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2016年11月の日記
 
2016年11月9日(水) 23:53

モリノス

「贅沢なお道楽、金と比例する才能」。今はシーズンなのでソチコチのデパートやら会館で華道各流派の花展が開催されているのですが、習い事、芸事はヤクザなシキタリがあり出展するにも莫大な金と見栄を張らなくてはならぬのが道楽の極みなのですが、ナマモノを使う華道の展覧会ほど私の嫌いなモノはありません。師範雅号を持つものは、お作を出さなくてはならぬ時には珍種の草花を諭吉をバラマキ血眼になって捜し求め夥しい数を手に入れキマッた花数本、おさまりがいい枝数本を残し後は捨てますし、大規模な花展においては会主の極エゴにより樹齢を重ねた巨木を切り倒して、切り刻み会場に配置しちゃってる訳で植物を愛でるのではなく、まるで自然破壊を賛美している様に僻んだ私の心は思ってしまいます。更に生木で運んだ苔むした樹齢何百年もの松やら北山杉なんかを使った後は生木なんですから再利用もできないでしょうからやはり破棄…。今は一年中菊が季違いの花材が花屋に普通に並んでいますがコレはもれなく輸入モノしかもこれらは第三国の広大な田畑を潰し養
殖花畑にしている訳で、ソノ国の皆さんが食べる野菜が作れませんからもれなく貧困になるという、先進国の人が花を買うから、なにかと不自由な生産国の貧困は増すといったカンジになりましょう。私も花の心得がありますから花屋で珍しい花材があれは嬉々として買ってしまいますが、っていうかソノ花を買わないと花屋の経済も落ちる事になるのでこれまたなんとも複雑な気分。華道の晴れ舞台の花展には「残酷」「大出費」「無駄遣い」「自然を蝕む」という現実があるなか華やかに開催されるのですが、なんだか違うよなコレはと思ってしまうのでした。そして花展のああ無情な所は、高価な花材を使ったモノが目を引きスバラシーなんて思ってしまうのが常ですから、お稽古の精進が認められるのではなく、金を惜しみ無く使ったモノが「お上手ね」とお褒めの言葉を賞を頂戴するのも、なんだかこれでよいのか?と違和感を覚えるのでした。


2016年11月8日(火) 23:09

モリノス

「今日の自虐」。昼からフィットネスクラブに行き、自主リハビリのためプールで一心不乱に90分水中歩行…。今日の野外は寒く、プールも温水のくせに冷たくヒエヒエで腰がカキンコキンと凍り唇は紫に…。その後バスルームで身体の芯まで暖まり、そしてまた濡れ髪で寒い野外に出てリハビリのため病院に行き、冷や汗かいて過酷な戒めリハビリを受け身体か温まった所でまたまた寒い野外に…。そしてスタッフ風竜が張り店している落合の事務所に顔を出し、閉店時刻の夜には氷雨が降り、傘もささずスタッフ風竜と駅まで行き、身体が冷えきったので近くの安くて美味しい中華屋に行き、石焼き麻婆豆腐というアツアツ辛い一品を頼み舌ベロを火傷しながらも石焼麻婆豆腐を汗だくになって完食。ソノ後にスタッフ風竜と解散しメトロに乗りました。地元駅に降り立つと寒さはいっそうキツく、小雨なんだけど極寒状態、しかしポケモンGOをしばし雨に濡れながら帰宅…。今日は身体を冷やしたり温めたりの繰り返しの果てにモリノス部屋ではクシャミと喉の痛みを覚えるとい
う私ならではの自虐的な一日でありました。


2016年11月8日(火) 0:48

モリノス

「三婆」。有吉佐和子原作「三婆」が小説化されたのが昭和30年代から40年の始めころだったと思われます。この当時60才といえば完全に老人という認識だった様です。この小説は60代に達した正妻、義妹、妾によるシュールなエゴエゴバトルと老醜の憐れさから、さすが有吉佐和子の筆により現代における高齢者社会を暗示させる問題提起的な形でオハナシ閉まっているのですが、面白い内容なだけに「三婆」が世間に発表されてから今日に至るまで、映画化テレビ化舞台化されてきました。今夜は大竹しのぶ(正妻)、渡辺えり(義妹)、キムラ緑子(妾)、脇に段田安則という、個性派?演技派?な濃いキヤスティングで新橋演舞場で上演されていたので観て参りました…。客席は老女達が繰り広げる騙し合い、媚び、嘘、けなし合いといった醜態に抱腹絶倒…。しかし、大竹しのぶ、渡辺えり、キムラ緑子は演技はウマイのですが、それぞれのキャラが立ちスギていてただ面白いだけで演劇という舞台空間での一体感が無く興醒め
しました。舞台の終盤では80に達したというテイのキャストが滑稽に耄碌芝居を展開するのですが、客席で爆笑している高齢者ばかりの観客に対し心中で「アンタ達?笑い事、他人事ではないでしょう?明日は我が身ではなく、今の貴女方がおかれている状況だのによくも笑えるものだ」と呆れた次第です。60の時に未亡人になった主人公が80才になった時の現実はそれは心身共に毎日が大変な事であり、落合に住むモリノス護衛団と名付けている独居の戦火を経験した三人のお年寄りと頻繁に交流している私的には、朽ち果てた冠木門の舞台、荒れ果てた庭の舞台装置の中で、ヨレヨレになった姿でキャスト達が面白おかしい演技を繰り広げ、観客から笑われる様子を見てはなんだか、私が仲良くしている、つましい生活、孤独死の恐怖の中でも気丈に生きてる落合の三婆を嘲笑われている様な気分になり不愉快な気持ちで劇場を後にしたのでした。


2016年11月6日(日) 23:26

モリノス

「ナマな迫力」。年下売れない小劇場役者の青年Kに私の持ってる衣装を何シーンか貸し出す事となり、Kがモリノス部屋に来ました。好きなモノをモリノス部屋衣装エリアから選ばせ一息ついた所で、Kは茶箱を発見「中には何が入っているんですか?」と聞くので、帯やら打掛だのが仕舞ってあるのだよと答えたら、ぜひ見てみたいというので茶箱の蓋を開け、丸帯やら六通の帯やら、襦袢だの打掛を部屋中に広げてみると一気に部屋は散らかり満艦飾の綺麗な汚部屋となりました。で和服の心得がないKに着物蘊蓄をベラベラ喋り悦に入ってから、どうせなら着てみるか?とKに聞いたら「ぜひ」との返事で、ではとKを半裸にしてから、眉根を寄せて癇症に数分でこしらえをして鏡前に立たすと、男子でも綺麗なモノを着るとナルシーチャクラが全開に開くのでしょうか?Kは鏡に映る己の打掛姿に魅入りソノ瞳は陶酔の境地に…。いつまでもそうされてもプチ迷惑なので、名残惜しそうなKに着付けた着物を今度はあれよという間に剥ぎ、そしてまた癇症に畳もうとしてふと思い立ち、畳
む前に自分でも着てみようというか、着てみたくなり(そういう変態なんでスイマセン)、自分でもこしらえをした所、大年増の場末女郎そのものな似合い方、更に本衣装に疲れた皺とたるみ祭り五十路のスッピン顔にザバッと伸びた髪が、間接照明の部屋の中で見ると、非業の死を遂げた女郎の霊の様な迫力となり得たいの知れない妖気というかモリノス部屋が不気味空間となり、そばにいたKは「なんだかこんな寒い夜には見たくない」「これから帰る道すがら何度も後ろを見てしまいそうだ」「寝ている間に魘されそうだ」とさっきまで、変身して満更でもないというテンションだったのに、急に疲れたというか老けた表情になったのでした。


2016年11月5日(土) 23:47

モリノス

「カウンセラーの見解」。多感なティーンエイジの子供二人を持つ旧友Xが思春期の子を持つ母親を対象にした某心理学のカウンセラーの講座に参加したらしいのですが、今まで宗教とかシステム販売、ネットワークビジネスの餌食になり骨までしゃぶられても学ばない感化されやすいXはそのカウンセラーによる「15になるお子さまの現段階の成績表が母親としての成績表でもあるのです」的な事を言われて腑に落ちてしまったらしく更に「そうなってしまったら母親としてできる事は無いので勉強を強要しても無駄、お子さん自身が気づき自ら勉強に勤しむ様に見守るだけでよい」的な事も言われバカなXは「おっしゃる通り」みたいな気分になり、15の夏より受験に向けて悪戦苦闘した日々さえも無意味だったと思ってしまった様で「もう息子自身の問題だから、放っておこうかと」と言いました。更に思春期というのは親離れ子離れにはいい機会なので、子供に気をかけるのではなく、今後の自分の人生に目を向けていい的な意見も聞き、Xは得心してしまったのですが、果た
してソレでよいのか?と首を捻った私でありました。


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