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2016年8月の日記
 
2016年8月22日(月) 1:04

モリノス

「嗜好が変わった?」。オリンピックも最終日、新体操団体の試合を見ました。って?新体操のコスチュームってこんなにデコデコしてたっけ?と眉根を寄せてしまいました。あれ?モリノス的思考で嗜好は、チュール素材に、羽根、ヒカリモノの類いは大好物であったのでは?…。盛れば盛るほどアゲアゲしていたのに、世界の二重関節祭りな柔軟スギな選手達の華美スギな衣装にリボンやらフープを持ってグルグルやられると目が回りチカチカしグッタリと疲れてしまいました。つい先頃までは悪趣味な程の極彩色にイクラみたいな飾りを見たり装着すると癒えた私でありますのに、新体操団体の全演技を見終わった後、部屋に吊るしてある8月29、30と連日出演する予定の暗黒プロレス組織666別ブランド・新宿2丁目プロレスの時に着るために用意した衣装を見て「なんだか、もう着飾るの飽きたな」と思い、脳より先に手が動いて、ハンガーから衣装を外しゴミ袋に捨て、タンスの中から特に特徴の無いシンプルなモノをハンガーにかけ直したのでした。突然
趣味って変わる?これも老化現象?。年を取ると焼き肉の時にカルビが沢山食べれなくなって赤身を好むのと同じか?と思った次第です。


2016年8月21日(日) 0:44

モリノス

「天照大神」。私がシンクナイズドスイミングの井村コーチのファンである事はこの日記に書きましたが、リオ五輪、鬼とも蛇とも呼ばれる井村コーチによるシンクロ日本代表のフリールーティーンの影像を見ました。テーマは天照大神…。もはやシンクロの現人神となってる井村コーチ、シンクロの振り付けにあろうことか神の領域に足をかけるとは!どないでか?と思いつつも井村コーチに調教された選手達の演技を見守ると、ただ奇をてらって神をモチーフにしたのではなく、曲調もソノ動作も井村コーチは、日本神話やら天照を題材にした作品を徹底的に見て解読し、それをシンクロナイズドスイミングという手段で表現する事に成功…。更にあくまでも同調にこだわり抜く様子に唖然。無理をするのが大好きな私的には選手達に「もっとやれもっとだっ!」容赦無く無理を強いる様が痛快、そんな無理をさせられた選手達は演技の途中から薄気味悪い程の集中力を醸し、チーム全体一体となる様はまるで天照大神がジーザスが鎮座増しますブラジルに降臨した様なカンジでした
。井村イズムキレッキレ健在、井村スピリットが立証され結果に繋がったのを見て、胸がスッとしました。ふと頭によぎったのは、井村コーチがソノ井村節で腐ってる政界を束ねたら、この傷みが激しい日本も、綺麗にシンクロ(ひとつに)なるのでは?と思った次第です。


2016年8月20日(土) 2:11

モリノス

「ズル」。旧友Aの長男Tは中学3年生つまり受験生なのですが、生い立ち色々悶々大人都合により面白い程に心根が歪みまくり、だが非行に走る程の根性も無く、躾損なった犬の様に親に悪態やら減らず口の限りを吐き、ゲームに興じ何事にも無関心じみたカンジで、そんなんだから勉強もまるでできず、引きこもり一歩手前で、青春を謳歌できるかけがえのない年代の時間を無駄遣いし、取り返しのつかない事態となっているのですが近頃、虐待とかの心配不安が無くなったせいか少し気持ちが落ち着いた様で、偏差値すらも出ない成績だてらにこの夏休みももう終りの時期になって高校進学を意識する様になりました。Aより相談を受けてTと会い、やはり進学したいという意向を聞いたのですが鬼な私は、今更どんだけがんばっても今までの学校での態度とか成績が悪いんだから、行ける高校は無いねと思いつつも、モリノス的生活を送るなかで「受験の神」と痣名される私的にはソノ「受験の神」と言われるからには、この地元公立中学校ビリボーイを天に背いてもどこぞの高校に入
れてみせようぞ!。と鼻息荒くワケ事情のある子供でも受け入れてくれる、チャンスを与えてくれる、理解してくれそうな学舎をモリノス脳内学校名鑑で検索し某高校を母親Aと受験当事者Tに提案し、親子共納得したのでソノ瞬間から「受験の神」降臨、受験する上での準備を機関銃の様にAにまくしたて、Tには、もう内申点を貰えないし貴方は自分でも知ってると思うが内申書に記述すらして貰えないと思うので、どうせこの夏休みの宿題もひとつもやっていないだろうから、せめて夏休みの宿題は全部提出して、学習意欲を学校に担任教師にしめすのじゃっ!。と言い放ち夏休みの宿題一覧表を受け取りザッと見ると、各科レポートとか作文の類いがあったので私はTに「貴方、この作文、全部書けないでしょう?では私が作文に関しては手伝いますっ!」と息巻き、原稿用紙5枚の課題に対する文章をもの凄い速さで代筆し(私の特技、長文なら内容はともかくいくらでもいつまででも書ける)、その代筆した文章を雛型にして、Tと二人羽織状態でシヤーペン
をT持たせて私の粗原稿にTの言葉を被せて原稿用紙を埋めて行きました。まともに作文なんか書いた事もないTは最初嫌々渋々でしたが、受験の神である私はムツゴローとも化し「よしよし、ちゃんと書けるじゃない、よーしよーし、理解って読むんだよそれは、わかったって意味だよ、ああそれは治世はね落ち着いた世の中、環境?貴方のまわりを取り巻く状態とか世界的な意味だよ」などと、基本私が書いた文章を写し書きをしているのにいつしか国語の授業めいた感じになりました。原稿用紙に向かっているTは書き出しの頃には書けなかった漢字を書くようになり、普段はすぐに「もう疲れた、死ぬ、やりたくない」とか言うのに私が優しく殺気だって横に後ろにへばりついているものですからシヤーペンと手が合体した様になりカリカリと原稿用紙の升目を埋めて行き、これってコピペっていうのでしょうか?それが終わりました。私は「貴方?こんな長い時間机に座っていた事なんてないでしょう?それに原稿用紙5枚作文なんかも書いた事もないでしょう?」と非難めいた事を言っ
た後に「よくできたじゃない、書いたじゃない、貴方がほんとにアホでクソだったら、こんなに長い時間、机に向かって書く事なんでできないもの、なんだ写し書きすらも、もっとできないかと思った〜」などと言うとTは満更でもない表情で笑い方も忘れていた彼は口の端を歪めて自慢気にしていました。この度私がやった事は夏休みの宿題を本人では無い者がやるというズルだったのですが、イケない事とはわかっているのですが、私のキチガイ思考は、イケない事でも、机に座って筆を長時間走らせる事に成功したのでイケない事とは思わない、あまやかしたとも思うが、彼が真剣に書き写している姿は、今までできてなかった勉強の始まりなんじゃないの?、この作文を夏休み明けに提出してズルがバレてたら、その時は他人の私が学校に行き、確かに私が書きましたけど、本人もこの課題には真剣に取り組みました。そこを貴方も教師だったらこの子の普段の素行を御存知でしょうから、宿題を手伝ったとしてもTが真剣に2時間も机に座り文字を書いた事を尊重してくださいといった様
な屁理屈を言う気満々なのでした。子供を持つ親御さんに伺いますがこれってダメですかね?。私はアリと思っているのですがね(笑)。


2016年8月18日(木) 23:28

モリノス

「命がけの舞台」。日本のミュージカル、舞台劇、今や演劇人殿堂入りレジェンド俳優・市村正親の一人芝居「市村座2016」を観てきました。上演直後客席から登場する市村正親、面白おかしい事を言っては俳優市村を若き日から見続けて来たファンにサービスした後に本編開始、落語のお話を立体的に何役も演じる親子人情話喜劇を熱演…。父親、母親、子供、町の人を一人で演じる舞台上の市村正親はだんだんと汗をかきはじめ、途中からまるでゲリラ豪雨に打たれたかの様に顔からザーザーと汗が流れます…。っていうか御年令的にも癌も克服した後の身体で身体張りすぎたら、後半もたないのではないかとハラハラと板の上の彼を心配しました。汗だく一幕は笑いの中にも親子の絆を見事に表現して幕が降りました。休憩を挟んで第二幕、ミュージカル講壇とでもいいましょうか?ミュージカルヲタにはたまらないミュージカル金字塔「コーラスライン」のパロディを紋付き袴で歌って語ります。一幕目で憔悴している筈の身体であるのに、理路整然とコーラスラインのキャストを声
色を変えて語って歌うのですが、顔色は白く汗もかき果てたその瞳はまるでビー玉の様に澄んでいて、私からするとこのビー玉みたくなってしまっている目とは、天に召される前の人の眼相に酷似していて、その放心した様な何かに憑依された様な表情で演技を続け、しかし一人で何役もこなしているのにそれぞれの人間模様の心情をお見事に表現!。そして若干のインターバルを起きうって変わった様にまるでナイフで夜空をナイフで切った様な静寂が舞台に漂うと、黒いシャツに共布のスラックス姿でベンチに腰かけた市村正親はイキナリ、シャンソンの世界にようこそとシットリとした世界を舞台で展開そしてそのシャンソンは伏線で、なんとソノ後には男市村がエデット・ピアフに扮し、市村節で愛の讃歌を切々と歌ってしまい客席からはスンスンと鼻を啜る音が聞こえます。市村版愛の讃歌、これはきっと三輪明宏に鈍い殺されるであろうという程の出来映えでありました。一幕目で体力を使い果たしているのに二幕目では体力の回復をしつつも演技を続行するという、離れ業に驚嘆
、愛の讃歌で幕を引いてしまえばい鋳物を、ラストには三波春夫の難曲である忠臣蔵を題材にした「俵星玄藩」を朗々と歌い演じ勤めて終幕となりました。全力投球命がけな舞台でありながらも舞台中の疲労を演じながら回復させ最後の演目まで温存できるという技は、老齢に達し病を経験した者だからこそ自分のペース配分をコントロールできるのだなと思うにつけ市村正親の演劇ド根性に私は拍手を惜しみませんでした。更にカーテンコールはまさかの展開…。今年亡くなった偉大なる演出家・蜷川幸雄に捧げる、ミュージカルの楽曲に蜷川幸雄に対する思いを込めた歌詞を市村正親がつけ熱唱。まるで今日の舞台は市村正親演劇生活の集大成であり、深い関わりのあった今や天界の住人になった蜷川幸雄に向けての明るいレクイエムの様に思った次第です。


2016年8月17日(水) 23:30

モリノス

「心配される」。台風の次の日の今日、ムワッとした熱風の紅蓮酷暑の中、出勤しました。事務所のエアコンをつけて、生花の活けかえをしようと、床に紙を敷き古い花と、行きがけに買った花材を並べて、ハサミを入れていたらイキナリ扉が開き「大丈夫ですか!?」と声をかけられ、ふと振り替えると近所に住む顔見知りのマダムでした。私は「あっ、こんにちは〜?暑いですね〜、今、花を入れかえている所です」と言ったらマダムは「いや、今ねちょっと外から中を覗いたら、お姿が見えたのよね、そしたら急に倒れたから、びっくりしちゃって〜、なんともないのね?よかったわ〜」と言います。思うに、私の身体はオペ後に随分と良くなりましたが、立ったり座ったりが円滑ではなく、花鋏を持ってしゃがむ時にはスッと腰を落とすのではなくスッと腰を落とせないので、上半身をバンザイさせながら屈み、そこから両足を後方に伸ばしてバタッと前方に倒れる様にしてから床にうつ伏せめいた姿勢になってから、しゃがみなおすという面倒な事を超速で行っているので、窓の外か
ら見ると直立していた私が、凄い速さで前に倒れて動かなくなった様に見えたのでしょう。花を活けるなんて優雅な一時も私の姿はきっとアブナく見えたのでしょう。マダムは「なんでもなくてよかった」といい、エアコンが効きはじめた室内でしばし涼んでからお帰りになったのでした。


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