2014年4月15日(火) 0:59
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モリノス
「モリノス仮面をつけはじめた時がわかった」。昭和好きな私はDVD屋で1969年製作「薔薇の葬列」という今や巨匠達が若き頃に実験映画として作られた映画をゲッドし観てみました…。昭和43年(?)の新宿二丁目を舞台に、戯曲・オィデプス王を下地に展開される、サイケエログロナンセンス、同性愛、近親相姦、赤ヒダリな学生運動とその強烈硬派思想、麻薬、ゴロツキ、前衛舞踏などが盛り込みスギでストーリーを進める内容なのですがモノクロな画面を見ているうちにナーバスマックス…。この映画はかの時代の街の情景(新宿中心)人々のファツションが生々しく写り、いきなり繁華街をゲリラ撮影とか、ガチのゲイとかクスリでラリってるトーシローにインタビユーを決行したりとか、NGそしてNGな事がどんどん目に飛び込んでくるのですが、映画本編ではなく私の頭の中に封印されていた3歳頃の自分にナニが起きたか?経験したか?を脳内がナニが再生され影像化されました…。ショッパイ話ですが3歳くらいの私は「ああっ !生まれてきた事大失敗!」「ああっ今日もおばあちゃん(戸籍上祖父の後添い)に打たれるか、意地悪をされる?」「このおばあちゃんにヤられた事は大人には言えない」「狭い座敷に独りキリ」「ネズミの死骸をつかめと言われた」「白足袋で踏まれた」「夏みかんの汁を目に入れられて高笑いされた」次から次へと覚えていない事忘れていた事、思い出さなくていい事がどんどん脳内からプリントアウトされ今にも口から紙がでそうな気分になりました…。幼い頃、なんだか怯える日々の中、昭和の地元の町を歩いていると泣き出したくなったり、なんだか大人の顔色を伺いソノ大人の意向に沿うようにしなくてはと毎日毎日臆病に暮らしていました…。で、3歳の私が己に課した事は、仮面を被りいかにも普通の幼児っぽくふるまうかとキャラを作ったんだという事をシユールな影像を見ているうちに思い出してしまいました。更に歪みを加味し自分に大人の関心が向くと、なんだか恐ろしと思い、時にはいい子ぶり時にはへそ曲がりな態度をわざと取るという奇っ怪な幼児 だったなとしみじみ思いました。で「この人生は終わったな」とダメに悟った自分はソノ後高校生になるまで基本そんなカンジのキャラでした…。私が今、心折れたりした事はこの日記で吐き出して癒えているのですが、思えば幼少の頃から本心に蓋をして人と接する、又は謗られても黙ってるという時代は、占い師としての冷静にお客様に接する、お客様がお持ちの心の闇と共感できるに屁理屈と思いますが、ソレが活かされているなと得心しました。変な映画を観てしまいネガティブ内観めいた状態になり「なんで自分はこんなキチガイで今まで生きてこられたんだろう?」というプチ疑問の回答用紙を手にした様な気分になりました。ちなみに映画「薔薇の葬列」は特になんのためにもならない作品と思いますので皆さん観なくて良いと思います。
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