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2008年11月の日記
 
2008年11月30日(日) 0:43

モリノス

地元の駅で降りると改札口は混雑していました。週末のこの駅は普段は閑散としているのに今宵は何事ぞ?。と思い改札口を行き交う人々をジロジロ見たら、変なキラキラするカチューシャをしている若者とか、小さな熊手を持っている人を目撃。察するに駅付近にある小さな大酉神社の酉の市の賑わいが駅まで影響している様子・・・。私はこれではタクシーが拾えないかと思い、乗り場に並ぶ前にとトイレに行き用をたしました。すると洗面所に自分の身の丈ほどある綿菓子の袋を持った幼女というより赤子がいるではありませんか!。しかもその赤子は泣くでもなく笑うでもなくキャラクターの描かれた綿飴をギュッと握りしめ放心した様子でボーっとしているのです。トイレにいるのは私ひとりで父親らしき人は見当たりませんでした。私はとりあえず赤子の手を取り外に出たのですが、改札口近辺で子供を探す様子の大人は見うけられませんでした。私はプチ焦り、駅の人の所まで連れて行こうと思ったら、赤子はブンブンと綿飴の入った袋を振り回し、ガンとして動かないのです。しか
も激泣き寸前。私はその場に赤子の目線までしゃがんで「お名前は?」などと聞いてはみたものの三白眼で私を睨んだままウンともスンとも言わないのです。私はインスピレーションと推理を屈しして(下手に抱き上げ連行して泣き叫ばれたら人さらい扱いされたらイヤだなと思ったから)みました。頭の中では「おそらく母親と女子トイレに入った、母親は洗面所で化粧直しか携帯のメールかなんかんしている、入口付近に乳母車?まさかこの子は乳母車から勝手におりて男子トイレにきちゃった?」などとチャネリングか妄想か?みたく思案してみたものの、いくら女装もどきな格好をしている私でも女子トイレに入る訳にはいかぬ!とんだ変態行為だし・・・。と赤子を前に心の中はプチ悶絶地獄になっていたら「キャハハ〜」などという声が頭上から聞こえ、ふと見上げるとヘタレキャバ嬢みたいな若い娘が携帯で通話しながら、お祭りで買ったと思われる屋台売りグッズを乳母車に沢山乗せて女子トイレから出てくるではありませんか。そのヘタレギャバ嬢もどき娘は、私に不愉快な一瞥
をくれると、携帯で通話しながら乳母車を押してさらに赤子をよっこらとかつぎ、しゃがんでいる私の前を通過してしまったのです。さらに赤子が落としてしまった綿飴の袋をチャラなブーツの先で拾い上げて乳母車のハンドルの所にひっかけ改札口に向かうのです。私はキレるより先に「子供放置、お礼もお詫びもできない、しかもお口に入る物を足げにするアナタには、必ずお酉様の御利益なんてひとつもないに違いないんですからねっ」と若き母親の背中を見ながら心の中でつぶやいてみたのでした。が、案外、私のチャネりも推理もあながち遠からずかも〜と、失礼な態度をとられた気もするが、まんざら自分の「感知力」にほのかに満足したのでした。って、これって誰でも推量できるかもしれないのですが・・・。



2008年11月29日(土) 2:10

モリノス

白血球がしのごのと落ち着かない私だというのに最近は夜会三昧です。昨年はお腹を壊し年末の社交をにほとんど参加していなかったのですが、今年は去年失礼しちゃったぶん、極力お誘いの場に参加して友人知人な皆様と談義しています。夜更かしが続いているせいか昨晩は睡魔に襲われつつ日記を書いたのでなんだか文章がいつもに増して、つたないものとなりました。そして今夜は超久しぶりに666の代表、怨霊選手、そしてスタッフのYちゃん、ベリーダンサーのTちゃんと食事会となりました。昨年までは代表とは頻繁に連絡を取り合い、ご飯も一緒に食べていたのですが、私の体調不良により疎遠になっていたのでこの度は本当に久しぶりに机を一緒に同じ物を食べ、つもる話に花が咲いたのですが、会ってなかった期間などなかったように爆裂トークにて盛り上がりました。666代表と私は長いお付き合いで年下ながら腹の座った女傑なのですが、食べながら飲みながら喋れるという私の希少な「気の合う」友人です。久しぶりに食飲喋大会に私も不覚にもノリノリになり
帰宅も遅くなりました。疲れはあるものの、なんだか夜族の「感」が戻ったような気持ちになりました。が、最近の私は自己流スローライフを送っているつもりで早寝早起きを心がけているので、年の暮れに寝込まないように節制をしなくてはと戒めました。が愉快な仲間との一時は「魂」が生き生きとする時間です。ちなみに666代表から遅ればせながらと誕生日プレゼントを今頃いただいたのですが、Vの銀のテディベアでしかも携帯ストラップさらにストラップなのに大きいテディベアで、これを携帯にぶるさげるとなるとプチ変態中年になりかねないのですが、この奇抜なモノを私にくれた666代表はおそらく、「年だ具合が悪いだしのごの言わず普段使いこなしなさい」みたいな意気地を感じ、励まされたような気持ちになりました。四十路だてらにカバンに銀のVのテディベアをぶる下げ「ええ、変ですがそれが何か?」くらいな気持ちで街を闊歩しようと思いました。



2008年11月28日(金) 0:16



「ゆるいJUGEMENT」。今朝は早起きをして大学病院に検査に行きました。今年の始め頃に股関節をレントゲン撮影して今日まで様子を見てどんだけ病状が進行しているかをチェックする日でした。ドクター的には進行していく事を想定し今日のレントゲンの結果により人工骨頭置換術のオペをした方がよいかも的なカンジだったのとドクターは医師の観点から私につきまとう痛みから解放し今よりも可動域が広くなるという事を前提にでオペを進めていただいていましたし、私はドクターを信頼していますので、もし本日せっかく骨頭壊死から変形性股関節症になったのですが、骨頭が損傷していたら、やはりオペをする事になるのかな、信頼している先生だけにこのドクターに体を委ねてもよいかと、今日の日のために先日、福祉課に訪れ身体障害者申請の知識を得ていたのですが、診断の結果、私の股関節の骨頭は健在でした。つまり進行していなかったのです。でドクターはツクシダさんが限界を感じるまではツクシダさんのよいようにしたらよいと言って下さいました。なら障害申請
もしなくていいかなと思ったのですが、難病の等級的には私の病気は五級のレベルという事で、私は五級なんだったら障害者申請しなくていいやみたいなカンジとなり。もっと不自由な人もいるのですから五級くらいだったら申請しなくてよいかもと先生に言ったら「申請はした方が後々何かあった時にはスムーズですよ」と言われ、ともかく近々障害者申請をしようと思いました。で、進行していなくてよかったと安心したのもつかの間、本日の私の血液検査で白血球が高い数値をはじき、股関節よりも血液の状態を精密検査した方がよいといったカンジでした。置換術をした場合約三ヶ月はモリノス的生活を休止して治療に専念する形になるそうですが、三ヶ月も皆様とお会いできないのはイヤだなと思い、難病申請はするが現状を維持してみようと思いました。私の股関節もよくぞがんばってくれていると、いましばらく自分の体を信じようと思いました。股関節については得心した私ですが、原因がわからない白血球置の高さにこれからまた近々検査なのですが、股関節との向き合い方につ
いては腹がくくれましたが、安定しない白血球になんだか次から次へと、まとまらない体調だねと自分の体調にプチ、イラつきましたが、股関節がよくがんばってくれているので、血液の方も安定すると信じ自分と向き合っていきたいと思いました。私の意向を尊重してくれている先生にお会いできてよかったと思いました。



2008年11月26日(水) 22:44

モリノス

「福祉課」。今まで私は持病が難病であるにもかかわらず放置していたのですが、これからの事も考えて身体障害者申請についてちゃんと向き合った方がよいのかね?と思い、区役所の福祉課に行きました。相談窓口はお年寄りとか不自由な体の方々が窓口係員となにやら真剣な様子で話し合っていたり、相談者の方が興奮されて声を荒げていたりしていました。私はなんだか気後れして「やっぱりやめよう」と帰ろうとしたら、係の方に呼び止められ、相談コーナーの椅子に座る事となりました。私は変形性股関節である事とかどういった手続きや、何を申請したらよいのかなどを、なるべくわかりやすく説明したのですが、担当の方は「そうですね、お話はわかったのですが、まずは御本人様に直接、お話した方がわかりやすいと思いますが?」とおっしゃるので「私が当事者なんです」と言ったら担当の方は「えっ!貴方が!お身内の方かと思いました、失礼しました、そしてどこがお悪いの?」みたいなカンジになり私は同じ話をしたくないね〜と、うつむいてしまったら「あっ!股関節ね
、そうでした、そうでした!現段階では関係がないのですが、四十才を過ぎていないと申請できる事とできない事がありましてね」と言うので「私は42才です」と答えたら「えっ!え〜っ!いや、見えない40には見えないワ〜」などと話がプチ脱線。さらに四十路を超えているとなんと介護保険の対象にもなるとの事でその内容は、ヘルパーによる部屋の掃除、入浴介助、食事の支度、送迎、排泄の際のお手伝い等で、私はたまらず「介護保険に加入しちゃったらなんだか大事ですな〜」としみじみ言ったら担当の方は「そうですね〜貴方の場合、日常生活には支障があるように見えないけど難病に値するんですものねぇ〜」とプチ困惑した御様子なので私は「なんですか、ここに相談しにくる方はそれはお困りな様子とお見受けしたのですが、私はなんとか病と共存して今に至るのですが、なんだかお話聞くと申請しなくてもいいかな〜みたいな気分になりました」と言ったら「いや、難病なんですから申請した方がいいですよ〜」と必要書類をいただきました。帰り際に私が足を引
くのをみた担当者の方は「あらっ!貴方、杖は杖!。こちらは杖を無料貸し出ししてるのでお持ちになったら」と言って下さるのですが、私は「まだ杖なしでなんとかいけそうなんでいいです」と丁重にお断りしたのですが、担当者の方は「せっかくなんだから杖お貸し出しするのに」と心配してくださいました。帰り道「あー難病申請もなかなかややこしそうだし、面倒だな」と思っていたらまた、階段を踏み外しすっころびそうになったので「やはり身体障害者手帳は貰おうかな」とクルクルとジレンマになってしまいました。



2008年11月26日(水) 1:47

 モリノス

モリノス

「偽造カップル」。年末の社交が始まりだした昨今。今夜は友人Mリンと打ち合わせと忘年会そして誕生会もかね、代官山Tに行きました。二人とも仕事が特殊な業界であることや、見栄張り意地っ張り頑固なカンジなのですが、クリスマスを控えているのに、個人的にイイカンジでない人間関係を送っていず(簡単にいったら独身、プチ高齢)せっかくセレブカップル御用達のTに行くのだから、端から見るぶんには「歯噛みするほど羨ましく見える大人な恋人同士」に見えるようにしようと、お互いアングルをこしらえにこしらえて、私に至ってはMリンに、やはりセレブ女子達に人気の花店Cで変に甘めのブーケなど用意して、「大切ななんかのアニバーサリーに女性に渡す花束を持ち盛装する、劇画から出てきたような男子」を意識し、Mリンは元々身長が高く、モデル出身なんですから、満艦飾な私とMリンが並ぶとTの空間は芝居がかった空気が醸され、お食事中の皆さんからの視線が集まります。私達は顔を寄せ合いあれこれと談笑しているのでかなりラブラブカップルに見えている
はずですが、ビジュアル的には「賞味期間切れゼクシィカップル」のようだったかもしれません。二人が食事をしながら会話した事は、今年を振り返り「いかに自分がうまく恋愛ができないか」「どんだけイタキモピープルの対応に困った思いをしたか」「年をとったので物忘れがひどい」「このままずっと独り?」などお互い話をしながら鋭利な刃物で己らの魂をグサグサ刺してるという自虐晩餐会になっていたのでした。お店の方々も私達を熱々カップルだという前提で接してくれ、どうしたことか、お客様の男子は私をガン見、女子はMリンをガン見みたいな様子となり、本人達は自虐話に花を咲かせていているのに周囲から、なんか僻まれてる?みたいな一時となりました(作戦成功?)。Tで食事が終わり、話足りない我らは隣のシガーバーへ。食事中はイタい話だったので、ジャジーでムーディなシガーバーでは終わった事ではなく、来年に向けこれからの夢を語ろうという事になったのですが、段々と欲得煩悩トークとなりキャンドル灯る、これぞカップルシートみたいな席のソファ
に身を委ね、お互いに「とにかく、もう年なので周りにも自分にも労ってしのごう」と戒めいて散会したのでした。がやはり、イタい話にしろ何にしろ長時間マジ本音トークができる友人Mリンは私にとって貴重です。そしていつかは偽造ではないナチュラルなカンジで「マジ愛」な方とTにきましょうと思いました。


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モリノスの部屋