラメルならあるって言っ
てるでしょうがぁ〜」とタロット講座では私の責苦に往生していたくせに、鬼の首をとったように高飛車に言います。私は心中は慌てていながらも教えてる子にソレを悟られまいと、至極冷静に「ではソースはキャラメルにして下さい、すいませんねぇ話聞いてない、理解できない年寄りでぇ〜」と居直った次第です。ついに耳にも来たか耄碌、老人性難聴よりもタチが悪いと思いつつも、人の話を聞いていないで勝手に早合点してトンチンカンな返答をするのは若い頃から変わってないかもとも思いました。


2012年8月25日(土) 0:08

モリノス

「役立たずの愛しい目あき達」。仕事が終わり、最後のお客様と共に裏落合住宅街を抜けて中井駅までトークしながら帰路についていたら、白杖の青年とその友人達らしき3人組が月明かりのケモノ路の中でもハッキリわかるくらい滝汗をかき憔悴しかった表情で歩いていました。白杖の青年は目あきの男の子の肩に手を置き歩行、もう一人の女の子は先達になりキョロキョロし、私とお客様を見て蚊の鳴くような小さな声で「あの…中井の駅はこのまま…まっすぐ行けば着きますか?」と聞きます。私は大袈裟にのけぞり「ええっ!?中井っ!?、貴方達?このまままっつぐイッちまったら下落合の駅に着いてしまいすよ」と夜道で声高に言うと白杖の青年が「左手に川がありますよね?やっぱり僕の方が合ってた」的な事を言います。私とお客様はきっと、全盲の友人を中井駅まで送る目あきの友人二人が道に迷って困っているのだろうと判断し、お客様が「私達、これから中井駅まで行きますので御一緒しましょう」とおっしゃり総勢五人で中井駅までお喋りしながら歩く事になり
ました。白杖の青年は「上落合の郵便局だって言ったのに」とか「5分で着くのにもう15分は歩いているよ」などとプリプリしています。しばらくして駅商店街の灯りが見えて来ると白杖の子に肩を貸していた男の子が「ああ〜もうすぐ駅に着くなぁ〜」などとテメエが迷子になって目の見えない子を消耗させているのにエラそうに言いやがるので私は「ちよっとさ〜!急に大きくなちゃってさぁ〜!ほんのさっきまでは心細げだったのにソノ態度の変わりようたら!アハハーエラソウにさ〜」とイジったらソノ子の瞬時に情ないトホホーな顔になりました。その様子を見て一同大失笑。でいよいよ目的地に着いたので私は白杖の青年に「どこまで地下鉄乗ってくの?途中まで一緒に行こうか?」と誘ったら彼は首をブルンブルンと横に降り「違うんです違うんです、僕が駅まで送りに出たんだけど二人とも僕の言うこと聞かないで勝手に歩いちゃうんで迷っちゃったんです、僕は一人でも駅から家まで帰れます」と言うので私とお客様キョトン…。つまり全盲の友人を駅まで送っ
てあげてる心優しい仲間達ではなく、全盲の友人に道がよくわからないからと駅まで送らせるという目あき方向音痴というカンジだったのです。私は目あきの二人に般若の形相でジロジロ交互に見ては心の中で「白杖の子に世話になっておいていながら勝手な所歩き回るとはケシカラン」と思っていたら白杖の青年がそれを察したのか、アハハーと笑いながら「この人達いつもこうなんですよ〜」と言い、それを言われた二人はショボンとしながらも「そうなんですぅ〜いつでもどこでもいつもこうなっちゃうんですぅ〜」と言うので、私はたまらず吹き出して「ドハハー全然役に立ちませんなぁ〜」と言ったら白杖の彼は「そうなんですよぉ〜ハハハー」と言いここでも一同大失笑となりました。私的には目が見えてるのに全盲の人に厄介をかけてる二人をダメダメじゃんアンタ達と思いつつも、この目あき達を愛しい奴らだわいと思った次第です。開きメクラとはよく言ったものですな。


2012年8月24日(金) 0:03

モリノス

「右の骨盤御苦労様」。お馴染み今やライフワークPNF筋力トレーニング行って参りました…。残暑で酷暑な今日この頃、PNF研究所に到着するまでに暑さにヤラれ脳内煮え煮え…。杖をついているっていうか杖を持ってる方の手で額にかいた汗を拭って拭ってを繰り返しているうちに、いつしか杖をつかずに小脇に抱えて額をタオルハンカチで押さえて歩行となり、一体なんのための杖なんだよ自分っ!。と不快指数なセルフキレ方をした次第です。先に痛めた病んだ股関節の深部は毎日薄紙一枚ずつ剥がれていくように楽にはなっていますが、ソコに負担をかけないように加重しないようにと気を使う余り、その代償が右の脇腹から骨盤に負荷かかりスギでいたようで、施術台の上のまな板の類いまれなる美しき熱帯魚状態の私はトレーナーS先生の鬼圧が右腰から仙骨あたりに入る度に、削岩気ですか?な責め苦と戒めを頂戴する事となったのですが、もちろんドMの私的にはその激圧に「ああっもっともっと」とお耽美な気分になっていた矢先に「スルツ」という感触を覚えた刹那
、右の骨頭が下に下がる手応えを感じた瞬間に腰の硬縮を緩み右足の動きが至極円滑になりました。いつもながらの事ではあるのですが、毎日動いちゃってるんだから、ソチコチにダメージを受けちゃうのは承知しているのですが、そのダメージが一時解放されると、強烈に解放間覚えるので、思考は即ポジに変換され、また次に施術を受ける時には厄介な事になっているやも知れないのですが、施術終了後の爽快感はガタが来てる体ではあるものの一筋の光明を体感する事でダメダメっぽい幹部だてらに、がんばれ股関節まだなんとかなるかもよと、期待を持てる事はありがたい事であり私の日常の中で、滅入る一歩手前でもっと楽になるかも!と我ながら期待しているのでした。


2012年8月22日(水) 23:36

モリノス

「手紙」。約二十年ぶりに舞踊家の師匠と再会しました。最初にお目文字叶ったのは二十代後半の時で、その頃から年齢不詳な白髪の美老婆だったのですが、当時から時が止まったかのように変わらね老婆の艶姿に感服した次第です。ふと師匠は私に封筒を意味深な目付きで渡します。中には原書をコーピした恐ろしく汚い毛筆で書かれた長文の手紙が入っていました。その内容を読むと脚の病気にかかった人が舞台を降板するお詫びと、今まで御指南いただきましてありがとうございます的な内容だったのですが、この書き手の文章がとても心を打つ内容かつその筆力が脚を痛めた苦悩とかを情景描写とか比喩を巧みに織り混ぜた美文なのです。秋の色草にそよぐ風は三弦の音色とか、舞の心を胸の芯にしまい今後は残されたものの中で幸せを見つけていきます的なカンジで文は終わっているのですが、脚を患った人の長文の手紙を読んで、自分の境遇と重なり共感し不覚にも感涙しそうになり、師匠に「大袈裟な文章そしてナルシスト加味な感じですがとても謙虚で良いお手紙だと思います、知
らない方ですけど、人柄がしのばれますねぇ」と言ったら師匠は薄い唇をニヘラとさせ「アンタ馬鹿じゃないの?、これはアンタが私の発表会出演を辞退した時にアンタがアタシに書いて寄越した手紙なんだけど?テメエが書いた手紙を覚えてないし、それを誉めるってアンタもヤキが回ったのかしらねぇ」とハスッ葉に言われました。その途端に見る見る赤面する私…。私が発病当初に難病に犯された状態で陶酔しながら書いた手紙なんだけど、そんな手紙書いた事など忘れていたのでした。自分の手紙を絶賛する己と、その手紙の内容にはもう私が板を踏むこともないでしょうなんて事も書いてあるのに、その後にモリノス的生活始動してから、舞も舞踏もパフォーマンスもしちゃってるんですから、師匠に書いたもう踊りませんと書いてあるのは嘘つきな訳で…。とにもかくにも昔私が書いた手紙を読んで恥ずかしいやら、自分が書いた文章を誉めるという、ダメな自画自賛を言った私は、しばらくイヤーな汗をかいた夜でありました。


2012年8月22日(水) 0:42

モリノス

「いいがかりを言いまくる」。母校演劇部の恩師&その娘にして昨年夏に上演されたこの恩師を囲む母校卒業生アラフオーチームによる舞台「神様が降りてきた夏」にて共演した恩師の娘Yuuがプチ大がかりな引っ越しをする事となり、ではその引っ越しの手伝いではなくお見舞いにはせ参じようと、かの芝居では舞台に神社空間を生み出した裏方スタッフ後輩W(四十路ド渦中男)の運転で、恩師邸に向かいました。車中ではいかにも四十苦悩ジジイ談義で大いに盛り上がり、老いを感じつつも生活をしていくって心身ともに色々あるよなと、しみじみ語り合いました。待ち合わせ場所の恩師邸近くのファミレスに到着。そこには恩師とYuuではなくYuuの姉のKが座っていました。私的にはYuuがそこにいたら、難癖因縁いいがかり毒舌を浴びせて悦に入る気満々だったのですが、YuuではなくKだったので拍子抜けしつつも、姿勢が悪いの気が利かないだの毒を吐き、同席したWにも毒刃を向け脚の悪い私のためにドリンクを運んでくれたWであるのに、
アイスコーヒーの量が少なすぎる!運ぶ途中で貴方飲んだんだろうがとイチャモンをつけ、ドリンクバーなのでお代わりをWにお願いした所、今度はグラスにタップリとアイスコーヒーを汲んでくれたのにも関わらず「なんだかこのコーヒー泡立っているけどアンタ唾を入れたんでしょう?」とこれまたイチャモン…。Wは私の毒吐き攻撃に慣れているので、ただ「こいつしょうがないな」とニヤニヤしています。その後頃合いの時間になったので食事でもという事になり車でお店まで移動、その渦中鬱蒼とした暗がり草むら地帯を走行、私はくれぐれもインドア派であるのを知ってるのにわざとこの道を選んだなっ!許すまじと、またWにいいがかりをつけます。その後、恩師邸に行くと一人で片付け者をしていたYuuと会いました。そこで、Yuuの今は亡きお母様が所有していた、舞台仕様の中振袖をいただきご機嫌になり、恩師一家も引っ越しでバタバタしているのに、私は「いただいた着物いつ着ようか?」と思案、引っ越しに際しあれこれと談義してるのに、私はい
ただいた着物に夢中になり、話聞いてないという非道思考となりました。その後夜も遅くなったのでいとま乞いをして恩師邸を後に一路帰宅…の予定がWが明日の仕事の支度があるのでちょっと倉庫に寄って行っていいですか?的な事を言うので、よござんすと軽く言ったら、なんとその倉庫は去年の夏の芝居の練習で稽古した場所でした。私的にはWに「もうっ!こんな僻地な場所に二度来るまいと思っていたのに連れてくるなんて、どんな嫌がらせかっ!」とこれまたいいががりをつけていながらも、あな懐かしき去年の夏!。ここで四十路の熱き挑戦をした場所だと感慨に耽り、やはりあの夏は充実してた年寄りだてらに青春してたなあとしみじみ思った次第です。って、後輩なんでいいがかりつけ放題イジルだけイジろうと思っていたわりには「懐かしい場所に連れてきてありがたい」と、いいがかりをつけているのに感謝した次第です。思う存分いいがかりをつける事ができる相手が複数いるって、幸せかもと思います。変?。


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