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2012年9月の日記
 
2012年9月25日(火) 21:11

モリノス

「教材今昔」。片付け中に発見した書物、それは昭和50年代〜60年代にかけて出版された東洋医学専門学校の教科書とか、あんま・マッサージ・指圧師試験の問題集とかでした。今と昔とでは法律や条例も変わり、しかも東洋医学的思想も、かっては患部を温めたほうが良いとか水分は浮腫むので抑えた方が良いとか書かれていたりするのですが、現在はアイシングや水分は充分補給などと考え方が変わっていたり、おそらく詳しくは読んではいないのですが、生理学、解剖学、秒理学における成分とか数値とかソノ仕組みについても現在は微妙に違っていると思われます。で私は、現在明日の鍼灸師を目指すべく猛勉強と人様の身体を施術する上で葛藤中の後輩Nにソノ教材一式進呈しました。プチ意地悪的にはNが学んでいる教材と昔の教材を比較して混乱してみたら?アハハーという気持ちと、現在、東洋医学の整体院や接骨院はどの町にも駅の近くから住宅街にかけて石を投げたら当たるくらい乱立していますので、日本における東洋医学の時代と変遷を両方熟読して、なにかNがどう
いう施術者を目指したらよいかという参考になればというプチ余計な親切先輩愛をNに向けてみたのでした。Nとはかつて高校演劇部の先輩後輩であり今は施術者の先輩後輩という渡世の縁となりました。願わくはNが独自の技術でお客様に求められる施術者になっていただきたいと思っております。さて?N、昔の教材の中には今は勉強外なテキストもあるので、古本スギだけど昔の文献を読み、そこからインスピレーションが降りたらよいな〜と思っております。がんばれ〜N〜!。


2012年9月24日(月) 19:56

モリノス

「最強の二人」。フランス映画「最強の二人」を観てきました。脛椎損傷により首から下が麻痺した重度の身体障害者であり富豪で初老男性と、失業者の黒人の若者を主人公に物語は進んで行くのですが冒頭のシーン、不自由な体で車の助手席に座る障害者の役を演じる俳優の目を見て「!?」どういう役作りをしたのかこの俳優の目は本当に何病を背負った人特有の瞳をしているのです。うまく表現できないのですが、不治の病を持った人は顔は笑っているが目は笑っていないというか、常にどっかしら辛かったり痛かったりしてますから物理的に心底笑っているつもりでも、瞳が動かないというか、身体が不自由だと思い切り笑ったらどこか身体に不具合が生じるので、緊張が伴うのですが(自分の経験による)それが瞳に出ていますが、おそらくこの特有な瞳には健常な方々には判別できないかと思われ、最初に目で己の普段の闘病と諦観をお芝居として表現するこの俳優、尋常じゃないと鳥肌が立ちました。一方、失業者ダメダメフランス有色人種生息地域に住むヤサグレヤ
ンキー加味の青年役の黒人俳優も、いかにも出目が悪いです物もマナーも知りません的なカンジで、この障害のある富豪男性を介護する羽目になるのですが、介護経験も当たり前に無い黒人青年が介護する様の乱暴っぷりとか、足が麻痺してるのにわざと煮えたぎるお茶を脚にかけて、寝たきりの人の反応を試し「へー熱く感じないんだあ〜」と試しちゃったり。気難しい雇い主に対しても媚びる事なく「で、アッチの方は勃つの?」なんて聞いちゃったり「えっそんなに動けないのメンドクサイな〜」などと、配慮なさスギのやりとりが続くのですが、難病な私的には変に無駄な気を使ってくれて、かえってこちらが気を使っちゃうのが常なだけに、黒人青年がづけづけ聞いちゃう場面になると「そうそう、気を使ってないでバンバン突っ込んだ方がハンデキャパーからしてみたら余計な気をつかわないですむんだよね」と共感しました。この映画は哀れな病人を看病する幸薄な青年との友情めいたモノが主題と思われるのですが、そんなお涙頂戴な仕上がりでなく、真にわかり合えた二人の結束
というように思い、結末は痛快でした。


2012年9月23日(日) 20:28

モリノス

「処女連祷」。これまた片付け中に発見した有吉佐和子の小説「処女連祷」を読んでみました。第二次世界大戦直後のミッション系女子大に通う学生達が終戦後の日本にて社会に進出したり家庭に入ったり、当時の婦女子の考え方や独身女性の立場などをリアルに描写し、現代ほど男女の恋愛が自由ではなかった時代の独身年増女性がいかに大変か?しかも時代が時代だけに男との結婚が成立しなかった場合、お素人の職業婦人はセックスの経験もないまま中年を迎えてしまい、その焦りとか正当性とか虚栄心における男はいますが都合により結婚できないというウソから虚言で見栄を長年張らなくてはならなかったり、あくまでも独身=生涯処女を受け入れる思考だったり、物語を進める中年独身処女達の挙動と言動が、処女うえにまっすぐだったりして、その様子は笑いたいけど笑えないという内容でした…。しかして今も昔も適齢期すぎの女性の思考って同じだなと思った次第です。


2012年9月22日(土) 23:53

モリノス

「屋敷に侵入の彼岸」。仕事が終わり事務所のシャッターを降ろした所で、例のアパートとアパートの間の隙間から、もはや友人と化した野良猫屋敷の女老婦人が現れて「暑さ寒さも彼岸までだわねぇ〜」などとベタな事を言います。で、私はソノ老婦人と肩を並べて中井の駅の方向に歩きはじめました。なんとなく話の流れで老婦人のお宅に寄る羽目になりました。私的には広大に囲まれる塀に、手入れをしていない庭木が森となり、ソコに夥しい数の猫が住まう屋敷に興味アリアリだったので、戦々恐々としつつもワクワクと老婦人の後に続きました。元は見越しの松があったらしいが松は枯れてそのミイラ状態の松に蔦じみたものが絡まる正面玄関というか、女駆け込み寺みたいな門がまえチックな所から中に入るのかと思ったら、もう何年も前から扉は開かず横の小入口も封鎖されてしまっているとの事。えっ!じやーどっから家に入るのさ?と思ったら塀沿いに歩いていると裏口めいた場所にトタンドアがありソコから邸内に侵入する事に成功。重々しいかつては豪奢な玄関は今や朽
ち果てていてドアを開けて室内を見ると、なんという事でしょう、玄関からつながる長い廊下には書物やガラクタが並べまくってあり、廊下を歩くにも蠏歩きを強いられる事になりました。で居間なのか寝室なのか、等身大の文楽人形とか、お茶道具、そしてまた本が積まれて山にになっている所に、可動式リクライニング医療用ベッドが置いてあり、広い部屋なのに物が溢れています。座る所なんかなくてどうしょうと思っていたら、老婦人は豪華版(古い)のソファーに積んである洋服の上に構わないからお座りになってとの事。老婦人はお茶でもと言い台所的な所に行ったのですが台所自体が台所ではなく夥しい数の銀食器とか洗ってない皿がシンクに溢れています。老婦人はお茶を運んでくれたのですが、食器はかつては高額な品で今は汚れ物のカップに日本茶が入れてあります。私は茶渋つきまくりのカップに口をつけて、落ち着かないけど談義していましたら老婦人が「アナタおみ足悪い所で申し訳ないのだけどお二階にある、お仏壇にお参りしてくださらない?、アタクシ
も足腰悪いのでここ数年、お位牌だけ下に降ろしてからお二階に上がってないのよ」と言います、広いお屋敷にお年寄りが一人住み、庭は野良猫の巣窟になっていますし、高齢なんだからソリヤー二階に上がるのも往生するだろうなと思ったものの、二階にはナニがあるんだろうどんな間取りなんだろう見たい!と思い階段にも本とか段ボールが置いてあり至極登り勝手の悪い途中から左に曲がっている階段を上がり愕然…。二階にもいくつも部屋があるのだけど、のぞくと荷物の山…。和服に骨董品、布団、ゴルフ道具、ドレッサー、そしてここにも日本人形が散乱!。そして和ダンス洋タンスが部屋一杯にギュウ詰めになっています。で?ソノ仏壇は?といくつかの洋風の部屋を探したら「ゲッ?」、巨大でホコリかぶりまくりの仏壇発見、仏壇周辺の壁の上とかにセピア色スギの遺影がいくつも並んでかけてあります…。そして仏壇内には、位牌は下に降ろしたって言っていたにも関わらず、巨大仏壇にはミニ墓場のように沢山の位牌がドミノ倒しレベルに並べてあります。薄気味
悪いったらありやしないと思いつつも黒ずんだオリンを鳴らして合掌し、そそくさと階下に降りました。老婦人いわく「まあぁ〜ありがとうねぇ〜御先祖様もアナタみたいな方にお参りいただいて喜んでいるわ〜」と感謝されました。私は、夜も更けてきましたので、ひとまず失礼しますねと、いとま乞いを彼女に告げて帰ろうとしたら、「あら〜もうお帰り?」と名残惜しそうに言われたのですが、これ以上長くいたら、ちょっとお家のお片付け整理などお手伝いしますなーんてできもしない事を言いかねないので、私は「季節の変わり目ですし御自愛くださいませ」などと社交辞令をいい退散したのですが、庭石や池らしきモノまである荒れ庭からさっき入ってた来た入口を見つけるのに難儀し、中々朽ち果て屋敷から脱出するのに難儀した次第です。お年寄りが維持するお屋敷なんだからこうなっちゃうだろうなと思うと同時に孤独に広大な敷地に一人住まいをする高齢者の現実を見たような気がしました。不謹慎ながらこれからは彼女のお宅には事あるごとに訪れ生存安否確認しようかなと
、おせっかいながらも思った次第です。


2012年9月21日(金) 22:48

モリノス

「非色」。片付けの渦中、書物の中から出て来た古く細かい活字の小説、有吉佐和子作・「非色」を読んでいます。昭和の文庫本は老眼の目には辛く眼鏡をかけたり外したり目を細めたりと難儀しながら読んでいるのですが…。第二次世界大戦敗戦後、当時の日本人女性がアメリカ国籍人男性と結婚した所からハナシはスタートしているのですが…。主人公は黒人兵士と結婚して子供をもうける訳ですが、「黒ンボの子供だろ堕しちまいな」「それにしても黒いね、黒ンボ相手のパンパンだったのかいあんたは」とか、「白人のアメリカだってあんたの旦那はイタ公じゃないさ」「あんたの旦那は所詮はニグロだろ」「プエルトリコ島の土人はニグロ以下」などと、今の時代ではピーなやりとりが文章中始終描かれています。この小説が出版された時代、日本は人種差別とかベールに隠して高度成長まっしぐらなカンジだったと思われ有吉佐和子って人は、芸者苦世界、大気汚染、部落差別、陰湿な嫁姑など時代の移り変わりと共に当時隠蔽しがちな話題をあえてソノ時に小説という手段で問題提示
し表現していた人だなと、また再確認しました。有吉佐和子が鬼籍に入りもう何年も経過しているのですが、今彼女が生きていらしたら、彼女が書く小説のモチーフとかテーマとか、ことかかなスギだろうなと思った次第です。


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