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2016年3月の日記
 
2016年3月26日(土) 23:08

モリノス

「拝殿で祈ること」。私がこの度、股関節のオペでお世話になった病院のそばには、気場の良い神社があるのですが、病院に行く前とかリハビリの予約時間より早く着いた時には境内のベンチで独り物憂げにしているのですが、手水を拝借し拝殿にて手を合わせるのも習慣じみてきました。で、病快癒などを神前でお頼み申し上げるのではなく、鬼セッカチな私は、まだいつ終わるとも見通しがわからない通院生活にイラッとしない様にと「いつでも乱心せず正気で毎日を過ごせますよう、お見守りください」と祈っているのでした。えっ?元々正気で暮らしてないかも?いつも乱心(エキセントリック?)だったけか?などと思いながら鳥居から出るのでした。


2016年3月25日(金) 23:31

モリノス

「モリノス装束試運転」。オペして2月の末より、モリノス的生活のうちできるものを再開して春の彼岸が終わりました。で、松葉杖から普通の杖での歩行となったのですが、オペ後にプチ困った事は、ぞべりとした上も下も長く垂らしたデザインの魔女ルック、キチガなモリノス装束を着られないというか、布量大量で着たら歩けないので、昨日までは私にしては地味で軽装なモノでしのいでいました。が、一日着たらドップリ疲れてしまう奇天烈服を着るのもリハビリかと?と思い、今日はヨージヤマモトの今季セットアップを装着してみました。ロンスカに見えるワイドに広がった変形サルエルパンツをはくにも往生し、いざ野外に…。長い布地が足にまとわりつき、杖にも巻き込んじゃって歩きにくい極まりないと、イジイジとタメ息をついたのですが、よくよく身体をチェックすると、なんでこうなったのか?サルエルパンツを吊るしていたハンガーが腰から尻に挟まっていて、どうやらハンガーごとズボンをはいてしまった様で…。どうりで歩きにくいはずだと思ったのですが、桜
の咲き始めた遊歩道の野外でズボンをおろす訳にもいかず、さりとて駅のトイレの個室で着替えようにも、便所の床にズボンの裾がついてしまうのは確実なので、ハンガーつきの状態で事務所まで行ってしまいました。室内でズボンを脱ぐと尻にはしっかりと赤くハンガーの痕がついていたのでした。


2016年3月24日(木) 23:30

モリノス

「オー異なる誤解」。年末に獲得した権利(?)、顧客様の御紹介ででしか買うことができない、買うことができたとしても受け取りに数ヵ月を要する、二重橋の向こう側やらいとやんごとない御方々御用達、明治の世から今に至るまで変えていないレシピで作られた洋菓子屋MKのクッキーをお店に取りに行く機会が訪れました…。重厚感のある鉄の扉にインターフォンを押して名前を告げたらやっと店内に入れる仕組み…。っていうかシヨーウィンドーなど無く、豪奢な家具の向こうは夥しい数のクッキーが入った紙袋が並んだカウンターがあるのみ…。で、恐ろしいまでに正確に美しい日本語を使う店員にモリノス萎縮…。シドロモドロに菓子を受け取り店を出ました。このお店のある街は私がモリノス的生活を送る前の20代の時に、アルバイトをしていたドラックストアのある所からほど近いのですが、昔とは景色の違ってしまった街の中で当時、トイレットペーパーとか台所洗剤を台車に乗せて配達した老舗のパン屋、ケーキ屋は飲食店は今どうなっているのか?と興味
を覚え、若き日の記憶をたどり巡ってみました。もう閉店してしまった所もありましたが、私が小僧だった頃そのままに営業を続けている店もあり、懐かしさに昔は裏口から配達していたが今は正面玄関から入り、店内を物色していたら、奥から年齢を重ねたが見覚えのあるシェフやら大将が出てきて丁寧に挨拶をしてくださったり、店のドアを内側から開けてくださったり、薬屋のバイト時代は「ああ、そこ置いておいて」くらいで、口もきいてくれなかった人達が気さくにお喋りをしてくれて、更にいたでりつくせりな対応…。私も年を取り貫禄めいたモノがついたのか?昔は邪険にされていたが、今はお客として大切に扱われているわいと一人悦に入っていたのですが…。「!?」違う!違う!この紙袋!MKの紙袋を持っているからだっ!、この界隈で長年、お口に入るモノを扱う商いをしている店主達は私では無く、MKの客として私を対応しているのだ!と確信しました。何故ならどの店でも、店主達との会話の中にチラッとMK及びその系列の飲食店
について聞かれたり話題に取り上げられたりしたからです。卑しい私的には、この次にこの界隈に来るときには、MKのロゴの入った紙袋に中味はティッシュペーパーのボックスを入れて闊歩しようかしら?とケチな事をプチマジで考えた次第です。


2016年3月23日(水) 23:53

モリノス

「卒業式シーズン、焼き払ってしまいたいお母様方」。桜の咲く頃は旅立ちの時、街にはペラな人絹のお振袖に袴のハイカラさん装束に、安女郎みたいな髪を結った女学生を見かけます。まあ今時の娘っ子やら、親御さんも式服着物蘊蓄も知らぬのだから仕方ないと、思っているのですが、俗にいう名門私学の制服を着た幼稚園やら小学校の卒業式に出向く親子を見かけて唖然とする事があります。お父様は当たり障りのないスーツを召してらっしゃり、子供は制服…。しかしお母様は、爪もキラキラと、シャネルじみたジャケットにジャラジャラとヒカリモノを身に着け、アンタこれからホストクラブにお出ましか?と思い、和服を着たお母様は、とんでもない柄がちりばめてある訪問着ともつけ下げともいえない大衆演劇のあて振りか?いやソレ以下な代物を悦に入った様子で着ているのを見るにつけ、私は心の中で「式服の作法を知らぬ腐れ外道らめ、うぬらの様なお仕度の輩が名門校の卒業式の門をくぐるとは、うぬらを束ねて地獄の業火で焼いてしまいたいっ!。いや、こんなドレス
コードも知らぬ親の子を選んで入学させる学校も頭悪いんじゃない?」と毒づいた次第です。あれっ?これって「最近の若いもんはなっちゃない」とジクジク言う年寄り思考?。


2016年3月22日(火) 22:28

モリノス

「彼岸」。目下リハビリ三昧の私、ディオールの黒革の手帖のスケジュールは私の悪筆で「リハ」と連日埋めつくされ、これがリハーサルの毎日なら華々しいのにと思っている昨今、リハビリ縛りになっている毎日、春の彼岸など罰当たりにも忘れていました。そんな今日はモリノス実家の仏壇を前に、母とモリノス甥1号家族が夕食の卓を囲みました。本当は私が行かなくてはイケないのに、代わりに甥1号一家が墓参りに行ってくれたとの事…。で甥1号の幼い子供達に私は、シットリと重低音ボイスで「アナタ方、お墓参りに行ってくれたそうだね…」と言い、まるで得意気に自慢気に顎を上下させるチビッコ達に私は「で?お墓の石塔はアナタ方になんと言っていた?」と更に声色をオドロオドロしく言い、更に「アナタ方、お墓参りに行ったのでしょう?なんでお墓の石から聞こえてくる声を聞かなかったのだね?、石塔の前でね、手を合わせてゆっくり、ジッとして耳を澄ますとね、お墓の中からアナタ方に向けて声が聞こえてくるのだよ…」と言ったらチビッコ3
人は瞬時に「えっ?」と吐息の様に声を漏らすと、まさしく石塔のごとく固まり、顔色が悪くなって行きました。するとチビッコ達はプチシドロモドロに「こっ、声が聞こえる前にお母さんが、さっさとお参りしなさいっ!って言うから、こっ、声なんて聞くひまなかった」と言います。私はもっと声音を皺ぶらせて「次に、お墓に行ったら、きっと、きっと、お墓から聞こえてくる声を聞いてくるのだよ、いいですね…でないと…」と言ったらチビッコ3人は私の言葉を最後まで聞かず遮り「わかった…」と返事をしたのでした。これって誤ったお墓参りの御作法ざんすか?(笑)。


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モリノスの部屋