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2017年10月の日記
 
2017年10月12日(木) 2:18

モリノス

「お縄になる、手出し口出しできず無念」。仕事と私用が立て込み、終電もとうに無くなり、タクシーに乗りました。程なくして車の後ろから眩しい灯りにが当たり、サイレンの音が鼓膜を破る音量で暗闇の幹線道路に響き渡りました。私は運転手に「えっ?この車?」と聞くと運転手は「はい、そうですすいません」と言い私は「運転手さん!白?黒?」と聞くと笑顔をひきつらせた運転手は「黒です、いい訳聞かないです」と言い私は「信号無視?完全に赤だったんですか?」と聞くと運転手は「はい、赤でした、お客様申し訳ございませんが少々お待ち下さい」と言い、車を歩道の方に寄せてドアを開けて、仁王立ち不動立ちの白バイK官の元へいったかと思うと、夜道に水色の制服がボウッと目立つ白バイK官が、まるで運転手を小突き回す様な仕草をしたかと思うと「テメェよ〜!お客乗せてんじゃねぇかよ〜!わかってんだろうなぁ!」と口汚く運転手を罵り、私はソノ怒鳴り声を聞いた瞬間に眉根が寄り顔面麻痺みたいに顔が固くなったか?と思ったら両目がキ
ユーッとつり上がるのを感じた途端に、後部座席のドアを癇症に開けて、水色低脳K官三人に向けてあらんかぎりの殺気を醸しモリノス忍術「目力」を般若顔で(オーバワーク疲労後の般若顔は迫真にせまってんじゃないかという自負)放ち、もう術後の私の脚はビッコをひかないて済んでいるのですが、わざとトレンデレンブルク歩行で体を横にギクシャクを振り、水色連中に向かっていったら、きやつらめらは、私の姿を見て、後退り…。私は慇懃に大音声で「私は具合が悪くなって早く帰宅して休みたいと思うからタクシーに乗ったんですが、職質ってんですか?、時間かかるんですか?、運転手さんが赤信号無視はやったことはやった事ですから仕方がないですけど、このまま諸手続きが終わるまで、待たなくてはならないんですか?帰宅が遅れると、困るんです」と理路整然に言った後に「貴方、K官の癖に先程のヤクザまがいな運転手さんに対する物言いはお里がしれますね、運転手さんが信号無視は無視なんですから、この度の事は素直に認めているんですから、赦してく
れないにしろ、運転手に恫喝とは!、こちらまで不愉快ですね」とゴネて、またタクシーの後部座席に座ったのですが、これぞ徒労、しばらくして運転手が戻って来た時に、私を自宅まで運んだ後に文京区にある警察に出頭という、運転手にとっては辛い現実になってしまったのでした。


2017年10月10日(火) 22:08

モリノス

「持ち主のいない木刀、30年ぶりの再会」。暗黒プロレス組織666の今季、私は試合中にジャージ姿に身をやつし竹刀片手にプロレスラーをガチに叩いて叩いて叩きまくっているのですが、10月28日に開催される666ハロウィン大会に備え、ポケGOばかりやっていたらイカンと思い、新調した竹刀を背負って(前大会でアイドルプロレスラー、山口達也の弟Kozyを滅多打ちにし、背中をいく筋ものミミズ腫れにした果てに竹刀大破)、殺陣師の友人Sの主催する都内某所、立ち回りのお稽古場の片隅で竹刀をいかにデンジヤラスにプロレスラーに振り落とそうかと独り稽古をしていました。稽古場では若いモンが「ヤアーッ!」「トウッ!」「スバッ!」という掛け声も勇ましくお稽古に精進しています。私がフロアの片隅で、竹刀滅多打ち練習を見かねたSが「盡田さん、竹刀より木刀で、こいつらと殺陣でもやって見ませんか?久しぶりにニヤリ」と挑発的に言うので見栄坊な私は「ジャーやってみます」と言い、稽
古場にストック(?)されている木刀を渡されれソレを手にした途端、この木刀の持ち主は左利きだったのでは?何故なら殺陣は基本右利きですから、この木刀を手にした時に違和感あり、使いなれない右手を使うので、木刀に妙な癖がついている感触を得た私はこの木刀の持ち主は左利きだったでしょうとSに聞いたら「ツクサン良くわかったね」と言います、ソノ刹那、私は、何年前に急性心不全で他界したOの事を思い出していたらどこからともなく「盡田さん」と呼ばれた気がしました。Oが死に、殺陣が大好きだった彼は、今は天界にいて、彼が生きていた頃は、私を兄の様に慕ってくれていたので、コノ木刀はどうした事か?Oが使っていた木刀と確信めいた私は、Oは左利きで殺陣もうまくできないながらも精進して来た木刀を手にし、立ち回りの芯を勤めて、斬られ約の若いモン相手に殺陣の所作じみたモノをしたのですが、Sのおしえを受けた奴等は、最初に所作の段取りをした後に芯になってる私に「やっ!「ヨッ!」という掛け声
を竹刀片手に私に襲ってくるのですか、私はその場で木刀を縦に横に正面に振ってるだけだのに、斬られ約の若いモンは「ウワッ」「ググウ」「ううん」と苦しそうな顔をしてバッタバッタと倒れてまるで私がならずモノを全員成敗した図となったのでした。今は亡きOが好きだった志保美悦子主演映画「二代目はクリスチャン」のクライマックスの台詞を、私は真似て「てめえらっ!悔い改めて十字を切りやがれでねえと全員たたっ斬るぜ」などといかにもつかこうへい、つかこうへいの特徴的な台詞回しを言った途端に、私の頬に涙がつたいました。左利きなのにソレを矯正するために、殺陣の稽古に精進したO、関西弁が中々抜けずアクセント時点を一生懸命呼んでいたO、私ごときを目標にして私と同じ俳優養成所に入るために心血を注いでいたO…。偶然とはいえもうOが使っていた木刀を手にした私は、まるでOに久しぶりに会った様な気になり、ま天国の住人になったOに励まされた様な気持ちになったの同時に、たまに思うのですが、志
し半ばに死んでしまったOの事を思うと辛く哀しい気持ちになったのでした。


2017年10月9日(月) 23:04

モリノス

「腹より背中と胸」。モリノス的カオスで素敵な生活の果てに、男だてらに鬘もドレスも夥しい数、自前で持っているのですが、最近は無茶な運動をプチドクターストップを夏の終わりに医師より託宣されて依頼(加齢による微熱と高血圧)、身体の抵抗力が弱る疲れる、マシン、水中歩行、クロスバイク遠乗りを封印し今や、ポケGO4〜5時間週に2回くらいしかやっていないのですが、あな哀しや…。三種のハードな運動を止めた途端にあんだけ歳に抗うカンジでボデイラインをそれなりに維持してきたのに、たかがポケGOロングウォークぐらいでは、せっかく鍛えた身体は弛み重力に従う体格となりました。で、この度は都内某所に預けてあるドレスを試着するためにアトリエに行き、スパンコールロングドレス他を次々と着てみたのですが、腹部はファスナーが上がるのに鍛えた広背筋は脂肪加味で肉襦袢になり、あらんことか、固かった大胸筋もボリユームばかりがあり、タイトに採寸したログドレスの類いは、腹は入るのだが、デカくなった背中までファス
ナーが上がらず更に、胸もユルいがデカクなりデコルテあたりから、胸がはみ出すという事態になったのでした。


2017年10月8日(日) 23:29

モリノス

「男には当てはまらない?」。メトロ駅のトイレに行きました。そのトイレの構造はなんと申しましょうか入口は1つで中に入ると右に男子は青、左に女子は赤の柱があり、男子女子のマーク(〓)が印してあり、私は当たり前ですが青で右の男子トイレに入り、アサガオの前に立ち放尿したソノ時、「キヤッ!」という悲鳴が聞こえたので後ろを振り向くと鬼の形相で顔を赤くした中年女の姿アリ…。ソノ中年女は私の顔と、立ち小便をしている私の体をジロジロと見ると踵を返し出て行きました。私は用をたし外に出ると、ソノ中年女と駅員の姿がありました。駅員は私を見てから中年女に「?」という様な顔を見せ、中年女はトイレの青と赤を交互に見てから私を睨むのですが、私は二人を無視して改札口に向かいました。察するに、最近はガタイがよくなりラップパンツもはきませんから女性に間違えられる事も無いのですが、ソノ中年女はおそらく、私を女と間違え、私が入ったトイレに入った後について来たらソコは男便所であるのにオバサン魂で女便所に男がいると思
い、悲鳴をあげ駅員に通報したのかと?っていうか、女に見えたっぽい私が入ったトイレだから自分も後に続いたら、私が男である事に気づき、しかし女便所に男がいると早合点し駅員にチクリに行ったのかも?というややこしいカンジになってしまったのだと思うのですが(推測だけど)、私からしたら男便所に女が侵入して「キャッ!」と悲鳴をあげるってのが不愉快であり更に、駅員を呼ぶってのも解せなく(中年女の間違いだのに)、女便所に男が入ったら猥褻変態男としてお縄にもなりかねないが、男便所で男が用をたしてる最中にツカツカと女が入って来て、ソノ姿を見たとしてもお咎め無しなのかしら?と思った次第です。


2017年10月8日(日) 1:36

モリノス

「中国朝○族料理屋リベンジ」。落合の事務所に、私の世渡り処世術の師であるK姐とソノ夫Mが来店、この夫妻、舌が鋭敏で大食漢、で落合に来たのならと新大久保のイスラム街を案内し、そして先に暗黒プロレス組織666の代表にして私の妹分にあたる彼岸花毒美に連れていってもらった中国朝○族の料理を出す(犬肉、虫の料理)がある日本人はいない店に話の種にと行きました。前にコノ店に来た時に私はギトギトの油で揚げた食パンに唐辛子をコッテリまぶしたモノとトウモロコシのフリッターに山盛り粉砂糖をふりかけたモノを食べたら、それだけでお腹一杯になり、コノ店のウリの串焼きを殆ど食べれなかったというプチ口惜しい思いがあるが故に大食漢夫妻だったら鬼に金棒とリベンジの魂を持って卓に座りました。夜更けの店内は日本語があまりできない店員と北京語でも広東語でもない中国語が他のテーブルで飛び交うという絵図となり、K姐夫妻とアレコレ(ニワトリの頭の丸焼きとか蚕の煮物、カエルの足の揚げ物は頼まなかった)
と面白そうなモノをオーダーしたのですが、日本語が危うい店員相手の注文に往生していたら、ソレを見かねた隣の様子の悪い中国人カップルに、私達の注文を通訳してもらうという展開になり、私は私でカタコトの北京語と傾聴の広東語ならわかるという無駄な自信が役に立たず凹むという展開になり、得たいの知れないデイナースタートとなりました。まあ、複雑な料理は無い(焼くか煮る)のですが食材の鮮度がとても良く、とても箸が進んだのですが、さすがK夫妻、大量の料理を次々と胃に落としていき追加そして追加、大食い選手権みたいなカンジとなり(K姐は生涯一度もダイエットをした事がなく十代後半から体型も体重も変わっていない不気味体質)、元々大食いな中国人客が頼んでいるメガ盛り料理と負けず劣らずむしろ勝ちな量を平らげたのでした。沢山の素朴なあるいは野蛮ともいえる料理を長時間居座り完食した後、イスラム街に戻り、新大久保の知る人ぞ知る安くて鮮度の良い野菜を売る八百屋に寄ったK姐夫妻は(イスラムなピ
ーポーが深夜なのにごった返す)物怖じもせず、野菜をしこたま買い、私を車で自宅まで送ってくれたのでした。イスラム街に中国朝○族料理屋という普通の人だったらオッカナイあるいは萎縮する環境に全く動じず楽しんじゃうK夫妻を見るにつけ、やはりコノ人達は私のガチな友人だなと思った次第です。類友な夜でありました。


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モリノスの部屋