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2011年1月の日記
 
2011年1月31日(月) 22:34

モリノス

「電動アシスト自転車」。地元ではママチャリがかかせません。近くの私鉄やメトロ駅、ショッピングセンター、公共施設など交通の便がイマイチ。徒歩だと遠いがチャリだと行ける町…。で地元では追いも若きもチャリ族、しかも天下無敵アタシが法律、法規無視上等走行…。そんな町で生まれ暮らして今に至る私も、生活導線には自転車必須アイテム。だいたい2年〜3年、適当な代物に乗り換えます。この度は、ふと戯れに電動式アシスト自転車なるものを、品物も選ばずもちろん値段も確かめず、なぜか大型家電屋で店員の言うがままに注文。で本日ソレが到着。どうせ前篭にチビッコ乗せ可能な生活臭プンプンなフオルムのブツに違いないと思いきや、車体も大きくスポーティーかつ変な重厚感を醸すチャリに、私は萎縮…。電動式という事でバッテリーチャージ。車体からバッテリーを外すのにもアナログな私的に往生。神に祈り大きな充電器にバッテリーを差し込みました。満タンになるまで2時間強待ち、また自転車に四苦八苦しながらバッテリー装着。いよいよ試運転。電源を入
れると町乗りチャリなのに、アチコチスイッチを入れるのですが、原付バイクか?といった仕様でした。いざ出発。さすがに電動式なんちゃら自転車も進歩し、楽々走行というよりも「ああ、待って待って早いっ速いっ」と自転車を運転しているというより、自転車が先に動いちやってるカンジに戸惑いました。段々走行に慣れてくると、今までのママチャリより格段に乗りやすく。一人悦に入り、寒いのに無駄に遠くまで、電動式なんちゃら自転車を漕ぎまくりました。ああ爽快というより、寒風に晒され耳も指もかじかんでしまった私なのでした。ペダルを漕いで足に負担がかかるのも軽減されたようですので、春先より、町乗りチャリをじやんじやん使おうと思った次第です。


2011年1月30日(日) 23:28

モリノス

「地に足がつく」。そしてまたPNF筋力トレーニングの施術を受けてきました。いつものごとく施術台の上に寝て、瞑想モード突入。トレーナーのS先生が私の体をしごいていきます。的確な押圧のひとつひとつが、私の萎えた部位、硬縮した箇所をまるで叱咤し、なだめているような感覚を抱いているうちに、私の脳は今、筋肉がどうなっているのか、どう動こうとしているのか、そしてどうしたいのか?などとイメージをしはじめます。自分の体を思い描いている自然と雑念が飛び散り、プチ無我の境地から幽体離脱(ただ居眠りっぽくなってる)的な感覚が心地よく、ただ施術台に身をまかせ、ふと薄目を開けると「!」。仰向けに寝ている私の目と同じ高さにというか同じ位置に私の右足の親指が見えるではありませんか!?。股関節の可動域が広くなり足が高く上がっているのです。おお!先日の病院でのこれからの私の病気に対し、かなり後ろ向きな診断をアッサリひっくり返しちまってる自分の右足、素晴らしいっ!。またそれを誘導してくれるS
先生の手腕、お見事!。私の象徴タロットカード0番、崖っぷちに立ちながらも笑っちゃってるフールのようだと感心しつつトレーニングを受けていました。そして施術が終わり、S先生が「それでは歩いて見てくださいニヤリ」といったカンジだったので、フロアを歩いて見ると「?」。私の右足は常に火箸で脳を刺したような痛みが常駐し、右足を地面につけると痛み増量となり、無意識にすぐ左足に重心を変えてしまいますし、また痛みを和らげようとこれまた無意識に右腰を引き上げて歩行する事になり、必然的に左足が大活躍右足フォローだったのですが、この度は右足が自然に下がり、床に足裏がぺたりとつくようになりました。左右均等に床に足がついただけなんですけど、健常者の皆様は普通に行っている動作です。ここ最近のPNF筋力トレーニングでは、歩行時に床を踵で蹴って歩けるようになりましたが、この度は床を蹴るだけでなく、きちんと床に両足をつけて歩行できるようになりました。四十路だてらに、体が変化し進歩し、萎えた部位は蘇っている…。加速する
老いに反し、成長しているかのような私の体…。初老ですけど成長期なカンジです。


2011年1月29日(土) 23:10

モリノス

「久しぶりの職質」。以前の私は、モリノスも歩けばK官に当たるといった具合で、まあこの風体ですから、よく職務質問を受けては、特に疚しい事はないのでK官をイジリにイジリ一人悦に入っていましたが、最近はどうしたことかK官のマトになる事もなく穏便ライフだったのですが、今夜、仕事が終わり落合の住宅街を歩いていたら、チャリK官に呼び止められました。瞬時にイジリスイッチオン。私はマックス満面に宗教的な笑みを作り「荷物とか、こんな暗く寒い夜にここでお見せしなくてはならないのですか?。でしたら風邪もひきたくないですし、交番まで伺います。あるいは少し歩いたら私の事務所があるのでそこまで来ていただいたら、お話ゆっくり聞けます。あっ!、でもですね〜、私は足が悪いんですよ〜交番に行くにも事務所に戻るにも歩くのが不自由ですし、お巡りさんの自転車に乗せていただき私を輸送していただくか、ああ、あるいはお巡りさん?私をおんぶして連れて行って貰えませんかねえ?」などと矢継ぎ早にプチ無理難題をK官に浴びせたら、K官はフ
リーズ。で私は「御自分で呼び止めておいてダンマリされても困ってしまいます〜」と明るくスマイルプライスレスで追い討ちをかけたら、K官は「夜道はひったくりとかの事件が多発しますので、荷物をお持ちのさいは、充分お気をつけください」と言われました。私はシレッと「そんなお話聞いたら、不安になりましたので駅まで着いてきてくれません」と、言い、結局K官は最寄りのメトロ駅までのこのこ着いてきてくれました。親切なのか、私の口車に乗ったのでしょうか、とにもかくにも、駅まで護衛付きで闊歩したのでした。そして私のK官イジリの腕もなまってないなと、満更でもない気分の私だったのでした。


2011年1月28日(金) 23:57

モリノス

「LOSTのシュールっぷり」。無人島に墜落した飛行機、生き残った人々が、奇天烈な現象が発生しまくりの島で翻弄されていく…。落合のスタッフ金田さんから借りたDVDボックスを少しずつ観ているのですが、いつまでもロケ地野外三昧にて、アウトドア鎖国の私的には無人島映像を見続ける事は拷問に近し。ですがキャスト陣、各々の訳アリ設定が物語に盛り盛りで、目が離せないカンジなのですが、この人にはあんな過去が!、だからこんな性格にっ!。なんかかなり悪役なんだけど憎みきれないっ。知識があるからといってリーダーシップとっちゃったら後が大変かと?。等とハラハラドキドキしながら登場人物に感情移入し、知らぬ間に作者の意図の術中にまんまとハマる私。でこのドラマに愛着を抱き始めた頃、ありえないストーリー展開。墜落事故に巻き込まれ怪我や恐怖の極みに陥ったピープルが、アハハーキヤハハーとゴルフ満喫。何者かの手により連れさらわれた妊婦を危険満載なジャングルにて捜索中、頃合いの泉を発見し、いなくなった妊婦そっちのけで
水遊びに興じる。救助隊を待ちわびているのに、小唄のひとつも歌っちゃって皆さんまったりと和気あいあい…。なんだか事故にあって極限状態なのに、暢気。どうやら皆さん無人島暮らしをエンジョイしてんじゃないの?。などと思うと、心配してハラハラドキドキしてたのにさっと興醒め。ですがやはりオチが知りたくて、まだまだLOSTを観る日々が続きそうです。


2011年1月27日(木) 21:52

モリノス

「定期検診」。都内某所、高層ビル群の中にある大学病院にて股関節を中心とした検査に行って来ました。待合室は自身の病に戸惑う人、病に疲れた人などが、覇気のない顔で椅子に座っています。私はほぼ1日病院滞在に慣れていて、読書やら書類整理やらで時間を潰していました。CTの順番待ちをしている時、六十代と見受けらる肩の丸まった男性と、その母親らしき老いた女性が私の隣に座りました。女性は痩せているのに浮腫み、普段の闘病の様子が顔に出て、諦観の表情が伺えます。ふとしわぶれた声で女性がその息子に「今日もお天気だね、あんた、もう、お昼じゃない、お腹すいたろう、私は、ここで、ひとりで、待っていられるから、大丈夫だから、看護婦さんが、ちゃんと呼んでくれるから、お昼ご飯食べておいでよ」と言います。自分の病で日々お悩みだったり、イライラもするでしょうに、息子に心配をかけまいと方便を使う母の様子を見るにつけ、見知らぬお婆様ご立派だなと思っていた時に、私のCTの順番がきました。ベッドの上で先程のいとおしい親子のやりとり
を聞いた私は、自分がCT検査を受けている最中だというのに「ああ神様、彼女の闘病時間が健やかでありますように、もし寿命というものがもう少ないのだったら、その時間が痛みのない毎日でありますように」と思っていたら、CT検査の人に「盡田さんっ!、ただ寝てないで、指示をちやんと聞いてくださいよ」と叱られたのでした。で私の検査結果を判断したドクターは無機質にオペを薦め、私の意見にプチ失笑を買い、ちよっとカンジ悪いなと思いつつ「もう少し様子を見ます」と言い診察室を後にしました。が、ここしばらく安定していた白血球が増えてしまっていてガーン。だがしかし、昨今仕事は無理せず、セーブしていながらも私事ではバタバタとしていたので、そりやー白血球も増えちますな〜。と得心。風邪を引いても、怪我をしてもアウチっぽいカンジだったので、せっかく最近体調が良かったので、尚一層、日頃の事故管理を中心にして、自分の体に負担をかけないようにしなくてはと、戒めた次第です。


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