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2016年1月の日記
 
2016年1月26日(火) 23:39

モリノス

「…」。数年前、中島みゆきの「夜会」を観に行き、恐怖におののき劇場を後にし、「夜会」に出演していた(中島みゆき演じる主人公のもう一人の自分、私の心の中にいるもう一人の自分が自分を殺しにくる的な内容)友人女優Hより、中島みゆきさんの夜会は恐いけどコンサートは楽しいよとの事で、この度は中島みゆき「一会」と表したコンサートを観てきました…。私は中島みゆきのファンでは無いので客席の中島みゆき信者にひとつもついては行けず置き去り感満載御放置された様な孤立感を覚えました。独自の妙なる声でコンサートは進み、ステージ上での神業レベルな円滑敏速なる幾度もの衣装チェンジ、繰り返される中島みゆき魂歌…。その様子は念仏か祝詞か?挙げ句に義経千本桜と白拍子コラボみたいな衣装で細い紐を弄び始めた中島みゆき…儀式か?。コンサートって盛り上がるんじゃないの?中島みゆきが大音声で不条理、問いかけ、哀愁などを盛った歌詞を滔々と切々と歌い上げそのトランスにも似た中島みゆきの歌が大高揚した時、衣装は黒に赤のアクセン
トがあるロングドレスっぽいモノに変わった時、客席はまるでメディユーサかゴーゴンを見てしまい石と化した、あるいは五百羅漢か、っていうかアンタ達死んだんだじゃないの?と固まって中島みゆきの歌声に酔いしれていたのでした。コンサート本編最後の曲は「麦の唄」、私はこの歌をカラオケで誇張して歌っては中島みゆき及び中島みゆきファンを冒涜しているなどと言われているのですが、本家中島みゆきは私より大袈裟で癖のある節回しをし熱唱…。なんだ私がカラオケで歌っている時の方がおとなしいんじゃない、むしろ真面目な気がすると思った次第です。アンコールも終わりホールを後にした後、なんだか中島みゆきにあたってしまってヘトヘトになって帰宅したのでした。中島みゆきガッチゴチファン陶酔しながら丸の内の夜に引き潮の波の様に消えていった様です。


2016年1月25日(月) 22:03

モリノス

「町の今昔」。私用で地元の商店街に伝統式アシスト自転車で出向きました…。ここ数日のまるで命を縮め身体を蝕む様な寒さにも慣れ、凍風を頬にあてペダルを漕ぎました。ふと今はどうなっているのだろう?と思い、元は農道で武蔵野の面影を残す道に入り一つ隣の駅まで行き、朽果てた昭和の残骸な商店街に行きました。八百屋、魚屋、布団屋、ケーキ屋、花屋、総菜屋、乾物屋などが、先に行った谷中銀座をダサくダメダメにした風情で残っていましたが、私が小中学生の頃には今は活気はないけれど当時はこの町の本屋とかレコード屋、文房具屋、そして当時はさすがの私も中学生、イトーヨーカドーで安い服とかカバン、靴などを買っていたものです。でこの町には昭和80年代〜90年代風の喫茶店(クレープとかティラミスなんか置いてあった店内音楽は、マッチ、聖子、明菜)とネルドリップコーヒーなんかを出す本格派ガッツリ昭和仕様の喫茶店もありました(店内音楽はプロコムハルム、ビートルズ、ジャズ)。中学生だった私は大人びたくて
背伸びしてこれらの喫茶店に恐る恐る入って、セブンスターなんて背伸びして無理して吸っていたものです。そんな事を思い出し、まだそんな喫茶店はあるのか?と探したのですが、みな、整骨院、老人介護施設、そして介護施設と様変わりしていました。中学生の頃は大人ぶって大人が使う喫茶店に入り一人悦に入っていましたが、店が様変わりして興醒めと思いつつも、これから年を重ねるにつき御世話になりますな施設となり、なんだかさびしいやら便利なんだか微妙だなと思いました。


2016年1月24日(日) 20:36

モリノス

「テレビ電話!」。スカイプとかって何?ええ機械音痴でアナログな私にはいったいなんのことやら?とスカイプなるものには触れようともせず今に至ります。今日、怨敵iPhoneが鳴り、電話かと思いiPhoneを抜くと画面によく知ってる幼児Rちゃんが映っています…。ほー最近のスマホは通話相手の画像が添付された状態で音が鳴るのかねと感心していたらスマホ画面の幼児がニコニコと微笑みます「ヌハッ!なんじゃコリャー!」とビックリ仰天していたら、画面の中心にRちゃんの顔、右上に私の顔が動画で映っているではありませんか!。なんでこんなことができる?しかもスマホを耳に当てず画面に映る相手を見ながら通話できるっ!。昭和のSFドラマで見た未来世界のテレビ電話ソノモノじゃないか!と、いたく感動しました。Rちゃんと色々話した後にiPhoneのアプリ(?)を見ても、どうすれば今までヤっていたテレビ電話ができるのか探したが解らないという知恵遅れっぷり、でRちゃ
んのお母さんに事の次第を聞くと、フェイスタイムなる機能を使ったとの事…。お互いのスマホにフェイスタイムというアプリがあればテレビ電話だというのに無料との事…。私はためつがえつiPhoneをベタベタ触り眺めては「ああ!20世紀に生まれ21世紀をまたぎ生きた現在の文明の進化ってすごい、昭和の昔のお布団の上にレースのカバーのついた黒電話とか金持ちはプッシュホンだったよな、あな懐かしや」と懐古な気分に浸ったのでした。レレッ!皆様フェイスタイムなんて当たり前?。


2016年1月23日(土) 21:59

モリノス

「危険!」。最近、大型バスの事故があい続いている様です。今日も大寒波な東京地方…ここ数日、老いた身体に寒さが冷えがこたえてグロッキーな私は本日、夕方から雪と気温が下がるという天気予報に従い、防寒フル装備となりました。夕刻から空が陰湿な暗闇に包まれ、ジトジトと小雨が降り始め、夜に事務所のシャッターを降ろす頃には雪にはなっていないものの鋭い刃でキャンバスを引き裂く様な寒さが全身を貫き、近くのメトロ駅に歩くのも往生になった私はサッと片手を上げてタクシーの後部座席に身体を沈めました。今日の都民は寒さ回避のため外出を手控えたのでしょうか?道路は空いていました。大きな幹線道路に出たあたり、私は車内でベラベラと運転手とオモシロオカシイ話に興じていたのですが、笑いのツボに入った運転手が涎でも気管に入ったか?急にむせはじめて咳き込み、苦しそうな表情になり顔もみるみる赤く、なんとか咳を止めようとしているのですが治まらず悶絶状態になった末に、ハンドルから両手を離して自分の口をソノ両手でふさいだのです…。
ノーハンドルな車はユラリユラリと左右に揺れています私は運転手に「大丈夫ですか!?」と声高に言ったら、ハウッハウッと言いながら運転手はハンドルを握り直し「ああ苦しかった、死ぬかと思いましたよ」と涙目で言ったのでした。私は「咳が治まってよかったですね」と言いつつも私の首筋には冷たい汗がツーッとつたっていたのでした。


2016年1月22日(金) 22:20

モリノス

「今季のモリノス装束春夏モノ」。昨日、デパートにて成り上がりなサロン廻し三昧の最後、この寒風な日々であるのに、もうモリノス何様用の春夏物のシーンがヨージヤマモトのフロアにてラックにかけてありました。いつもはシノゴノと奇抜奇っ怪なデザインの服を手に取り、文句イチャモンをつけた末に購入するのですが、この度はセットアップされたシーンを見てダンマリ…。文句の言いようがなく速攻着たいモノばかりでした。ゴルチェ時代からそうでしたが私の手持ちの服は黒が多く、モリノス部屋衣装エリアは暗黒で覆われていてソノ不気味感が素敵なのですが、40代後半からは色物も取り入れる様になりました。この度のセットアップは股上がホトンド無いサルウェルパンツにタイトで丈の短いジャケット…。黒地にシッチャカメッチャカに油絵の具を塗りたくりソノ上から錆させたか澱ませた様なヘドロ色が纏い、肩とか胸元に目が覚めるような朱赤が飛ぶというシロモノ…。緋鯉を七輪で焼いてるようなカンジです。試着してみると、私の肌の色味を映えさせる濃いカー
キと老化して疲れた顔が元気に見える朱塗りの鳥居みたいなアクセント、しかし年の項か?ドン小西やらテリー伊藤あるいは紅白歌合戦の司会者の様にはならず、華美なプリントも奇天烈なデザインも制し、ヨーロッパの大道芸人みたいな似合い方に大満足したのでした。


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モリノスの部屋