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2017年9月の日記
 
2017年9月16日(土) 0:12

モリノス

「魔の刻、落合大パニック惨事を納めた三婆」。落合の事務所にてお客様をお待ちしていた秋の夕暮れ時、空に墨を流した様に闇が広がる頃、野外から「ガシャーン!!」という破壊音が町の静寂を破りました。「何事ぞ?」と思いドアを開けて外に出ると「!?」、早稲田通りの反対側のバス停、乗客を下ろすため停車したであろうバスの後ろにバンパーもボンネットもグシャと潰れた小型車があり、反対斜線に車の面を斜めに出していました。察するに停車中のバスを追い抜こうとして失敗してバスのケツにぶつけてしまったのだと思われます。バスの運転手は電話で誰かと連絡を取っている様で、中野方面に帰宅を急いでいた沢山の乗客は、バスの中で右往左往…。バスと事故車が上り下りとも一車線しかないのが早稲田通り…。道路をふさいだ形になってしまっているので、大渋滞…。そんな阿鼻叫喚な光景を見ていたら、この厳しい病む夏を越した、いつも何かと私に世話を焼いてくれる戦火を潜り抜けたエイジのモリノス護衛団と名付けている老婆三人トリオの一人が、事故現
場を仁王立ちで見ていました。私はお客様が御来店されたので、室内に入りモリノス部屋でセッションとなったのですが、鑑定中にまた癇症なクラクションにまた破壊音がしました。がセッションに集中してしまっている私は外が気になりつても、モリノス部屋から出ずにリーディング続行。でセッションが終わりまた外にでるとあらんことに、事故車両の後ろにまたバンパーを壊した小型車があり、推測ですが、バスとその後ろの破壊した車をこれまた追い抜こうとして失敗してまたぶつけてしまった様で…。ふと横を見ると三婆がいて、最初の衝突事故から二重衝突にまで至った経緯をことこまかく説明してくれました。まずバス停に止まっていたバスにぶつけた小型車はバスを追い抜く際に誤作動でエアバックが開いてしまい、前方の視界が遮られエアバックが開いてしまったが故に運転席で身動きがとれなくなってしまい、車の外に出ることができない事態が長時間たってしまっている時に、強引に事故車を追い抜こうとした車があり、タイミングが悪いことにソコにバイクが横を走り、ソ
ノ車はバイクを轢いてしまった上に前にあった事故車にもぶつけてしまったとの事…。いつまでたっても埒あかない事態を目撃した三婆は、119に通報し、彼女のおかげて二十三重の事故の対応がやっとできたのでした。事故車の後ろから来た車に轢かれたバイクの運転手は意識不明だったそうだが、事故現場に最初からいた三婆が車に轢かれたバイク運転手の介抱から、遅くなってやっと到着した警察にも指示し采配。早稲田通りが元の通りになるまで三婆は最後まで見届けていました。結局、三婆が救急車の手配やら警察に連絡を取らなかったら、もっと悲劇が繰り返しかねない事態だったのを老人が納めたのには感服した次第です。ちなみに、三婆いわく、最初の「ドッカーン」と言う爆音が聞こえた時には「北朝鮮からミサイルが飛んできて落とされたのかと思ったわ」との事でした。


2017年9月14日(木) 22:34

モリノス

「もはや病院化している」。年上の友人、伝説のフォークシンガーフォーク界の歌女神と痣名するKと日本の高度成長期よりアパレル界にこれまでは外国の模倣にすぎなかったファッション界に新しい風を吹き込み、今は無き渋谷パルコオープン時に携わったこれまたアパレル界の伝説B、と定例会の様に都内某所のイタリアンで談義する筈だったのですが、ライブを週末に控え声の調子が悪いというKは欠席、8月は私が高熱を出し欠席となり(年を取るとせっかく楽しみに予定していた日に体調を崩し欠席する事が多々あるんでしょうね)。この度は私とBとの会食となりました。いつも行ってるコノお店の雰囲気、女料理人による食材に対して愛のこもったお料理に関しては何度か日記に書きましたが、最近は食事を楽しむというより、体に優しいメニューを選ぶ時から、自分達の体調に合わせて温野菜とかビタミン豊富なサラダとか、体を冷やさない様な料理を選び食していて、食事の最後には、それぞれの体調心情を女料理人に伝えてハーブティーを調合していただくので
すが、女料理人が食の医師でマスターが薬剤師みたいな立ち位置になっていて、まるでレストランなのに、西洋医学でも無く東洋医学でも無いのですがまるで飲食店なのに贅沢な病院に行ってる様な気持ちになった次第です。


2017年9月13日(水) 23:08

モリノス

「術痕」。朝シャワーを浴びてから、お仕度のため、濡れ髪全裸でモリノス歩いていてふと部屋の広さに合わない金縁の巨大姿見に己の裸身を移して何気なくオペした部位を見ると「アラッ?」、人工関節を入れた鼠径部の術痕が小さくなっている?…。で、場所が場所だけど姿見に近より患部をよくよく見ると、12センチから15センチくらいまるで南米の蛭みたいに赤黒くなった縫い痕が5センチくらいに小さくなっていました。先達の人工関節置換術を受けた同病の方々の術痕を何回か見させてもらう機会がありましたが、術後臀部に茶色くケロイドに長く盛り上がったモノ、大腿部側部にミミズ腫れの様に見えるモノ、私と同じく左右の股関節を一気にオペした方は両足の鼠径部から膝の上くらいまで北斗の拳みたな傷痕になっていたりと、まあ大手術なんだからこれくらいのメスで切った痕は残るだろうと諦念し、まあオペの記念武勇伝にコノ術痕を見ては感慨に耽り一人悦に入る生活を送りましょうと思っていたので、小さくなった術痕を見て己の再生力と肌の強さに驚
いた次第です。残った5センチも念入りに点検すると色が薄くなってきていて、このままだと消えるかも?と期待しつつも手術をした痕があった方が、イカニモやったんだぞと人に見せびらかした際にどんだけ大変だったかを盛ってアピールできるが傷が消えたら大したこと無い的に見えると思われ、傷が消えるのはありがたい限りなのですが、証拠じみたモノが無くなるのは寂しいような…?といった気分です。


2017年9月13日(水) 1:36

モリノス

「無駄にソワソワする」。リハビリのため病院のある街に行きました。秋の夜、業務連絡のラインが沢山来ていたので、シャッターの閉まった店舗の前で、怨敵iPhoneを右手に、予定が書き込んである黒革の手帖を右手にプチ作業をしていたら背後から三十代後半と思われる女性から「もう終わりですか?」と声をかけられました。私は「いや、私はお店の者ではなくちょっと、ここで用を済ましているだけでして」と言うとソノ女性は「あ、すいません、ちよっと見てもらいたくて…」と言い、踵を返し駅の方に歩いて行きました。私はいくつかラインの長文メッセージに、スタンプだけで返信をした後になんとなく自分が立っていた店を見ると「占い、スピリチュアルカウンセリング」と看板が出ていました。私的には極複雑な気持ちになり「うーむこれが落合の事務所だったら、シャッター開けて鑑定させていただけたのに?」「占い師の私が他の見知らぬ占いサロンの店の前に立っている図というのはシュール」と、オヨソの御同業のお店の前で無駄にソワソワした次第です。


2017年9月11日(月) 23:44

モリノス

「ヘデイック、ストマック、コフ、ツース」。今日は病院に行き、薬を処方していただき、調剤薬局に行きました。調剤専門な薬局に、外国人が来店。どうやら調剤薬局とは知らず薬局に入った様で、薬剤師相手に英語で何かを尋ねていました。で薬剤師は、調剤薬局ですから並んでいる売薬は少ない中、流暢な英語で外国人に接し、胃腸薬を進めて、外国人は納得した様な顔をしてソレの売薬を買って行きました。このやり取りを見ていた私はヒヤッと背筋が凍った様な気分になりました。この日記を長年読んでくださってる皆さんは御存知かと思われますが、私は20代から20代半ばまで、これまでの薬局とは違う、薬だけでなく、日用品、食品、雑貨などを扱う日本のドラックストアのではしり(アメリカンファーマシーの野暮ったいカンジ)、番町の店でアルバイトをしていました。番町という土地柄、近くに大使館とか外資の企業もありましたから、外国人のお客様がよくお見えになりました。で、いまだから言える(?)ハナシなんですけど、薬剤師で
は無い私が、英語ができない私が、来店する外国人のお客様に、薬を売っていたのです。で外国人のお客が「ヘデイック」と言ったら、適当に頭痛薬を売り「ストマック」と言ったらこれまた適当に胃薬を売り「コフ」と言ったら有無を言わせず咳止めを売り「ツース」といったら歯の痛み止めを売るというずさんな売り方、英語がわからないとは言え、お客様の症状を丁寧に聞く事もなく(英語を知らないので聞くことができない)、適当に、薬を売ってしまっていました。本日、外国人と薬剤師のやり取りを見て、もう時効だろうけど、外人のお客様に出鱈目な薬を売ってしまっていたかも?私が勧めた薬を飲んで変なふうになっちやっていたかも?と、今になってたいそう心配になった次第です。


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