| 戻る |過去の日記|
2016年8月の日記
 
2016年8月17日(水) 0:27

モリノス

「ステテコで」。朝イチで病院へ行き、検査やらレントゲン撮影をして、そのままリハビリ科に行き、終わったら術後の定期検診で整形外科に行くという病院滞在日でした。リハビリ科で悶絶トレーニングを受けている最中に伝令(?)が来て、整形外科の私を執刀して下さった先生がさっきから待ってるのにいったいどうなっているのか的なメッセージがPTの先生に届きました。でリハビリが終り次第、整形外科へ行きますと返事をしてまたトレーニング再開、うーむうーむと唸りながら戒めを受けていたら、また伝令(?)が来て、どうやら、日頃忙しい生活を送っている私に配慮して下さり、なるべく待たない様にと診察の時間を確保しているのにいつまでたってもリハビリ科からやってこない私を催促している様なカンジでした。ふと気づくといつもより長時間の施術を受けていて、コリヤーお待たせしては申し訳ないと、リハビリのために着替えたTシャツとモモヒキ姿でリハビリ科から整形外科外来までを小走りし、そのまま診察室へ…。別に病院です
からパジャマでも当たり前なんですが、外来で院内を下着姿に運動靴で移動し、せわしく受診しまたソノ格好でリハビリ科に戻りました。前回の受信日からこの度の身体の具合やら様子を先生に伝えたかったのですが、慌てていて診察室でハアハアしていた事しか記憶に無く、次回の検診日の予約日だけ覚えてきたのですが、先生のお話も気が急いていて耳にも入らなかったのですが、不穏な話は耳に残っていなかったので、経過は順調なんだろうと、おそるおそる得心したのでした。


2016年8月15日(月) 23:19

モリノス

「枕花」。お盆休みの今日この頃、私のリハビリ生活に盆休みもなく相変わらず、早朝より病院に向かいました。そんな時、年長の友人Kからメールアリ…。Kのお母様のF子さん96才が昨日の夕方、今世のお役目を果たし、肉体という拘束からほどかれ天寿を全うされたとの事…。Kを通じてF子さんとお会いしたのは今から10年以上前、F子さんという方はかつて若き日は小町といわれた美貌を持ち、白髪エイジになった時に初めてお会いした時でさえ、まるで日本画の美人像から抜け出たようなそれは美しい方でした。私はF子さんに、昭和のお話をよく伺い、そしてF子さんは常に私の脚とか身体の心配をしてくださいました。数年前より弱くなられてからはあまりお会いする機会はなくなり、今に至ります。リハビリで通う病院のある街の数駅先に、畳の上で大往生を遂げられたF子さんのお家があるので、リハビリが終わった後に、お別れの挨拶に伺う事にしました。お通夜も葬儀もまだ先になるとの事で枕花でもお持ちしようと、駅付近の花屋に行ったのですが都会の花
屋は裏盆はお休みで、商店街をウロウロと花屋を探しては、全部シャッターが降りているという事態になり、ガーン!どうしょうか!と迷った末に電車で大きな駅ビルの入ってる街に移動しました。駅ビルの花屋は今時のコジャレた内装で並んでいる花も不祝儀に相応しい花材は見当たらず、途方にくれましたが、若い娘っ子店員に「枕花をこれから届けたいのですが?」と言ったら、若い娘のくせに「枕花」の意味も意図もわかっているできた人で、店内にあ花材でアレンジメントを作ってもらえる事になりました。仕上がりは通常のイカニモ抹香臭い縦に構成するアレンジではなく、まるで宝石箱の中から高潔な真珠がこぼれる様に花々が低く横にボックス形に広がる構成になっていて、とてもよき出来映えでした。いざF子さんのお宅に到着すると、Kと彼女のお姉様のIさんが迎えて下さり、胸元に懐剣を置かれた冷たくなってしまったF子さんと対面…。不謹慎かもしれないが美人はその死に顔も美しく、まるで安らかなお顔のお手本といったカンジでした。死んだ人に声
をかけても仕方ないのですが、私はF子さんに向かって「F子さん、御無沙汰しています、モリノスです、F子さん?、私は2月に手術をしましてね脚、いつも心配してくださっていましたが、もう痛く無くなったんですよ」と報告させていただきました。眠っていて今にも目を覚ましそうなF子さんの御遺体の側に枕花を置くと、部屋全体が凛と静かな空気に変わり、私はゆっくりとお別れができたのでした。


2016年8月15日(月) 0:47

モリノス

「井村シンクロコーチ」。私は、褒めて伸ばすとか、叱らず怒らず意見せず、己の問題にはただ耳を傾けて、自分自身でソノ課題やら弱点を見いだして挑むまで見守るだけ的なアマーい思考は大嫌いなのですが、ソノ点、長らく日本のシンクロナイズドスイミング界に君臨し、支配、完全絶対服従的指導、その独裁な行いにより、一度はシンクロ業界から追放されたっぽい井村雅代コーチのファンです。しかし井村コーチは日本のシンクロ界を干された途端に中国のシンクロチームのコーチに就任…。国を売った女として日本国民から謗られながらも、まったく協調性が無い性質の中国シンクロチームをメダルに導くという結果を残した的な実績が私は胸がスカッとしていて、井村コーチが日本チーム離れてから途端に日本シンクロチームはグダグタダメダメ迷走中になってしまう低迷期暗黒時代を迎えちゃったってのも痛快だったりします。ソノ後の、ゆとりな日本シンクロ界は井村コーチを呼び戻す復帰的な流れも、もはや六十代半ばに達している井村コーチをカシラにしなくてはならないのか
?日本シンクロ界はアハハーと影ながら失笑していたのですが、先ほどテレビでシンクロデュエット予選の日本代表のフリールーティーンを見て、ブラボーと拍手を送りました。鬼とも言われようが御自身のおしえの信念を貫き、選手の心身限界超えという鬼特訓の成果が、演技の中に現れ高得点に繋がるのを見ては、井村コーチのおしえの仕方が悪かろうがどうだろうが、結果に繋がる様を見て胸がスッとした次第です。


2016年8月14日(日) 0:55

モリノス

「ひとつ隣の車両」。仕事が終り、事務所のシャッターを降ろし、帰宅のためメトロに乗りました。そしてJRに乗り換え、お盆のシーズンのせいか?いつもより空いている車両、2つ先の駅で降りるので立ちっぱなしでもいいかなと思いつつも座席もガラガラだったので座り、リュックから文庫本を出して読もうとした時、ふと何気なく隣の車両に視線を移すと「!?」…。全身鳥肌!なんと、私が書かせていただいた本、いい加減!目覚めなさい!にも登場した、ストーカーネタの主役が物憂げにスマホ画面を見ているのを発見してしまいました。この糞女との何年ぶりかの偶然再会、私は別に今更見つかっても構わないやくらいな自棄な気分で一つ隣の車両に座るキチガイ女をジロジロと観察したのですが、時の流れ、私も老いましたが、地獄の業火で焼かれるがいい女も年を重ねて年月の分だけ年老いていました。心狭き許す事できまじな性根の私は、イカレ女の惚けてスマホをいじる姿を見るにつけハラワタ煮えまくり、あの忌まわしい恐怖の日々を次々に
思い出す羽目になり、殺意さえ覚えたのですが、なんと不覚な事に、ストーカー女を観察しているうちに降りる筈の駅を乗り過ごしてしまい…。それに気づいたら、急におっかなくなり、次の駅に到着するのが遅く感じ、冷や汗をかいてまんじりともせず座席で固まってしまうという小心者なのでありました。次の駅に着いた途端に、足をガクガクさせてコソコソと下車した次第です。


2016年8月12日(金) 23:37

モリノス

「リハビリして強化する当座の理由は底辺」。2月にオペしてからあっという間に半年になろうとしています。引き続きリハビリ中心生活、夏のリゾートなんてしている暇も時間もない今日この頃、そんなリハビリの当座の目標は8月末…。29日30日二夜開催、暗黒プロレス組織666別ブランドのもはやインディーズのプロレス団体だてらにメジヤーとなりつつある「新宿2丁目プロレス」に出演予定で、ニチョプロより完全復帰するつもりなので、ソノ本番に向けてリハビリも追い込みをかけています。ニチョプロでは無駄に女装して終始実況解説席に座り、ギヤハハーと騒いでいるだけなのですが、この興行においてはこれまた私の無駄な美学で15センチと20センチのピンヒールをはく事にあくまでもこだわっていますので、完全復帰=興行開始から最後までピンヒールをはき続けると心に決めているのですが、普段のリハビリの当面の目標がピンヒールをはける様になるというキチガイじみたモノなのですが、あのニチョプロの変態そしてお下劣エロ
空間に向けてリハビリに心血を注いでいる自分もどうかと?せっかく体調を万全にしても一度踵の高過ぎピンヒールなんかはいちゃったら脚がダメになってこれまでのリハビリが水泡に帰すかも?と思いつつも、こんな底辺な事に向けて熱心になっている自分が好きな私でありました。


<--- back next --->

モリノスの部屋