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2006年8月の日記
 
2006年8月31日(木) 22:04

モリノス

ある娘Sは21才。スポーツの精霊にとりつかれているかのごとく、一年中、マラソンやら自転車やらトライアスロンやらに興じ、バイト先までスーポーツジムという筋金入り・・・。本日Sに会ったのですが、高校球児のごとく真っ黒。体育な夏をすごし、燃えるようなラブな出来事はまったくなかったそうです。私は「ん〜、女だてらに赤銅色の二の腕、子持ちシシャモなふくらはぎ・・・、マニア向けすぎですな〜」といったら乙女心を傷つけたらしく「赤銅色なんて!ひど〜いっ!」バシッと肩をはたかれましたら、ウエイトでぶん殴られたかのような痛みが体に走り、久しぶりに「口は災いのもと」のたとえを、痛感しました。



2006年8月30日(水) 21:57

モリノス

休憩中、小腹がすいたので、イヤシロチ青山の冷蔵庫から、冷たいプリンを出し、つるつると飲み流したら、カラメルソースが胸から腹にかけて、かかってしまったので、濡れた布巾で拭き取り、セッションに入りました。濡れたシャツにかかるエアコンの冷風・・・。だんだんとお腹が痛くなったのですが、リーディングには集中できました。が、お客様に同席していたお子さんが、座っているのに飽きたので、私がお子さんの首すじやら、脇腹などをくすぐり、お子さんの相手をしながら鑑定をしていたのですが、いきなりお子さんが私の真似をして、私の脇腹をくすぐりはじめたのです。腹部に刺激を受けた私は・・・。再びお腹が差し込みはじめたのですが、リーディング中の私の口は止まる事を知らず、ペラペラと動き「たとえ、ウンコが漏れようとも、モリノスの口を今、止めることは何人なりともできない!」みたいな諦観の境地に至り、激しく襲う便意と幼子の脇腹くすぐり攻撃に耐えセッションを終了したのでした。セッションの集中力はウンコ漏れを制す!。だが、よかった!
数多いる占い師の中で鑑定中脱糞という前人未到の逸話を作らなくて・・・。ウンコ漏れそうになりながらも鑑定し続ける自分ってすごい?。いや、年を取るとウンコくらいでは動じず、たとえ鑑定中に漏れ流したとしても、「すいません、漏らしました、ですが、お話を続けます」などと平気に言い放ちそうな自分がいます。



2006年8月29日(火) 20:36

モリノス

福岡にはまだゴルチェの路面店が残っています。先日、博多に行った時に探し、みつけ店に入りました・・・。まだまだ健在なゴルチェイズム!。店長は私を「おかえりなさいませ」みたいな感じで私を迎えてくれ、買い物もしないのに長い時間ゴルチェ談義をしました。店長いわく(まだ若い)自分が死んだ時に着る衣装も、すでに決めてあり遺書として、今からしたためてあるそうです。・・・。ゴルチェの総こしらえで、三途の川を渡る・・・。粋?。物理的には火葬後におびただしい数の金属塊が、出てしまいそうな気が・・・。今季でゴルチェ直営は東京、博多を残し全撤退するのですが、ゴルチェ博多、九州もんの意地で頑張ってもらいたいと思います。



2006年8月28日(月) 21:54

モリノス

「福岡HRホテルでキレた」。Hホテルといえば、世界的に有名なチェーンで、どこに行っても、ゆき届いたサービスを受け、とても心地よいのですが・・・。HR福岡・・・。カーテンの向こうは社屋と民家なロケーション・・・。さらになんか嫌な予感がすると思い、ベッドサイドをさわったら、手に粉雪のようにホコリがミッシリはりつきました。「プチプチプチ」と脳の血管が切れた私は、即、デスクに電話。慌ててやってきたホテル従業員の前で、ドラマの姑役の人みたいに、指でベッドまわりやテレビ付近のボードのホコリを人差し指ですくいホテル従業員に見せつけ「私はたとえ格安プランであってもHグループのホテルに泊まりに参りました、ですが、これってHホテル的にヤバくないっすか?」と目押しプレッシャーをかけた所、水戸黄門のラストみたいにホテル従業員は私にひれ伏し、違う部屋を手配し、さらにチェックアウトの時には、値引き、ホテルを出るときにはGMからの見送りを受けました。かえって恐縮してしまいました。ちょっとや
りすぎでしたでしょうか?。



2006年8月27日(日) 21:42

モリノス

博多に来ています。福岡空港にて、昔の友人Kにおよそ15年ぶりに会いました。彼いわく「ミュージシャンか、業界人、あるいはオカマバーのママの普段の素顔の姿かと思ったらツクだった」と言われました。彼と私はその昔、六本木スクエアビルが全館ディスコだったころ、よく夜遊びをした仲でした。15年の月日はお互いの体型や顔つきを変えてしまいますが、話していくうちに、あっという間に、若きころの自分たちに戻れる感じがして、楽しく語り合いました。彼は私に匹敵する毒舌家なのですが、15年ぶりに毒舌合戦なども・・・。「ツク!風の噂でカタワになったと聞いていたが、脚だけでなく、頭もカタワになっておるの〜」私は仕返しとして「K?福岡でのお泊まりはどちら?えっ?Wホテル!、ハーッハッハッ、ごめんなすって私はHホテルなんだけど、やはり年をとり、お前がおっしゃるようにカタワになってしまうと、せまい部屋では不自由でね」と切り返したら友人はフッと黙り「なんでもいいけどさ、そんな派手な格好で空港で
びっこひいて歩いていたからとても目立ってから・・・とにかく死ぬなよ」といきなり真剣に言われました。なんか「ジーン」としてしまいました。私は「はいはい、ではまた15年後くらいにどっかの空港で派手な装束でびっこひいて歩きますから、見つけてくだされ」と言ったら、いきなり強烈な頭突きをお見舞いされ、グワッと握手をして「じやーまた」とKは空港を後にしました。私は見てしまいました。Kの顔に手のひらに、私の父と同じ病気の兆候を・・・。私は「!神様!?」と心の中で叫んでしまいました。私は彼に二度会うことはないと思います。神様の用意してくれた偶然の再会は、お別れの挨拶だったのかもしれません。ですが運命は変える事ができると私は信じています。父と同じ病気であろうKとまた飛行場でバッタリ会えますようにと祈りました。



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