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2015年5月の日記
 
2015年5月26日(火) 22:52

モリノス

「ああ残念ナイト」。ちょっと行かなかった間に?加齢により月日の流れが滝の如く経過してしまったからか?、本日は久しぶりに新大久保の韓国料理屋「無鉄砲」に行きました。韓流も下火になり、新大久保も一時の賑わいは無く、歩くピーポーもヤング層になっていました。お店の中は閑散…。っていうか焼き肉屋なのに炭火がどのテーブルも起きていません。あれほど賑わっていた店なのに顔馴染みでよくしてくれていたマスターも女将も見当たりません。おそるおそる着席しメニユーを見て愕然(!?)、焼き肉屋なのに焼くものは豚カルビとサムギョプタルだけ!。他のモノは厨房で簡単にできるモノ、更にワザワザ店に来なくても韓流ストアに行けば買えるモノばかり…。そしてメニユーを見ると、安価で食べ放題になっていて、アレもコレもの焼き肉、特に塩コプチェを楽しみにしていたのにメニユー無いんですから頼みようもありません…。名前だけ残して経営者が変わったのか?、まあ私も分別盛りエイジになりましたから昔ほど感情的にキレる事も無くなったと
思われる(?)のですが、あまりのメニユーの酷さにモリノス様御立腹…。席を立ち無表情で若い店員に「今日はやめときます」と言いフォロー(?)として「急用が入ったのでね」と言い、店を出ました…。ガーン!新大久保界隈には腐るほど韓国料理屋がありますが食材の鮮度良さとマスター及び女将の人柄で利用していたのに、今後はこのコリアン街で「無鉄砲」レベルの違う店を開拓し見つけなければイケないと思うと残念極まりない、取り合えず近場の店に入ったものの、特に美味しい訳でもなく…。今日のレツの落合スタッフ風竜と、違う店で料理を食べながら「無鉄砲」の味を懐かしみ、変わってしまった事を哀しみ、全盛期の「無鉄砲」で食べた料理アレコレを話題にし、すすまぬ箸でタメ息をついた次第です。これってソノお店に失礼だったかも?。しかしなんとも口惜しいことであります。


2015年5月25日(月) 23:22

モリノス

「緊張と緩和」。眉毛を整えにハリウッドセレブ御用達日本店に行きました。ここは大奥の様に男子禁制じみていて、っていうか眉やら額やら口元のお手入れに来る女人達が施術台にスッピンで寝ているので、さすがの私も配慮し、おとなしく極力無言にしています。この度は担当のスタッフに施術台を横にして眉の主線を計ってバランスを見てもらっている最中に背中の奥がブルブルと揺れはじめ、その揺れが段々と激しくなっていったのですが、施術台にマッサージ機能もつけたのか?と感心していたらグラグラと店内が揺れはじめプチパニック…、大きな地震でした。揺れが治まるとスタッフが「館内は安全が確認されています!館内は安全です!」と呼び掛けはじめたのですが肉声金切り声のアナウンス(?)にサロンに寝ていたお上品なレディ達は施術台を起こして貰って、不安そうな顔をしています。私の隣の女性は「私、地震が苦手で気分が悪くなりました」と紙の様に白くなった顔で言います。私も施術台を起こしていたのでふと鏡を見ると、主線を引きっぱ
なしだったのでクレオパトラか犬にイタズラしてマジックで書いた顔みたくなってました。で私は担当スタッフに「いやー大事にならなくて良かったですけど、もし避難にでもなったらこの顔では嫌ですねえ」と言ったら、声が大きかったらしく、他の施術台にいた女子達からクスクスを笑いがおきました。隣で青ざめていた人も私の顔を見て、アラッ!アハハーと緊張が和んだ様です。それにしても昨今の天変地異が身近というのは、嫌なモノですね。


2015年5月24日(日) 22:47

モリノス

「ターコイズブルー」。インドア派の私としては水色〜青までの色を身体に配置しても似合わず、覇気が無いように見え己を殺す色と思っていました。実際イベント時にメイクをする時には、真っ青なアイシャドーを施すと寂しそうな顔になり、雲ひとつないような空色を纏うと、力強い発色なのにサナトリウムかキチガイ病院の入院患者の様な雰囲気になってしまいます。占い師としてデビユーした時にはネイティブアメリカンなスピリットとかソウルがスピヲタの中でブームになり、パワーストンとしてターコイズが大人気になったり、フオークロア(?)なファッションも流行り、私もセッション時にはソンなアイテムも身につけましたがほどなく飽きて、人工的で過激な衣装に装飾品は輝石ではなく宝石に代わって今に至ります。昨夜、トルコ料理屋の物販コーナーで(?)、いかにもトルコ石みたいな目が覚める様なターコイズブルーにアラベスクか正倉院模様みたいな布地をみつけ、シルクロードアラジンの絨毯みたいなモノで、最初は気に入らなかったのと、絨
毯にするには薄く、ベッドカバーにするには厚手で買っても使い勝手が悪いと思っていたのですが、店内に長く滞在している内に欲しくなり、トルコ人オーナーに安くして貰って(上質な生地、デパートだったら倍額か0ひとつ多いかもな価格)購入しました。苦手な色をしかも大判なので、使い所に困り、お蔵入りか誰かにあげちゃうかと思ったのですが、モリノス部屋収納家具はペラな安物、椅子は悪趣味なピンクの姫アームチェアに、ゴールドの姫パイプベッド…。その姫ベットにターコイズブルーの布を重いなとおもいつつもベッドカバーにしてみたら、ターコイズブルーのベースに金糸を使った植物を模様が広がり、今まで悪趣味だった部屋が、なんだか上品になり、今までヨーロッパっぽい部屋だったのですがメキシコのホテルの部屋の様になったものの、合わなくもない、いやこれはこれで美しい部屋になったかも?と気に入った次第です。でモリノス部屋は健康的、不健康的な要素がハーフハーフなカンジになっています。


2015年5月24日(日) 1:04

モリノス

「気晴らし」。仕事が終り、私用があり新宿へ…。母校演劇部恩師Tの娘にしてどんどんと毒舌とビックマウスに奇行、行動が会うたびにモリノスじみて、私が手がつけられない程に増長した「女モリノス」と痣名するYuuと合流し、新宿にいるなら腹心の者としかいかない、昭和の雑居ビルの中にあるトルコ料理屋に行きました。最近私も不幸事が続いていたのでせいぜいYuuに意地悪をしようと思ったのですが、Yuuが口を開くと止まらず、その高速お喋りに毒舌の刃をさし込む余裕もなく、女モリノス、本家モリノスを超えたとプチ敗北間を抱いていた時、店内にユルーイトルコ音楽がかかっていたのですが、エキセントリックな曲に変わり、ベリーダンサーが登場し四肢をくねらせ舞い乱れはじめました…。私とYuuは顔を見合わせ、なんだか居心地が悪くなりした。Yuuは長年日本屈指のベリーダンサーの元で学び、今や自らもシヨーに出たり、ベリーダンスの教室でおしえもしているので、美味しい料理をいただいている途端にベリーダンサーが登場しなんだ
か居心地が悪いような気持ちになりました。フロアで踊るダンサーの力量はフトゥーで特に感動するまでには至らなかったのですが、それは楽しそうに踊っていたので好感を得ました。ダンスが終わる前に踊り子はフロアにお客を呼び込み一緒に踊る(客イジリともいう)事となり、なんと私たちのテーブルにも来てフロアに誘うのです。私は足が不自由なのでと断り、目力で同じくベリーダンスのYuuに一瞥をくれお前は行け!と命令しました。Yuuは気まずそうに席を立つといきなり肩を丸くし足取りもあえてベタベタとし、ベリーダンスの振りに合わせて踊る時にもぎこちなく踊って席に戻ってきました。私は「アンタわざと素人みたい下手に踊ったね?」と聞いたら彼女は「ええ、私は演者ですから素人を演じてきました」と変な事を言い、相変わらず訳わかなんない事を言う女だと思いつつも、ピンで立ってるダンサーの横でソノダンサーよりうまく踊ってしまったら店づきのダンサーも嫌な気持ちになろうかと?、Yuuの無駄っぽい素人小芝居は配慮と
も思いますし、いきなり店付きのダンサーをしのぐ踊りを食事客であるYuuが踊り始めたら、他のお客もドン引きと思われ、結局はフロアで下手に踊ってよかったんじゃない?考えすぎ?と思いつつも私は「あのダンサーより貴女の方がテクニック的にも表現的にも物理的にうまいよ」と言いました。ベリーダンスのシヨーが終り、また食事を再開したら、店内に配置してあったトルコの絨毯とか織物のマルチカバーがあったので、食事をしている最中だてらにYuuと二人で、店内にてキヤーキヤー言いながらその品物を物色…。トルコ人オーナー相手に、値切り大会となりました。でトルコ製品を扱うコーナーでYuuと私二人、生地を広げては散らかす、値切るを繰り返し、デパートで買ったら高額なモノを安価で購入しました。で趣味の似ている私達二人は嬉々とマルチカバーを物色し、コーナーをトルコ工芸品の織物やら絨毯を広げては散らかし広げては散らかしといういかにもモリノスらしい行動にでました。で結局は、料理を堪能しベリーダンスも楽しみ、買い物も満喫し
た次第です。


2015年5月23日(土) 0:07

モリノス

「モリノス香水道」。私は幼い頃より人工的な香りが大好物でして、身体に香水をふりかけはじめたのは、14才の時からでした。最初に買ったのは地元のスーパーでとにかく匂うモノならなんでもいい中坊の予算では、カネボウだか資生堂のナインオクロックのコロン(死語?)でした。それから、高校生の頃に男だてらにシャネルの19番だったか20番?、二十歳にはアルマーニ、そして臭いの承知でシャネ5、20代後半にはブルガリプールオム、ロリータレンピカ、ディオールエンビー…、このエンビーが廃番になるまで何年も愛用し、それからはまたブルガリプールオムエクストレームに変わり、匂いが物足りないのでブルガリプールオムソワールとプールオムのハードなモノに移り変わり昨年まで使っていたのですが、今年になってから、ブルガリアクアマーラーという軽めのモノを使うようになり数日前よりブルガリアクアディヴィーナに変えました。10代の頃には匂えばなんでもよく、20代前半は流行の香りと誰でも知ってる匂いを使い
分け、モリノス的デビユーがスタートしてからは、やはり流行りはじめのモノから重たいモノと柑橘系ハードと洋服に会わせて香りも着替え、中年になってからは人工物でありながらも段々太陽やら海やら潮風を模したナチュラルなモノになりました。おそらく匂いで存在感的なモノを醸したかったのでしょうが、年を重ねて行くうちに香りを身体に纏わなくても、無駄に態度や容貌に貫禄じみたモノがビジュアル的についてきたので、香りは優しく抑え気味なモノになったのかもしれません。まあ無味無臭は嫌いですので、これからも気に入った香水を乱用する気満々な私であります。モリノス香水道の着地点は老人になったら液体の香水ではなく、白檀とか伽羅の練香、沈香、線香を身体に服に燻り炊きしめるかもしれません。それって死臭?。


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モリノスの部屋