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2017年9月の日記
 
2017年9月26日(火) 0:00

モリノス

「責め苦の果てにスライディングボード」。今年の夏は五十路あな哀し、身体を鍛えて筋量は増えるが筋トレをしたが故に若い時とは異なり鍛えたら鍛えただけ強くなるのではなく、運動をしたら疲弊し抵抗力が落ちるという現実、更に男性版更年期なのか?血圧が上がったり、8度5分からの熱が(熱だけ、咳も鼻水も出ない、食欲はある)続いた後に、平熱が7度3分キープで今に至り、微熱があるとシャキシャキ動けず、微熱が下がらずとは全く身に覚えが無いが花柳病かしらん?なんて思っていてオペをした病院のリハビリ科から移籍したリハビリに特化し過ぎなマッチョなPTの先生の元、術後のリハビリだてらにアスリート級の施術を受けているのですが(オペ後の驚異的な稼働域を見せてる私の股関節のパフォーマンス向上の可能性が大なので、リハビリもキツいものになっている)、しかし、微熱だ高血圧だ、更に最近スイーツばかり食べてる私は、リハビリの前に、体調がイマイチで〜熱もあるしーと言い訳三昧で施術台にのりマ
イルドリハビリを所望し、PTの先生も加減してリハビリを行っていただいていたのですが、この度は微熱高血圧申請をしたのに、まるで地獄の鬼に金棒で折檻を受けている様な戒めリハビリを受ける羽目になりました。約2時間ミッチリ責め苦戒めを受けた後の私の姿を鏡に映すと、長い髪もほつる顔もやつれまるで年増女郎が喧嘩した後になっていました。キツイにも程がある鬼リハビリを受けた後にもう終わりかと思っていたが、仕上げにスライディングボードのトレーニングを強いられたのですが、息がハーハーしつつもスライディングボード左右行ったり来たりになった時にはすっかり疲れてしまっていつつも意地になってスライディングボード左右行ったりきたりをしていたら、PTの先生が自分もやって見ると言い出し、やってみたのですが、PTの先生は息を切らして、コリヤーキツい辛い、滑っておっかないとのたまわったのですが、健常者でも往生するスライディングボードなんだから私なんかが上手くできる訳がないと得心した次第です。


2017年9月25日(月) 0:01

モリノス

「愚かな選択をしそうな自分」。世の中に携帯電話なるモノが選ばれし金持ちやらヤ○ザだけでなく民草の間にも普及しはじめた時期、私は20代後半でモリノス的生活が始動して程なくの事、当時所属していた今は無き原宿ニューエイジセンターでは、占い師連中の待機部屋は無く、お客様のついている者は部屋に籠りきりで閉店までソノ部屋から出る事は無く、人気の無い者、予約の入っていない者は自宅待機とか、御職を張ってる者の予約が取れずソノおこぼれをいただける可能性に賭け、原宿周辺でブラブラしてちょいちょいサロンに戻るか携帯電話を買い、連絡待ちをしていたものです。私は自慢ですけど所属した日よりお茶を挽く事は無く、御職部屋に入りっぱなしの口でした(出勤から閉店まで占い部屋で座りっぱなしでトイレにも行けず前立腺炎にもなった)ので携帯電話を持つ必要が無かったのですが、皆が持ってるので自分もみたいなカンジで一つ購入…。そして今で言うガラけーは進化をたどり着信音とか選べたり、メール機能が備わった時代には、プライベ
ート用、仕事用にとガラケーを2台持つようになり、更に携帯電話の会社も増え(ボーダフォンとか覚えてます?)、新し物が好物の私は使えもしないアナログなのにまた1台買い、携帯電話が三個になった時には携帯で通信ゲーム(?)黄金期を迎え、ちょうどコノ頃にストーカー被害に連日悩まされる事となり、ストーカーはストーカーが故に私のアレコレ調べる訳で(知らない所で私の従姉妹家族と食事とかしていた事を後で知った時の恐怖は今でも忘れない)、ストーカーに怯えた私は3台の携帯電話の電話番号とメールアドレスをストーカーに知られたっていうか、3台も持ってるとどれがプライベート用でどれが仕事用かわからなくなった末に、4台目を購入…(後にストーカーが知ってる電話番号とアドレスが持ってる4台のうち2台と判明しその2台は解約)。でガラケー2台となった頃に鳴り物入りでiPhone登場…。私にはiPhoneは無理と数年はガラケー2台で過ごしていましたが、数年後にiPhoneを衝
動買いの末に使い方分からず数年間放置。結局iPhoneなるモノは携帯電話というよりパソコンな訳で、私には使えないに決まっていたのですが、画面を無駄にアチコチ触ってはどれもできないキーッとなり、それ以来iPhoneは私の怨敵となった訳です。でその後はiPhoneの機能を自分で覚えるのではなくiPhoneから習うみたくなり、やっとラインやら、動画を見る、顔本に登録、Google(?)ポケGOなんて出来るようになり、今はガラケーとスマホを使っていますが、今年の秋になって、長らく使っていたガラケーの不具合が相次ぎ、だましだまし使っていましたが、いよいよオシャカになりそうな匂いがプンプンとなり、もうガラケーは生産しなくなりつつある在庫は数年前の機種である事を知っていつつも、ガラケーからガラケーに機種変するか?と思案していた矢先、林檎屋がiPhone誕生10年との事で新製品を立て続けに販売すると聞くと、今更ガラケーからガラケーに機種変も変だし、さりとてどんだけ新し物好きでも、ガラケーか
らニユーiPhoneに変えてiPhone2台持ちってのも愚か者がする仕業の極みと思い、しかしガラケーを止めるとコノ日記は書けない(スマホでは親指高速ポチポチ早打ちができない)訳で…。どうでもいい事だが、新しいガラケーに機種変するか、怨敵iPhoneを2台にして、日記を書く事をもう止めるか血ヘドを吐く思いでスマホのメール機能を覚えかつ親指操作から人指し不便操作の練習をしようか、無駄に躊躇っている次第です。


2017年9月23日(土) 22:17

モリノス

「重なる再会」。怨敵iPhoneを片手に人間失格な歩きスマホ(もちろんポケGO)しながら落合に出勤。地元最寄り駅から私鉄に乗り、いくつかの駅を通りすぎた所でバッタリ車内で昔お世話になり、今や音信不通だった福祉の仕事をしているYさんと会い、終点の池袋駅までお互いの近況報告をし、まだ話し足りないが私はJRへYさんはメトロの改札へと「それではまた」とお別れしました。で私はJRに乗り高田馬場へ、駅近くのドンキに寄り買い物をして外に出たら、芳林堂ビルが猥雑なドンキが出店する前に花屋だった時があり、私はこの花屋をよく利用していたのですがドンキができてから縁も無くなってもう何年も経った今日、ソノ花屋の店員にバッタリ遭遇…。私がこの花屋の客だった頃は線の細い若いイケメンだった彼は(若いイケメンが花屋にいてアレンジメントなんかつくっていたら女子は悩殺?、残念ながら彼はゲイ)、三十路も超えたか?ガッシリした体格になっていて、なんでも配達専門の花屋で働いているとの事、私の
事は怖いお客様で、花を包む時もとても緊張したとの事、ドンキの店先で談義しそれではお元気でと別れ一路落合に…。で、事務所の近くにあるコンビニでペットボトルのお茶なんかを買って外に出ようとしたら、モリノス的生活始動よりセッションに来ていただいていたこれまた御無沙汰なお客様と会い、お互いに年を重ねながらも今元気でいる事を祝福し、お別れしました。で、仕事が終わり事務所のシャッターを降ろして、またスマホを片手に歩きはじめたら、前方のタクシーから大柄な男が降りてきたので、私はなんとは無しにソノ男を見ると、約3年前にイキナリ私の前から姿を消した当時、モリノス的活動をちょいちょい手伝ってくれていた元は野球選手のMでした。私は突然Mと連絡が取れなくなったので、お縄になって臭い飯でも食べているのか?首でもつったか?と心配していたのですが、Mいわくプライベート都合でイロイロアリスギの果てに心バッキリ折れ、生きた屍みたいな暮らしを送り、今年の夏から生活の軌道修正をしはじめ、私にも連絡するの
を躊躇っていたとの事でした。一日に四人の疎遠だった人達に偶然の再会を果たした私は「なんだか懐かしい人とか心配してた人に立て続けに挨拶を交わしたが、これって私にお迎えが近い啓示か?」などと曲がった針みたいな月の元、スマホ片手に楽しい連続再会を、秋の夜らしくしんみりネガに思考した次第です。


2017年9月22日(金) 23:19

モリノス

「お祭りの前」。落合の町の鎮守様である小さな神社は明日から秋のお祭りで、ショッパイが御神輿が出たり、町内会住人によるユルい出店が出たり、神楽殿で年寄りやら近くの大学の学生だのフラダンスのサークル(?)による出し物が開催されるのとの事なのですが、私は今日の昼下りにコノ神社の鳥居をくぐった時に大雨が降りだし、境内にある色の褪せた紅白幕が濡れはじめお祭りの用意をしていた氏子達とか香具師達が慌てて雨対策をしはじめている様子をビニール傘に太鼓の連打の様に打ちつける雨音を聞きながら物憂げにみていたら、一つの傘に入った母子が視界に入りました。母親はまだ幼稚園児であろう男の子の手首を引っ張り、どうやら雨だから家に帰ろう的な事を言っている様なのですが、チビッコはチビッコのくせに堂の入った仁王立ちで頑として動かず、口をキッとしめて顔を赤くし今にも泣き出しそうな顔をしています。そんな親子を尻目に拝殿に行きお詣りをしようとしたらプチ顔見知りの禰宜様が「やあ、こんにちは!雨の中よくお越しいただきま
した」と声をかけていただいたので私は「あのお母さんとお子さんは何をしているんですか?宵宮は明日でしょう?」と聞いたら禰宜様は「ああ〜、あの方達は近所に二年ほど前に越して来た家族なんですけどね、あのボクはお祭りが大好きで、大祭の告知をした八月の末から、あはは、ほぼ毎日神社に来てママに、お祭りはまだ?と聞いているんですよ」と言います。私は「えっ!毎日?あの子お祭り大好きなんですねぇ?、が、しかし、待ちに待ったお祭りの前日にこんなに雨が降ったら、子供なりにショツクでしょうねぇ〜アハハー」と意地悪に声高に笑ったら、禰宜様は「そうなんですよ、あのボクは一人で神社に来て社務所に来て、お祭りは?と聞きに来るくらいですから」とにこやかに言います。察するにいよいよお祭りの本番前日になり、境内にお賑やかなお祭りのお仕度をしているのを見て、チビッ子は、テンションは天に昇るようなくらいアガッた途端に雨…。幼いだてらにきっと意気消沈、奈落の底に落ちた様な気持ちになっているだろうと邪悪な私はガキがうなだれてい
るであろう事を思うにつけ腹の中でほくそ笑みつつも、怨敵iPhoneで明日の天気を調べると曇りから雨のマーク…。ソレをみたら邪悪魂から一変して、拝殿では「神様のお祭りを楽しみにしている幼い子供が今、神様のお近くにいます。どうぞ明日は天気になり、あの子が楽しみにしていたお祭りが滞りなく行われますように」と私にしてはガラでもない事を祈ったのでした。


2017年9月21日(木) 23:01

モリノス

「平成の青春の者か?」。若い方は知らないでしょうが、私がチビの頃に「青春の門」という小説が連載されその後に映画として封切られたのですが、ソノ映画の内容は九州は筑後の炭鉱町を背景に主人公の青年ががこれでもかという苦労と悲しい辛酸舐める生活を強いられた末に、身寄りが亡くなりひとりぼっちになった時に、単身都会の街をめざして旅立つ的な内容だと思ったのですが、うる覚えだてらにラストシーンに主人公演じる佐藤浩市(?)が、こっそり母親か姉の骨壺から遺骨を取りだし、土着風習よろしく骨噛みをして、独り新天地を目指す的な内容だったのですがこの度、何年か前に一度だけ福岡か博多で紹介された青年Iから顔本を通じて連絡アリ。この青年は、で平成の御世であるのに、幼い頃から両親と死別し、姉と二人で福岡で肉体労働と夜の水商売のタブルワークで病弱の姉との生活を送っていました。彼から顔本のメッセンジヤーからのお便りを読むと「モリノスさんお久しぶりです御無沙汰失礼します、姉ちゃんが死んだとです。葬式もふとかこつ
できんじゃったけど、無事に終わりました。俺は近々、今まで貯めた金ば持って東京に行きます。死んだ姉さんに墓も立てられん情けなかこつになってしまったのですが、今日は姉の骨を噛みました。死んだ俺の体に入った姉ちゃんと一緒に、東京に向かいます。まだ住む所も働く場所も決まっていませんが、これからの新生活を楽しみにしています」との事でした。まるで平成の青春の門か?と思いつつも、Iが状況した暁には、あれこれどうだったかと終わった事は聞かずに「ウエルカムトーキョー!」と久しぶの再会を祝おうと楽しみに待っている次第です。私は彼にたいした面倒は見れませんが、彼の東京での生活が豊かなモノでありますようにと私にしては真剣に祈り、姉と二人で苦労して生きてきたIが今、どんな顔をしオーラがどうなっているのか?きっと頼もしいものになっているに違いないとIとの再会を楽しみにしているのでした。


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