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2017年2月の日記
 
2017年2月9日(木) 0:56

モリノス

「得たいの知れない宴」。プロレスラー・ヘラクレス千賀選手と私が構成員暗黒シャーマン・モリノスとして所属している暗黒プロレス組織666の性爆弾と痣名する忍選手と3人での食事会となりました…。っていうかこの二人の選手とはプロレスの会場で会うより他は特に普段は交流も無くあれは数年前、ヘラクレス千賀選手と動画の撮影を御一緒した時でしたでしょうか?、なんとなく社交辞令で「今度、ごはん行きましょう」と言ったのをヘラクレス千賀選手は覚えていて、今日ソレが実現し、ヘラクレス千賀選手とツーショット食事というのもなんだかいったいナンのハナシをしてよいのか見当もつかず…って事もあったのでしょうか?、私と同じ団体の忍選手も呼んでの宴となりました。普段そんなに仲良くも無い選手との食事会というか長老の私的なは若いモン同士が飲んで食べた方が私に気を使わず楽しいのでは?と思ったのですがソンナ取り越し苦労は無駄で、三十代の二人と五十代の私は、特に違和感も無く爆裂トークっていうか長時間に渡りお店でバカ騒ぎとなりま
した。奴等二人はアルコールってものはそんなに飲めるんですかね?といった超速ハイピッチで生ビールやらチューハイを胃に落としていく様は壮観…。酒が進めば口も回り、オフレコトークを大声で大爆笑で展開しあっというまに五時間が経過していたのでした。なんと申しましょうか私も彼らとの、アレな話、コレな話をしているうちに、このところのっぴきならぬ闇々な日々を過ごしていたのですが、両選手との一時に心の澱が溶けた様な気持ちになったのでした。


2017年2月7日(火) 20:58

モリノス

「忘れていた」。私がオペをした病院がある街は賑わう昭和の商店街の中にコ洒落たカフェだの料理屋、雑貨屋に洋服のセレクトショップがあり、もはや第2の地元化している私的にはリハビリに通う度に、カオスでカルチャーな地域を徘徊しては一人悦に入っているのですが、本日この地に行った時に「あっ!」と思い出した事がありました。この界隈は小さな劇場とかライブハウス、お稽古場も沢山ある地帯で、そういえばこの街この商店街の中にある小屋にショッパイ芝居を観に来たり、お稽古しに来たり、恩師の大御所、演出家の試演会的なモノも観に来たなと思い出し、アララ!。そういえば私もこの街にあるライブハウスで「暗黒シャーマンモリノスの夕べ」と称し暗黒プロレス組織666にて実況解説でお馴染み須山さんプロディユースによるトークライブを三回もやらせていただいたのでした。病院通院リハビリにばかり意識が行っていて、この街には前から御縁があったのだなぁとしみじみと思った次第です。また機会がありましたらこの街でなんかしらのパフォー
マンスができたら嬉しいなと思った次第です。


2017年2月6日(月) 20:58

モリノス

「術後一年目の診察」。昨年2月3日に人工関節置換術を受け、術後一年目の診察を受けに病院に行きました。術前から私のリハビリに心血を注いでいただいたリハビリ科にも寄り御挨拶に行ったのですが、PTの先生方も私を覚えていてくださり、脚の回復っぷりをお見せする事ができました。思えばこのリハビリ科においては長い間お世話になり、汗と涙の日々が懐かしく思い出され、なんだか今日もリハビリを受けたい様な気持ちになりました。ソノ後に整形外科へ…、執刀していただいたドクターと共にレントゲンを見たのですが「!?」前回の受診時に比べ患側の大腿骨の中の骨が沢山増えていました。私が股関節の自骨を手放してまでオペを選択したひとつの理由は股関節の痛みならいくらでも耐えてみせましょうな心意気だったのですが、この度の病院ではじめて確認した膝から大腿部にかけての骨の中が真っ黒でストロー状態でした。これまでいくら数々の民間療法でメンテナンスをしていた患側も股関節周辺の削れた骨頭、ひび割れた骨盤あたりの進行を遅くする事がで
きていた様ですが、大腿骨のミイラ化と大腿の筋肉の萎縮までは治まらなかったのでしょう。今日のレントゲンではミイラ化した部位は真っ黒ではなく白い筋がいくつも生えていて、その周辺の筋肉もシッカリついていました。医師いわく「よく回復しています、これだけ回りに筋肉がついていたら、まず脱臼はしないでしょう」との事。人工関節置換術を受けた後は、人工関節が外れて脱臼する事を怖れて生き暮らさなくてはならないですし実際、私と術式は違えども人工関節置換術を受けた方がソノ数ヵ月後に人工関節が抜けて再手術という例をよく聞いていましたし。別の病院に通っていた時は、脱臼する可能性が高いうえでのオペ後の制限のありすぎる生活の見解(階段NG、和便器NG、歩行一日総合20分、2年に1回のオペを繰り返すなど)を聞いていましたから、この度医師から「脱臼はしません」と、この経過だと再手術するとしたら20年後にするかどうかその時の状態で決めましょうとの御意見に、もう前から人工関節による諸々の心配は払
拭していましたが、医師から力強く「外れませんよ」と言われ、我ながらよくリハビリ頑張ったものだしかしまだ鍛えあげなければと思った次第です。しかしあんなに骨の中身が増えてるとは!。ありがたいことです。


2017年2月5日(日) 20:54

モリノス

「悪筆が更に悪筆」。手紙を書く機会があり、便箋を前にペンを取ったのですが右手の中指にササクレがあり強引に剥がしたら流血して腫れてしまいました。私は幼い頃から字が汚く自分でナニを書いたのかも読めないというみっともないマックスなのでしが、右手中指プチ負傷により文字を書いたら、悪筆にも程がある代物になってしまい、お手紙をお出しする方にも失礼なカンジとなってしまいました。時節の御挨拶だったり私の近況を綴ったのですが地獄文字スギて手紙と言うより、呪文の文句みたいな禍々しい仕上がりになってしまったのでした。


2017年2月4日(土) 21:53

モリノス

「あえかな」。仕事が終り昨日、落合界隈の不思議時空の神社の節分会に参加しソノ時のお下り物のお餅やら豆やら菓子を持ってきたスタッフ風竜と事務所にて節分会の写真やら様子を聞いていたら、御来客アリ…。日本伝統芸能界のサラブレット女流邦楽家のTさんでした。今日のTさんはお着物姿に髪も結いソノ様子は「あえかな」としか例え様が無く、生成りに細かく茶色の紋様を散りばめた着物にマットな黒い帯をキチッと〆、大貫禄…一気に、落合の事務所に綺麗な華が咲いた様になりました。Tさんはとっときの有名店のいなり寿司をわざわざ忙しいのに私のためにと持ってきていただきありがたい限り…。サラッと夥しい数の諭吉が何人も結集和服姿に、ソノラグシュアリーブランドの象徴色であるバルパライソの小さいサイズのバックをお持ちだったのですが、トーシローだったら洋物のバックと和服の取り合わせは、とってつけたカンジになりますが、Tさんがバルパライソを持つとお召しになってる着物とバッチリの組合せとなり、Tさんの和装コー
デイネートのセンスに脱帽した次第です。Tさんは歌舞伎座に御用との事で束の間、三人で気さくに談義した後にお帰りになったのですが、私とスタッフ風竜は、しばし「あえかな」Tさんの風情に魅了され、いただき物のいなり寿司を夢見心地で事務所でいただいたのでした。


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