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2008年3月の日記
 
2008年3月31日(月) 23:39

モリノス

最近知り合いになった友人Kが(小劇場出身にてその後音楽活動をし今に至る)が久しぶりに芝居に参加するとの事で、深川そば森下にある古い倉庫を利用スタジオ、稽古場、劇場を備える、ベニサンピットに行きました。この場所は私がシヨッパイ演劇生活をしていた頃に、オーディションやら稽古やらで行ったイタい場所で思い出でもありプチトラウマスポットでもあります。何年ぶりかで訪れたこの地は昔とひとつも変わらず、まるでスタジオとスタジオの間で泣いたあの若き日に戻ったような錯覚に陥り、開場した劇場についた頃にはなんだか気持ちが不安になりました。客席対面型にしつらえた場内にてシ上演されるのは赤毛物(昔のロシアとかヨーロッパの風刺的演劇)でした。私は昔から赤毛物が苦手でした(日本人なのに、ニーナとかナンチャラニコフみたいな登場人物が金髪に洋装でベタベタ日本人がしたり顔でやりとりするのに抵抗があった)。友人Kは赤毛物でもマニアックな題材の演目に出演するので、こりゃ大丈夫か?。ド塩下北芝居で潰しのきかなくなった自称「役者
」きどる勘違いピープルの集団だったらどうしょう?さらに久しぶりに俳優として板の上に立つKはテンション芝居で暴走するのではないかと、寒気が背筋を上り下りしながら開演を待ちました。出来映えは私の懸念を吹き飛ばす、力量のある俳優達がテンポよく赤毛シュールな出し物を展開し、とても楽しめました。登場人物が多いというのに見事なチームワークでした。そしてKもブランクを感じさせない堂々とした演技で頼もしく思いました。まるで水を得た魚のように舞台というしつらえた水槽で自然に泳いでいました。私はつまんない芝居ですとすぐに尿意便意、足腰の痛みを感じ舞台に集中できないのですが、この度の芝居は最後まで集中して見れる完成度でした。私にとって思い出のある場所で私の知り合いが堂々と難解な赤毛物をこなしていく様子はなんだか胸がスッとした時間でした。



2008年3月30日(日) 22:57





昨日今日と私のHPがメンテナンスの都合でみれなくなり、ご心配いただく皆様から沢山お問い合わせをいただき、ベリー往生しました。最初のうちは「サーバーのメンテナンスの都合でもうしばらくしたら回復しますから」御返事したりメール返信していたのですが」本日を迎えてあまりのお問い合わせに御返事する事を放棄してしまいました。仲良い旧知のタメ友からもHPみれんとブーイングがあったのですが、私は逆ギレして、1日二日HP見れなくたって命に支障はあるまいと私に叱られました。が、今更ながら予想以上に私の日記を読んでくださる方が沢山いるようで、キレつつも感謝した次第です。写真は返事返信を断念した私が、甥の子イ ア一号と、魔女と幼き勇者と戦いごっこをしている写真です。これからもサーバーの都合でHPが見れなくなる事もありましょうが、すぐに回復しますし、私も毎日日記を書きますから安心して下さい。


2008年3月30日(日) 14:50

モリノス

「小心者」。帰宅時、タクシーを利用し自宅前まで。請求金額1.160円也。私は千円札二枚と10円玉を出しておつりを850円貰おうと思ったのですが、私は普段小銭をもつ習慣がない(重いから)ので、ああ10円も持ってないやと思い千円札を二枚、料金を乗せる台に置こうとしたら受け皿に、先客が取り忘れたらしいおつり銭10円が乗っていました。私はすかさず運転手さんに10円が受け皿に置いてありますと言おうとして言葉を飲みました。黙って二千円渡すと、まんまと運転手さんは私に850円のおつりをくれました。タクシーを降りた後、プチ罪悪感が忍び寄り、心臓がバクバクしてしまいました。ああ運転手さんに悪い事をした。売り上げを計算するときに10円多いか少ないに違いなく、帳尻が合わずタクシー会社の会計係(?)から、叱られるに違いない、小銭を増やしたくないばかりにその10円は私のではありませんと言わなかった私はなんと悪い人だろう、などと、普通に「10円得した〜ラララー」と喜べず、心をブル
ーにしながら自宅に向かったのでした。



2008年3月29日(土) 0:11

モリノス

「阿佐ヶ谷な夜」。私にとって阿佐ヶ谷とは青春の汗と貧乏を思い出す地です。俳優養成所時代この土地の、街の集会所とか廃屋チックな稽古場で、シュールな演劇の練習に励み、お洒落っぽいビミョーな居酒屋とかカフェで、先輩から演劇論を聞かされ、同期からは自己批判めいた事を語り合い、当時から頭が高かった私は「そんな変なうんちくは芝居で稼げるようになってから語ればよい、クリエイティブを気取るこのような場所でくだまいてる事態が売れてない証拠、私は阿佐ヶ谷で演劇論をぶつような人間にはならず、なんらかの形で成功し、昔を懐かしみ上から目線で、昔のしよっぱさを懐かしむためにこの地に飲み食いに舞い戻る」とプチ誓ったものでした。そして時空を超え今夜、電話占い師として成功している長年からの友人Hirokoと再開し食事をして、お互いの近況やら占いの苦労話をしたのでした。久しぶりに訪れた阿佐ヶ谷はあの稽古着姿で通っていた当時とあまり変わらず、私的にはとても商売をするにはごめんなさいな地域でしたが、昔ここで苦労してた時を思い
出し、過去の自分よ当時に比べたら画期的な成功はしてないが、ちっとはましな生活をしているよと昔の自分に問いかけました。占い師Hirokoはこの度「願望成就・WishAchiementCD」なるものをプロデュースし発売したのですが、願望成就なるタイトルは阿佐ヶ谷で明日の夢を叶えるアーティスト、クリエーター、ハッピーパートナーシップを乞う、昔の私みたいな若人にはマッチしたCDかと思われ。かつHirokoも、長年の占い師の生活の中、CDをプロデュースするまでの立場になったのだなとHirokoの成功を喜びました。私もHirokoも同年代で自分のやりたい事を仕事にして生きているのですが、そんな私達を阿佐ヶ谷の街は「おかえり、おめでとう」と優しく迎えてくれているような気がしました。ですが、贅沢に慣れた今、食事後によった、塩汗カフェのイスは固く、そんなカフェを懐かしくも思う反面、やはり阿佐ヶ谷はたまに、昔の自分を知る場所であり生きる場所ではないなと思いました。そしてHirokoプロデュースの願望成就のCD
を聞きながら、私も新たに何かに向かって挑戦して行きたいなと思いました。



2008年3月27日(木) 23:06

モリノス

韓流映画「猟奇的な彼女」を観ました。ベタベタでコミカルなラブコメディーなのですが、なんだか見終わった後にジワーンと感動できる作品でした。「努力した人間には用意された必然的偶然が天よりもたらされる」といったようなフレーズが出てくるのですが、私的に「他力本願」という言葉を思い出しました。たまにですが、神社仏閣や聖地といわれる所に詣で普段何もしてないのにひたすら願いが叶うよう祈願し悦に入るピープルがおりますが、このような祈願は成就しないと思います。日夜己に与えたテーマにたどり着けるよう精進し、苦労を重ねた方々が聖域にその旨報告し、夢に向かってがんばってる私ですが、その夢に突き進んでいる道行きがたとえ辛い道のりであっても、大いなる存よ日頃の精進が天に届くなら、どうぞ夢までの道のりが円滑でありますようにと報告かつお願い申し上げるのが「他力本願」の道筋だと思います。猟奇的な彼女は自分が抱えてしまったトラウマに身近な優しさに頼るのではなく、自分で自身に課せられたトラウマを解決すべく半ばムキになり一人
で努力した結果、なんかの宿縁でハッピーをつかむ事ができました。人を頼りにするのはよいことだと思いますが、自分で消化するとそれなりのご褒美が天からもたらされると思いました。劇画的なストーリーの中、フムフムと得心させられた次第です。



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